IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ウェブサイト制作委託契約における権利帰属と権利濫用 大阪地判令元.10.3(平30ワ5427)

ウェブサイトの制作委託契約において,開発の経緯等に照らして制作物の著作権が発注者に移転したこと及び,制作者による権利行使が権利濫用にあたると認められた事例

事案の概要

やや複雑な経緯を辿っているので簡略化して紹介する。

Yは,Xに対し,ウェブサイトの制作を委託し,XはXウェブサイトを制作した後,公開した。しかし,Yがレンタルサーバの費用を支払わなかったため,平成29年12月12日にXウェブサイトは凍結されて閲覧できなくなった。
その後,平成30年1月ころ,Yは,Xウェブサイトのデータを取得してYウェブサイトを制作し,ドメインを変更して公開した。


Xは,YがXウェブサイトを無断で複製して新たにYウェブサイトを公開したことが著作権及び著作者人格権の侵害並びに不法行為に該当するとして,差止及び損害賠償等を請求した。

ここで取り上げる争点

著作権侵害(複製権・翻案権)の成否
(1)Xウェブサイトの制作による著作権の帰属
(2)権利の濫用

裁判所の判断

争点(1)Xウェブサイトの制作による著作権の帰属

XウェブサイトとYウェブサイトの外観はほぼ同じであったが,そもそもXウェブサイトにかかる著作権がXに帰属するかどうかという前提が最大の争点となった。
この点に関し,Xウェブサイトの開発経緯は以下のように認定された。

  • Yは,旧ウェブサイトをAに制作させ,そのサーバの移管と保守をXに委託した
  • 旧ウェブサイトはスマートフォンタブレットに対応していなかったため,Yは,Xに対し,全面リニューアルを求めた
  • よって,Xウェブサイトは,Xの発意によるものではなく,Yの企業活動のために使用することが予定されていた
  • Xウェブサイトは,旧ウェブサイトをリニューアルされたものであって,Xウェブサイトのデザイン,記載内容や色調の基礎となったのは,リニューアル前の旧ウェブサイトである
  • Xウェブサイトは,Yの企業活動を紹介するものであって,その内容は,基本的にYに由来するというべきであり,XがYから仕様や構成について指示及び要望を聞いて制作したものである

以上の経緯を踏まえて,Xウェブサイトにかかる権利はYに帰属すると認定した。

XとYは,以上の内容・性質を有するXウェブサイトの制作について,本件制作業務委託契約を締結し,例えばXウェブサイトの権利をXに留保して,XがYに使用を許諾し使用料を収受するといった形式ではなく,Xウェブサイトの制作に対し,対価324万円を支払う旨を約したのであるから,XがXウェブサイトを制作し,Yのウェブサイトとして公開された時点で,その引渡しがあったものとして,Xウェブサイトに係る権利は,Xが制作したり購入したりした部分を含め,全体としてYに帰属したと解するのが相当である。

上記解釈は,Xウェブサイト制作後も,XがYに保守業務委託料の支払を求めていることとも合致する。すなわち,XウェブサイトがXのものであれば,Yがその保守をXに委託することはあり得ず,XウェブサイトがYのものであるからこそ,代金を支払ってその保守をXに委託したと考えられるからである。

また,上述のとおり,Xウェブサイトは,Yの企業としての活動そのものを内容とするものであるから,Xがこれを自ら利用したり,第三者に使用を許諾したり,あるいは第三者に権利を移転したりすることはおよそ予定されていないというべきであるから,Xウェブサイトについての権利がXに帰属するとすべき合理的理由はない。さらに,Xウェブサイトについての権利がXに帰属するとすれば,Yは,Xの許諾のない限り,Xウェブサイトの保守委託先を変更したり,使用するサーバを変更するためにXウェブサイトのデータを移転したりすることはできないことになるが,そのような結果は不合理といわざるを得ない。

以上より,XがXウェブサイトを制作したことを理由に,Xウェブサイトの著作権がXに帰属すると考えることはできず,Xウェブサイトの著作権は,Yに帰属するものと解すべきである。

なお,Y名義で作成されたXウェブサイトの制作委託にかかる注文書の「仕様」欄には,「全面リニューアル後の成果物の著作権その他の権利は,制作者のXに帰属するものとする。」との記載があった。しかし,裁判所は,Yがそのような合意を成立させる趣旨で注文書に当該記載をしたとは認められないとして,注文書の記載どおりの合意があったとは認めなかった。

争点(2)権利の濫用

さらには,裁判所は,XがYウェブサイトに対する権利行使をすることは権利の濫用に当たると述べた(改行を適宜追加)。

ア 本件の事実関係を前提とすると,仮に,Xウェブサイトの一部に,Xの著作物と認めるべき部分が存在する場合であったとしても,以下に述べるとおり,Xが,その部分の著作権を理由に,Yウェブサイトに対する権利行使をすることは,権利の濫用に当たり許されないというべきである。

イ すなわち,前記認定したところによれば,
Xは,Xウェブサイト制作後,その保守管理を行っていたこと,
Yは,平成29年秋の時点で,Xに対する支払を遅滞し,本件サーバの更新料も支払っていなかったこと,
本件サーバを使用継続するには,同年11月30日に最低1万2960円(12か月分)を支払う必要があったが,Yはこれを徒過したこと,
同年12月12日,本件サーバは凍結され,Xウェブサイトの利用ができなくなったこと,
Yはその直後にXに13万8240円を振り込み,Xウェブサイトを復旧するようXに依頼したこと,
本件サーバの規約によれば,Xウェブサイトのようなドメインが失効した場合,利用期限日から30日以内であれば,更新費用を支払えば復旧可能であること,
Xは,同月13日,Yに対し,Xウェブサイトのデータは失われ,復旧するには再度制作する必要があり,その費用は434万円余であると伝えたこと,
Yは,Xの提案を断って,Zに,Xウェブサイトの復旧を依頼したこと,
Zは,Xウェブサイトのデータを利用してYウェブサイトを作成し,平成30年1月ころ公開したこと,
以上の事実が認められる。
(略)XがYに対し,本件サーバの更新費用を怠った場合のリスクについて,適切に警告し,期限を徒過しないよう十分注意したとは認められないし,Xウェブサイトの利用ができなくなった直後にYが金員を原告に振り込み,本件サーバの規約ではデータの使用が可能な期限内であるのに,Xが,データが失われ復旧もできないと説明したことが適切であったことを裏付ける事情や,復旧のために434万円余もの高額の費用が必要であると説明したことの合理的理由は見出し難い。かえって証人Zは,サーバが凍結された場合,サーバ会社に料金を支払えばすぐ復旧することができ,特に作業等をする必要はない旨を証言している。
(略)Xウェブサイトは,新たな顧客のために,Yの事業内容を紹介するのみならず,すでに顧客,会員となった者に対するサービスの提供も行っているのであるから,Xウェブサイトの停止は,Yの企業としての活動を停止することであり,その制作・保守・管理を行ったXは,当然にこれを了解していた。

ウ 前記イで述べたところによれば,Xウェブサイトが停止するまでのXの行為は,その保守・管理を受託した者として不十分であったというべきであるし,Xウェブサイトの停止後のXの行為は,Xウェブサイトの停止がYを窮地に追い込むことを知りながら,これを利用して,データは失われた,復旧できないと述べて,法外な代金を請求したものと解さざるを得ない。
 上述のとおり,Xウェブサイトの停止は企業としての活動の停止を意味し,既に検討したとおり,Xウェブサイトの著作権は全体としてYに帰属すると解されるのであるから,Yが,法外な代金を請求されたXとの信頼関係は失われたとして,Xの十分な了解を得ることなく,Xウェブサイトのデータを移転するようZに依頼したとしても,やむを得ないことであると評価せざるを得ない。

エ これらの事情を総合すると,仮に,Xウェブサイトの一部にXの著作権を認めるべき部分が存在していたとしても,本件の事情において,Xがその著作権を主張して,Yウェブサイトの利用等に対し権利行使することは,権利の濫用に当たり許されないというべきである。

以上のように述べて,その他の請求も含めてすべて棄却された。

若干のコメント

本件訴訟の第一のポイントは,明示的な著作権帰属・移転条項がない場合において,制作の経緯や,制作費の支払い,保守契約の締結の有無等の諸般の事情から,発注者に著作権が帰属すると認定した点です。

デフォルトルールは,報酬を支払ったら自動的に権利が発注者に帰属するなどということはなく,職務著作(著作権法15条)が成立する場合を除いては,原始的には制作者に権利が帰属し,移転させる旨の合意がない限りは制作者に留保されるのですが,本件では,注文書にわずかに制作者に帰属するといった記載があったものの,それを乗り越えて権利が移転したと認定しました。ただし,判決文では「帰属したと解する」という記載にとどまっており,原始的に帰属するとしたのか,移転する黙示の合意があったとするのかは明らかではありません。

実務上は,権利帰属・移転条項がなければ,制作者に留保されると考えられがちですが,周辺事情も考慮したうえでの判断が求められることになります。


第二のポイントは,仮に一部の権利がXに帰属するとしても,その権利を行使することが権利濫用になるとした点です。

権利濫用は簡単に認められるものではないですが,本件では,サーバ代金の支払いに遅れてウェブサイトが閉鎖されたのちに,代金を支払ったので,本来ならば簡単に復旧できるはずのところ,Xは,再制作の費用を請求したという事情がありました。

なぜXは裁判所に「法外な代金を請求」とまで言われることをしたのかは明らかではありませんが,一般論として,ユーザとベンダとの関係が悪化した際に,システムやデータを「人質」にとって好条件を勝ち取ろうとするベンダの態度に強い不満を持つユーザは少なくありません。積極的にデータを消去したりするような加害行為に及べばもちろん違法ですが,消極的な非協力的態度が場合によっては不法行為や権利濫用と認定されることを示唆しています。