IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

請負人からの連絡が途絶えたことによる終了 東京地判令2.2.26(平31ワ774)

クラウドソーシングサービスを介して委託されたシステムの開発業務において,頻繁にやり取りが行われていたにもかかわらず突如連絡が途絶えたという場合,請負人は誠実に回答すべき義務があり,注文者が中止を求めたこともやむを得ないとして仕事の完成を否定した事例。

事案の概要

Yは,クラウドソーシングサービス"L"を通じて,生産・商品在庫・売上管理システムの開発をX(個人)に委託した。Xは,一部については製作を完了し,代金の支払いを受けたが,一部については納品が完了したにもかかわらずYが代金を支払わないとして,Yに対し,請負代金約45万円の請求を行った。

ここで取り上げる争点

仕事の完成及び開発業務の停止の原因

裁判所の判断

開発業務の停止に至る事実認定を少し詳細に紹介する。


XとYとの間で,システムの不具合についてのやり取りがL上のメッセージ機能を通じて行われていたが,その過程で,Yは,コミュニケーションを円滑に行うために対面での打ち合わせを希望した。次のようなやり取りが行われた。

「現状を拝見しただけでは完成像と運用の際のオペレーションをイメージすることが難しく,クライアントが操作・運用可能なものに仕上がるのかどうか発注者としてはとても不安です。そのため,私共としては,早急にお目にかかってお打合せの機会を持った方が,様々リスクや相互の理解不足を回避できるのではないかと考えた次第です。」
「私としてはシステム要件のご連絡は閉じたものとして捉えているので,これから,さらに既知ではない,未知の資料のご提供や概念など口頭で伺っても,本計画での対応はできません。」

その後,Yから「(注:本件業務2)に含まれているもの,内訳を教えていただけないでしょうか。」というメッセージを送ったが,Xからの返信が約1日間に渡って途絶えることとなった。そのため,Yはこれ以上の継続は不可能と考えて

「今後の対応について弊社で協議しますので,開発はストップしてください。」

と通知した。このやり取りを踏まえて,裁判所は次のように認定した。

前記認定事実によれば,平成30年11月16日,XとYとのやり取りにおいて,本件システムの製作進行に関する認識の差異が表面化して議論となり,今後,実運用に足りるシステムが完成できるのかを不安に思ったYが,Xに対し,本件業務2に含まれるものの内容を教えてほしいと質問したところ,Xは突如として連絡を絶ったことが認められる。この点,Xは,Yから本件業務2を請け負った請負人の立場にあったのであるから,上記の質問を受けたのであれば,それに誠実に回答すべき本件請負契約上の義務があったというべきところ,上記の質問を受けるまでYとの間で頻繁なやりとりをしていたにもかかわらず,上記の質問を受けるや,1日間以上にわたってYに何らの応答もしなかったのであって,これによれば,Yにおいて今後のシステム製作に強い危機感を抱いたのはもっともなことであり,Xに依頼していたシステム開発を停止するとの判断に至ったことについてはやむを得ない判断であったというべきである。

としたうえで,検収も行われなかったとして,完成が認められなかった。また,Xが連絡を絶ったことによって完成できなかったとして,Yの債務不履行や受領遅滞を認定しなかった。

若干のコメント

本件は,法的な構造としては,請負契約における仕事の完成を否定して,Xの請求を棄却したものですが,判旨の中心部分が,XとYとのやり取りが途絶えるに至る経緯にフォーカスされており,それまで頻繁にやり取りをしていたにもかかわらず請負人であるXから連絡を絶った(しかしそれは約1日間にとどまる)ことを理由に,Yからの停止要請を正当化したというのが特徴的でした。通常は,客観的な事実関係から仕事が依頼の趣旨に沿って実施されたか否かを認定すればよいところですが,両者が物別れになる経緯から,そのときの仕事の状態を認定していることについて,論理的には疑問もあるところです。特に,請負人として注文者からの質問に対して誠実に回答すべき請負契約上の義務がある,とまで述べたところはかなり踏み込んだ評価がなされたという印象です。

以前ほどではないと思われますが,クラウドソーシングサービスを介した取引におけるトラブルは起きています。とはいえ,取引額が比較的小さいこともあって,本件のように訴訟に至るケースは少ないでしょう(両当事者とも代理人は付いていないようです。)。クラウドソーシングサービス事業者もそれぞれに「安心安全の取り組み」などを掲げ,不正投稿を防止したり,ガイドラインや相談窓口を設けたりしていますが,トラブルをゼロにすることは困難です。今後は,この種のプラットフォーマーにODR(Online Dispute Resolution)が導入されていくことも期待されます。