IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

サイト開発の遅延の責任の所在 東京地判平29.3.21(平26ワ16813)

短期突貫工事によるウェブサイト開発案件での遅延の責任が開発ベンダではなく発注者のディレクターにあるとされた事例。

事案の概要

Yは,ファーストフードチェーンのKからキャンペーンの企画運営の委託を受け,YはXに対し,キャンペーンサイトの開発を委託した(本件委託契約。納入日:平成25年11月18日,報酬額231万円,2.4人/月)。


本件キャンペーンサイトは,平成25年11月18日午前7時に公開する予定であったが,おおむね,次のような状況であった。

  • 9月中旬ごろ,YはXらに本件キャンペーンサイトの開発を打診した。
  • 10月2日時点では,「どのようなことがやりたいかを記載された資料のみが存在している状況」で,何も確定していなかった。
  • 10月4日の打ち合わせでは,21日までに仕様が確定し,28日までに8割がた確定したHTMLがXに提供されることが想定されていた。
  • 10月16日,当初は予定されていなかった公開前の事前登録機能が実装されることとなったほか,ティザーサイトも別途用意されることとなった。
  • 10月26日,Xは,ティザーサイト用のHTMLを受領した。
  • 11月1日,ティザーサイトがオープンした。
  • 11月7日時点になっても8割がた確定したHTMLはXのもとに届いておらず,Xは当初リリース日の公開は延期しなければならないと伝えた。
  • 11月12日,Xは8割がた確定したHTMLを受領し,24時間体制で本件キャンペーンサイトの開発に取り掛かった。
  • 11月17日,リリース日の前日になって,クーポン情報の形式が確定した。
  • 11月18日,リリースの1時間前でもXは開発サーバで,本件キャンペーンサイトの開発を続けていた。
  • 同日,本件キャンペーンサイトを公開しようとしたところ,開発サーバと本番サーバとで環境が異なり,文字化けが発生するなどの障害が発生した。
  • 11月22日,本件キャンペーンサイトが再リリースされた。
  • その後も,レアクーポンの出現確率が誤っていたり,レポート出力機能が不十分であるといった問題が残っていた。


Xは,途中で,報酬額を493万5000円とする見積を提出し,これを支払うよう請求し(本訴),Yは,Xの債務は不完全履行だったとして,約2500万円の損害賠償を請求した(反訴)。

ここで取り上げる争点

(1)本件委託契約に係る仕事の完成の有無
(2)本件委託契約の報酬額変更合意の成否
(3)Xの債務不履行責任(不完全履行)の有無
(4)Xの債務不履行責任(履行遅滞)の有無

裁判所の判断

争点(1)(仕事の完成)

本件委託契約は請負契約の性質を有すると解されるところ,Yは,再リリース日においても本件キャンペーンサイトには不備があり,Xの仕事は完成していない旨主張する。
しかしながら,再リリース日において本件キャンペーンサイトは公開されている。Yの主張によっても,本件キャンペーンサイトに多少のバグがあることは想定されていたというのであり,本件リリース日の午前6時頃までには,多少のバグがあってもとりあえずガチャアプリを機能させてガチャを回せる限度で公開し,バグはその後修正していくことになったのであるから(認定事実(13)),本件キャンペーンサイトは再リリース日には一応完成したものと認められる

争点(2)(報酬変更合意の成否)

Yは,Xの上記増額の申出に対して拒否する旨の回答をしていないが,これをもって上記申出を承諾したということもできない。そして,Xは本件報酬額を人工を基準に見積もっているが,XとYとの間に,人工が増えればこれに合わせて報酬額を増額する旨の合意があったと認めることはできない
よって,Xの主張に係る報酬増額の合意が成立したと認めることができず,Xの本訴請求は,本件委託契約に係る当初の合意金額である231万円及びこれに対する遅延損害金の限度で認められるにとどまる。

争点(3)(Xの債務不履行

文字化けが発生したことについては,その実について認めたうえで裁判所は次のように述べた。

Xが開発したシステムのデータを変換しなかったのは,単純に当初リリース日に公開を間に合わせるため作業が多く,徹夜で作業をすることとなり,データの変換を失念したにすぎない。
そうすると,本件プロジェクトは元々日程が過密であり,さらにその後当初予定されていなかった事前登録機能が追加され,ティザーサイトが公開されることになり,Xが当初リリース日の午前7時まで徹夜で作業を続けたなど,Xがシステムデータの変換を失念したことについて同情に値する事情があることを考慮しても,データの変換を失念したことについては少し注意を払えば容易に防ぐことができたものといわざるを得ない。よって,Xは,当初リリース日に文字化けを生じさせたことについて債務不履行責任を負うものといわざるを得ない。
しかしながら,Xは,当初リリース日である平成25年11月18日の午後3時頃までには文字化けの不具合を修補し,遅くとも再リリース日である同月22日には本件キャンペーンサイトを公開している。そうすると,Xが文字化けについて債務不履行責任を負うか否かは,結局,後記5の履行遅滞責任の有無に帰着することになる。

そのほかに,レアクーポンの出現確率の設定を誤ったこと,レポートに不備があったことについて,Xに債務不履行責任があることを認めた。

争点(4)(Xの履行遅滞責任の有無)

本件キャンペーンサイトが当初リリース日に公開することができず,それが再リリース日にずれ込んだことについては,①元々日程が過密であったこと,②それにもかかわらず,当初予定されていなかった事前登録機能の追加及びティザーサイトの公開が追加されたこと(ディレクターであるYは,G又はKなどに対し,このような機能を追加すれば当初リリース日に公開が間に合わなくなるおそれがることを忠告することも可能であった。),③Zがデザインの入ったHTMLファイルをXに対して交付するのが遅れたこと,④ディレクターであるYが本件プロジェクトの進行管理を十分に行わなかったこと,⑤XとZとの間,XとDとの間など,本件プロジェクトについて役割分担をした者同士の間で十分な意思の疎通が図れておらず,このような意思の統一をすることはディレクターであるYの役割であったこと,⑥過密な日程がさらに押したものとなり,Xは当初リリース日の公開予定時刻の1時間前にもなお修正作業を続け,公開前のテストを行う時間もなかったこと,⑦Xはこのように時間に追われ,平成25年11月13日以降,24時間体制で開発作業を続けた結果,文字化けのような凡ミスが出ることとなった。

このように考えると,文字化け,レアクーポンの出現割合の設定ミス及びレポート出力の不備など個別の不具合についてはXが債務不履行責任を負うということができるとしても,本件キャンペーンサイトを当初リリース日に公開することができず再リリース日になってようやく公開にこぎ着けたという本件委託契約に係る履行遅滞について,Xの責めに帰することができない。

そして,上記の設定ミス,不具合による債務不履行と相当因果関係ある損害は認められないとした。


以上より,Xの請求は当初の契約記載の限度で認め,Yの反訴請求はすべて棄却された。

若干のコメント

冒頭の事案の概要で書いたとおり,2カ月後のキャンペーンに向けてサイトの開発を依頼されたにもかかわらず,仕様も固まらない上に,追加の要件が膨らむといった厳しい状況下で,無理やりスケジュールどおりリリースしたら不具合が出てしまったことについて開発ベンダの責任が問われたという事案でした。


裁判所は,ベンダXの遅延による損害賠償責任は認めなかったものの,突貫工事によって膨らんだ工数相当分の増額請求については認めませんでした。


Xは,仕様が決まっていなかった段階で231万円という契約金額を提示していましたが,この状況で請負型の契約を締結してしまったことが悔やまれます。


また,裁判所は,発注者であるYはディレクターとして,Xのほか,デザイン会社その他関係者間の調整をすべきであるのにこれを怠ったために遅延したのであって,Xは遅延の責を負わないとしました。規模は小さいながらもマルチベンダ型開発における発注者に責任に言及したものとして参考になります