IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ユーザ都合による解約の場合の報酬・損害賠償請求の範囲 東京高判令元.12.19(平30ネ1254)

ユーザの都合によりプロジェクトを中止したというケースにおいて,ベンダが行った報酬・損害賠償の範囲が問題となった事例。特に,中途解約時における損害賠償請求について定めた条項と,民法641条の関係が問題となった。

事案の概要

紛争に至る経緯

平成23年1月25日,YがXに対し,システム開発を委託する旨の本件基本契約を締結した。
同年8月31日,システム要件定義及びプロジェクト計画策定の業務委託に関する個別契約(報酬額2000万円。本件個別契約1。請負契約。)を締結した。
平成24年2月10日,UI工程,SS工程,PG工程等の工程を含む個別契約(報酬額約1.9億円。本件個別契約2。請負契約。)を締結した。

同年3月30日に,XはYに対し,UI工程完了報告書を提出したが,UI工程の積み残し課題があることが認識されていた。

本件個別契約1に基づく報酬は支払済みで,本件個別契約2に基づく報酬は,UI計画書,SS設計書について5000万円相当分が支払われていた。

その後,さまざまな課題が解決せず,スケジュールの調整等が行われていたが,YはXに対し,同年6月11日,本件個別契約2に基づくSS工程の作業を中止するよう要請したが,Xは,本件プロジェクトを中止することを提案した。中止,解約にかかわる協議が続けられていたが,平成24年8月14日,YからXに対し,メールにて本件個別契約2を解約する旨を通知した。

請求の原因等

XのYに対する請求は,以下の訴訟物から構成される。ア,イ,ウは選択的併合で,エは,イとウの予備的併合,オは,イの予備的併合にあたる(請求額はいずれも約9400万円)。

  • (ア)Yの自己都合によりXの債務が履行不能となったとして,民法536条2項に基づく未払報酬の一部請求。
  • (イ)本件基本契約28条1項に基づく実施分の委託料及び同条2項に基づく解約によって生じた損害の賠償請求。
  • (ウ)Yによる解約は民法641条に基づく解除であるとして,同条に基づく損害賠償請求。
  • (エ)イまたはウが認められないとしても,XY間にはXに生じた損害を支払うことを含む解約合意が成立したとして,当該合意に基づく請求。
  • (オ)商法512条に基づく報酬請求。

本件でしばしば登場して解釈が争われることになる本件基本契約28条の一部を下記に抜粋する。

1項 本件基本契約27条2項による協議の結果,変更の内容が委託料,納期およびその他の契約条件に影響を及ぼすものである等の理由により,Yが本件基本契約または個別契約の続行を中止しようとするときは,Yは,Xに対し,本業務の終了部分についての委託料の支払をした上,本業務の未了部分について解約を申し出ることができる。
2項 Yは,前項により本業務の未了部分について解約する場合,解約によりXに発生する損害(人的資源,物的資源確保に要した費用を含む。)を未了部分に係る委託料相当額を限度として賠償しなければならない。

Yは,民法536条2項に基づく利益償還請求権あるいは損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張をしていた。

原審の判断

原審(東京地判平30.2.9(平25ワ26187号))は,上記アについて,履行不能となったのではないとして退け,イについては,検査に合格した部分はないが,損害賠償として,SS工程の委託料相当額約2000万円(工程別の見積工数の比率から算定)と,得べかりし利益約1300万円の合計額について請求を認容した(ウについても同様の結論。)。また,エとオの請求も退け,Yによる相殺の主張は,民法536条2項を前提とするものであるからこれも退けた。

ここで取り上げる争点

争点(1):請求アに関し,履行不能の成否
争点(2):請求イに関し,報酬請求可能な「終了部分」の範囲及び「委託料相当額」の損害の範囲
争点(3):請求ウに関し,約定に基づく請求を超える(641条に基づく)損害賠償請求の可否

裁判所の判断

請求ア(民法536条2項に基づく請求)について

裁判所は,8月14日付けでYからXに送られた本件プロジェクト中止にかかるメールが,Xの帰責事由について記載されたものではなく,民法543条(履行不能)に基づく解除の意思表示ではなく,本件基本契約28条1項に基づく「本業務の未了部分」についての解約申入れであると解釈し,Yの自己都合による解約であって,Xの債務が履行不能になったものではなく,536条2項の問題にならないとした。

Xは,Yが計画したM&Aの見通しが立たなくなったから断念したものであって,履行不能にあたると主張していたが,そのような説明があったとしても,それは「良好な関係を続けるため,方便としてM&Aの話を述べたものと解する」とした。

請求イ(本件基本契約28条に基づく解約にかかる請求)について

Yは,パッケージソフトのカスタマイズ量が増大し,数千万単位の追加予算が必要になるということが判明した結果,プロジェクトを続行すべきかを再検討するに至り,熟慮した結果,解約したものであるから,Xの債務不履行の有無については判断の必要はないとされた。

そのうえで,裁判所は,本件基本契約28条1項に基づく「終了部分についての委託料」の「終了部分」については,単に作業を途中まで実施していたということでは足りず,本件基本契約に従って検査に合格した部分を指すとした上で,完了確認を受けていないものについては「終了部分」には当たらないから,(すでに支払いを受けているUI工程分を除くと)存在しないとした。完了確認を得ていない作業まで「終了部分」に含めるとすれば,本件基本契約の検査・検収に関する規定は意味のないものになってしまう,とした。

その結果,28条1項に基づく「終了部分についての委託料」の請求を認めなかった。

他方,同条2項に基づく「解約によりXに発生する損害」については,「未了部分に係る委託料相当額を限度」とすることから,原審と同様に,委託料全体を,SS工程が占める見積工数の比で按分した額(全体の約7分の1)の約2000万円にとどまるとした。

また,控訴審になってから主張されたYの過失相殺の主張は,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるものではないが,解約に至る経緯がYの自己都合によるものであり,Xの過失を斟酌するするのは相当ではないとした。

請求ウ(民法641条に基づく損害賠償請求)について

原審では,641条に基づく損害賠償として,Yの自己都合による解約がなければ得られたはずの逸失利益が観念できるとし,委託料総額に対する残工程(PG工程等)の割合に利益率10%を乗じた約1300万円が請求できると認定していた。

これに対し,控訴審では,次のように述べて逸失利益の請求を否定した。

しかし,民法641条は,注文者が請負人に対して損害を賠償することを要件として任意に請負契約の解除をすることができると定めた規定であり,Yの自己都合による解約を定めた本件基本契約28条1項及び解約によって発生するXの損害についての賠償を定めた同条2項とその趣旨を同じくするものであるから,本件基本契約28条は民法641条のいわば特則として定められたものと解するのが相当である。

また,Xにとって,本件基本契約28条1項に基づく解約により本件個別契約2の続行が中止のやむなきに至った場合と,民法641条に基づく解約により本件個別契約2の続行が中止のやむなきに至った場合とで,生じる損害に有意な差があるとは認められない以上,本件基本契約28条2項に基づく損害賠償請求に加えて,民法641条に基づく損害賠償請求を認めることは,本件基本契約28条2項により損害額の上限を定めた当事者の合理的意思に反し,不合理な結果をもたらすものといわざるを得ない。

そして,(略)Yが,本件基本契約28条1項に基づき,本件個別契約2について解約の意思表示をしていることから,解約により生じた1審原告の損害について民法641条の適用の余地はなく,その余の点について判断するまでもなく,Xによる民法641条に基づく損害賠償請求については,これを認めることはできない。

なお,その余の請求(請求エ(解約合意に基づく損害賠償請求),請求オ(商法512条に基づく報酬請求))はいずれも原審,控訴審ともに退けられている。

その結果,裁判所は,原審の認容額を一部減額し,SS工程実施相当の損害額約2000万円のみを認めた。

若干のコメント

本件は,開発作業の途中で終了したという事案において,どこまでベンダからの請求が認められるかが争点となった事案でした。約1.9億円の契約のうち,5000万円が支払済みで,ベンダは残額の大部分を報酬ないしは損害賠償として請求しましたが,裁判所は,実施した工程相当分(約2000万円)のみを認容しました。


実際にベンダが負担した労力,コストは,これをはるかに超えるものだったため,ベンダからみれば,この結果は不十分だと思われますが,ユーザは,そもそも中途終了した原因はベンダの作業が不十分であったためなどと主張していたことから,下手をすれば既払いの報酬の返還さえも求められかねない状況だったことからすると(なお,ユーザは相殺の主張はしているが,反訴は提起していない。),ユーザの都合による解約であって,契約金額中の進捗割合に応じた額が確保できただけでも好結果だったのではないかと想像しています。


ベンダ・ユーザ間の基本契約で,ユーザ都合により中途終了した場合に,終了部分までの報酬と,「未了部分に係る委託料相当額を限度として賠償」することが約定されており,この解釈が問題となりました。裁判所は,「終了部分」とは,単に工程を実施しただけでなく,検査合格までを必要とし,「未了部分」というのを残る工程すべてではなく,実施したけど終了していない部分の工程だと捉えるなど,ユーザに好意的に解釈しているという印象を受けました。


原審では,本件基本契約28条2項に基づいて損害の賠償請求はできないが,民法641条による損害賠償請求ができるとしましたが,控訴審では,この契約条項は民法641条の特則を定めたものであるとして,別途の損害賠償請求を否定しました。契約の解釈としてはこちらの方が自然であるように思います。


いずれにせよ,本件では,中途終了した場合におけるベンダからの金銭請求に関し,5つの訴訟物を立てており,同種の事案において参考になるものと思われます。