IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

基本設計途中で頓挫した事案におけるベンダ・ユーザの責任 東京高判令2.1.16(令元ネ2157)

基本設計が遅延したまま頓挫した事案において,頓挫した原因がいずれにあるのかが争われた事例。

事案の概要

本件は,ユーザXがベンダYに対して,新基幹システム(本件システム)の開発を委託したところ,納期を経過しても完成する見込みがなかったため,Xが履行遅滞を理由に請負契約を解除し,既払い金約7000万円の返還とともに,期限までに完成しなかったために生じた損害約21.5億円の損害賠償を求めた(本訴)に対し,Yが,期限までにシステムを完成させられなかったのは,Xが大量の契約範囲外の作業を行わせたり,不合理な方針変更をしたりするなどの協力義務を果たさなかったためであるとして,Xに対し,Xによる契約解除は民法641条に基づく解除であるとして,民法641条に基づく損害賠償又は民法536条2項に基づく報酬残代金請求として,約7億円を,契約範囲外の作業として商法512条に基づく報酬請求権等として,約5.2億円を請求した(反訴)という事案である。

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大まかな経過としては,

  • 平成20年9月1日 XY間で本件システムの開発に関する業務請負基本契約(本件基本契約)の締結
  • 平成21年2月27日 XY間で要件定義書,基本設計書作成業務を委託する個別契約の締結
  • 同年3月31日 要件定義書及び基本設計書の納品,その後,約7000万円の支払い
  • 同年6月30日から平成22年3月27日 4つの個別契約(本件システムの詳細設計・開発,機器一式の売買,追加開発x2)の締結(合計約6.8億円)
  • 同年2月22日 Yから詳細設計につき納期遅延のお詫び文書差し入れ
  • 同年3月23日 詳細設計納期を1年延期して平成23年3月とすること等の覚書(本件変更覚書)締結
  • 平成23年1月ころ Yから(やり直し後の)基本設計の長期化により再度の延長が避けられない旨の申入れ(その後,契約変更,作業続行について紛糾)
  • 同年7月 XからYに対し,本件システム開発に係る契約の解除通知


原審(東京地判平31.3.26(平26ワ19891))は,本件システムの開発が遅延した理由について,①Xが大量に契約範囲外の作業を実施させたこと,②Xが開発方針を不合理に変更したこと,③Xがシステムの開発に必要な協力を果たさなかったこと,のいずれについても否定し,Xの協力義務違反を否定したうえで,本件システムの開発が頓挫したことについては,Yの債務不履行責任は否定できないが,引渡しを受けた要件定義書・基本設計書の出来高(7割)部分にまでは解除の効力が及ばないが,①既払い金の3分の1に当たる約2100万円の返還について認め,さらに,Yの債務不履行による損害として,②現行システムの維持関連費用の一部(約3000万円)と,③現行システムの追加工数費用の一部(約1.5億円)の合計額からXの過失割合4割を減じた約1.1億円と,弁護士費用相当額1000万円*1について認容した。

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これに対して,X,Yの双方が控訴した。

ここで取り上げる争点

争点(1)開発が遅延した原因
争点(1-1)Yが開発すべき範囲
争点(1-2)Yの帰責事由

争点(2)Xの損害賠償・報酬支払義務
争点(2-1)契約範囲内作業相当の損害賠償
争点(2-2)契約範囲外作業相当の報酬請求

裁判所の判断

争点(1-1)Yが開発すべき範囲

裁判所は,開発のスコープは,本件変更覚書に添付されたプロジェクト計画書に沿って作成された平成22年6月付けで提示された「新要件定義書1.0」に対応する基本設計,詳細設計,開発までであり,その後の要件追加・変更を加味して同年12月付けで改訂された「新要件定義書1.1」ではないとした。

争点(1-2)Yの帰責事由

少々長いが,適宜省略・改行等の編集をしながら引用する。

現行システムは,AとBという2つのシステムからなり,1つの企業グループに属する企業のものとはいえ,別々に形成,運用されてきたものであって,両者は,取り扱うサービスに差異があり,顧客管理,請求・入金管理,決済管理,店舗管理等の面で異なる処理方法が採られており,その画面数,バッチ数等も大きく異なっていたこと,
本件システム開発は,度重なる改修がされたことに伴う現行システムの複雑化等による弊害や,システムの分散による弊害が生じていたことを踏まえ,新たなシステムを導入することにより保守運用コストの低減等を図ることにあったこと,そのためには,AとBの両システムについて可能な限り共通化,集約化を図り,A又はBを用いて行うISPの業務そのものも変更・見直しを行う必要があったこと,
本件RFPにおいては,想定画面数,バッチ及びテーブル数を完全に同一にするとされており,AとBについて共通化したシステム開発をする方針であったこと,
しかし,そのことについてXのシステム情報部門とカスタマ部門とで合意形成をすることができず,Xは,共通化仕様について見直しを提案し,AとBとの間で,一部画面の個別化は必須であることが確認され,本件変更覚書において要件定義の再整理をすることとし,これに従って作成された新要件定義書1.0においては,コアシステムを構築し,AとBの双方について部分的に個別化して対応をすることとされたこと,
Yが新要件定義書1.0に基づいて進めた開発の成果物については,Xのカスタマ部門からは種々の修正の要望が出され,受け入れられず,平成22年10月19日の時点においても,AとBとの間でコアシステムをどのようなものとし,AとBのうちどの部分をどのように個別化し,どのような画面構成とするかについて合意ができておらず,Yとしては,この点について,Xから更に具体的な仕様が示されなければ,基本設計工程を進めることができない状態にあったと認められる。

(略)Yが新要件定義書1.0に基づいて進めた開発の成果物について,Xのカスタマ部門から種々の指摘がされたのに対して,Xの情報システム部門はこれらの要求を特に整理することはなく,そのため,YはA及びBの現行システムをそのまま維持する形で基本設計を進めるほかなく,Xからは,コアシステムをどのようなものとし,AとBのうちどの部分をどのように個別化し,どのような画面構成とするかについて,具体的な仕様は示されなかったことが認められる。さらに,これ以外の点についても,新要件定義書1.0においては,Xの要求により新たにB債権管理機能が要件として記載されたこと,新要件定義書1.0の完成後,Xは統計・カスタマツールの機能を汎用管理台帳の形でシステムに組み込むよう要求し,そのため,Yは新要件定義書1.0で整理した業務フローを見直す作業をせざるを得なくなり,その結果,作成済みの基本設計書の全ての項目の見直しを行い,基本設計工程が大きく停滞したこと,
また,Xが示した上記業務フローについては内容が確定していないものがあったため,これを整理して取り込む新要件定義書1.1の作成作業を行ったこと,
さらに,Xは,コアシステムを第3のシステムとして構築することを求めたため,Yは一定の協力をせざるを得ず,作業が混乱したこと,
平成22年11月・12月の段階でキャリア提供ADSLサービスの精査作業を行ったところ,それまで提出を受けていた資料が古いものであったことが判明し,Yは作成済みの基本設計書についても項目面の見直しをせざるを得なくなったこと,
Yは,Xから,サービス項目精査の作業をすることを求められ,これに対応するため,画面設計が一旦中断したこと,
以上の事実が認められる。

以上の事情によれば,前記(ウ)において説示したXの要求ないし対応のため,Yは,本来行うべき作業が遅滞し,また,基本設計の作業を進めることができず,その結果として,本件システムに係る基本設計の作業を定められた納期に合わせて進めることができなかったというべきであり,本件Y業務の履行遅滞について,Yの責めに帰すべき事由によるものではなかったと認められる。

と,原審とはまったく逆の判断となった。この点に関するXからの反論についても,裁判所は,次のように退けた。

しかし,基本設計において,Yが提示した画面設計のドキュメントが,新要件定義書1.0に従っていないものであったことを裏付ける具体的な事情はうかがわれないし,
Xのカスタマ部門からの指摘や要請がそのまま反映されていないとしても,本件システム開発は,前示のとおり,2つの異なるシステムについて共通化したシステム開発をする作業であり,そのことをもって,直ちにYの作業のクオリティが低かったことを裏付けるとはいえない。
また,Yは,RFPを作成する業務をXから請け負い,実際に本件RFPを作成したこと,旧要件定義書等について,一定の留保はされたものの,Xの検収を経て納品がされていること,本件変更覚書の作成後も,新要件定義書1.0を作成して納品していることは,前記認定事実のとおりである。
さらに,YによるXの現行業務の理解が不十分であったとしても,前記認定事実によれば,それは,カスタマ部門内の業務ないし現行システムについて,XからYに正確な情報が提供されていなかったことによると認められ,専らYに責任があることとはいえない。
また,Yのプロジェクト管理体制等が不十分であることを認める趣旨の前記書面についても,これらの書面は,請負契約の注文者と受注者という関係の下で作成,提出されたものであって,前記認定事実に係る経緯の下では,そのような記載があることをもって,直ちにYのプロジェクト管理体制の不備があり,それが基本設計工程の遅延の原因であったことを裏付けるものとはいえない。

その結果,裁判所は一審の判断を覆し,納期までにYの業務が履行できなかったことは,Yの責に帰すべき事由によるものではないから,債務不履行により解除したとの主張に基づくXの一切の本訴請求を退けた。

争点(2-1)契約範囲内作業相当の損害賠償

本件基本契約には,民法641条の特則として,

Xは,Yと別途協議の上,書面による通知をもって,本件基本契約又は個別契約を任意に解除できるものとする。この場合,Xは,Yに対し,Xの責めに帰すべき事由があるとき,通常かつ直接の損害に限り,解除に伴うYの損害を賠償するものとする。

という規定があった(32条)。また,損害賠償の制限規定として,

X又はYは,相手方に損害を与えた場合,当該損害の直接の原因となった個別契約に定める契約金額の倍額を上限として通常の損害を賠償するものとする。
前項の損害には,X又はYが相手方に対し履行を求める一切の費用,訴訟等裁判手続に関する弁護士費用の相当額が含まれるものとする。

という規定があった(30条)。

これらを踏まえて,裁判所は,Yには,もともとの個別契約の範囲内の作業をしたことにより,約7億円の費用が発生したこと(各個別契約の代金相当額の合計),代理人の訴訟追行費用として約10%の6900万円の損害が認められ,この額は,個別契約の倍額の範囲内に含まれるとした。

争点(2-2)契約範囲外作業相当の報酬請求等

他方,Yが実施したと主張する契約範囲外の作業に関する商法512条に基づく報酬請求,目次の追加契約に基づく報酬請求権又は損害賠償請求に関しては,次のように述べた。

  • 新要件定義書1.0は,本件変更覚書に基づいて作成されたものであって,作成された要件定義書に各個別契約には含まれていない要件が記載されているとしても「他人のために行為をしたとき」に当たらない
  • 新要件定義書1.1についても,Xが要求したツール等の内容を具体化したもので,開発につながる部分については別途契約を締結することが想定されており,本来業務を円滑に遂行するための行為又は別途の契約締結のための準備行為としてされたとみるべきであるから「他人のために行為をしたとき」に当たらない
  • 基本設計における作業についても,範囲外の作業は別途の契約が必要であると申し入れていたにもかかわらず,契約を締結することなく行った作業については,それ自体が本来業務に含まれていないとしても,本来業務を円滑に遂行するための行為又は別途の契約締結のための準備行為としてされたとみるべきであるから「他人のために行為をしたとき」に当たらない
  • その他,Xにおいて追加的な契約締結に応じることを示す行動があったとも認められないから,黙示的な追加契約が成立したとは認められない

と述べて,契約範囲外の作業相当額についての反訴請求は棄却した。


その結果,一審判決とは逆に,Xの本訴請求はすべて退け,Yの反訴請求は一部(約7.7億円)を認容した。

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若干のコメント

本件は,仕様の確定がもつれて延期が繰り返された挙句にとん挫したという事案において,ユーザの協力義務違反が問題となった事案ですが,一審と控訴審とで判断がまったく逆になりました。判決文だけからでは,その判断のポイントというものが読み取りにくいのですが,結局のところ,ユーザが実現してほしいと思っていたスコープが,どこまで合意の範囲内であったのかというところが鍵となっているように思います。


ユーザは,契約締結前のやりとりであるRFPや提案書等を根拠に契約範囲内であると主張したのに対し,裁判所は,もともとの要件定義が不十分であったことを相互に認識してやり直してプロジェクトのスコープを再定義し,その結果が新要件定義書1.0に反映されたものであるといった経過に基づいて範囲を確定しました。


最終的に基本設計を終えることができないまま頓挫した原因についても,Xの2つの現行システムの統合の方針については,Xがやるべきことを適時に実施していなかったということなどが認定されました。


このように,要件・仕様が固まらなかったことがユーザの責任であるとした事例は過去にもありますが,本件の場合,繰り返しベンダから「納期遅延のお詫びと今後の取り組みについて(お願い)」のようにお詫びの文書が出され,その内容も,ベンダにおいて「プロジェクト管理体制が不十分であった」「基本設計書が未完のまま詳細設計を行ったため,品質,効率の低下を招いた」などとなっていたことが注目されます。最初の「詫び状」は,その後の仕切り直し(覚書の締結)によってリセットされたともいえるのですが,その後も,「お詫び」を表題に含む文書を提出しており,これを見ると,ベンダが自ら非を認めたのであるから,責任あり,という認定に繋がってもおかしくありません。


しかし,控訴審判決では,この詫び状等について,

これらの書面は,請負契約の注文者と受注者という関係の下で作成,提出されたものであって,前記認定事実に係る経緯の下では,そのような記載があることをもって,直ちにYのプロジェクト管理体制の不備があり,それが基本設計工程の遅延の原因であったことを裏付けるものとはいえない。

として,他の証拠による認定を優先させました。一般にこうした「詫び状」はベンダにとって致命傷になることが多いのですが,「詫び状」があってもなおベンダの責任を否定した事例もあるので(東京高判平30.3.28(当ブログ未搭載)),詫び状一本で勝てるというものではありません。


他に実務的に興味深い点としては,原審で,要件定義書等の成果物の再利用価値が一部認められた点や,控訴審で,弁護士費用を損害賠償の範囲に含めるとした契約条項がありつつも,現実に発生した弁護士費用ではなく,損害額の1割とした部分などが挙げられます。


完全に余談ですが,本件にて,ベンダ選定の過程の認定事実で,

本件RFPを提示して,本件システム開発の業者選定の入札を実施した結果,各ベンダーが提示した額は,Nが4億0800万円,Yが4億7000万円,Hが7億1100万円,Fが16億0200万円,Cが17億4900万円であった

という記載がありました。まったく本件の争点とは関係ありませんが,同じRFPを提示していても,いずれも名だたるベンダが見積をしていても,4倍以上も見積金額に開きが生じてしまうというのは,まったく珍しいことでもありません。この事実は,システム開発の見積時点におけるベンダの手探り状態がよくわかることを端的に示しており,結果的に,見積もり誤りによって計画どおりに進捗せず,トラブルに陥りやすいということがよくわかります。

*1:本件基本契約において,裁判手続における弁護士費用相当額が損害賠償請求できると定められていた。