IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラムの著作物性(否定)東京地判令2.3.4(平29ワ19073)

ステップ数が多いこと,機能が特殊であること,命令後の選択,ライブラリの呼び出しやパラメータの設定等に工夫をしたことなどの主張がいずれもプログラムの創作性の認定に至らなかった事例。

事案の概要

EDINETに提出する開示書類を作成するためのソフトウェアに組み込まれるプログラム(本件プログラム)を開発したと主張するXが,Yが本件プログラムをクラウド形式で提供する行為が,Xの著作権を侵害するとして,著作権法114条3項の算定に基づいて1億8000万円の損害賠償請求をした事案。

本件プログラムは,4万ステップ以上のソースコードから成るが,EDINETの仕様変更に合わせて特定のXBRL*1の形式に変換することを目的とするものであって,会計データのエクセルファイルを取り込む機能や,勘定科目を開示科目に読み替える機能などを有していた。もっとも,その仕様は,第三者であるD社が詳細な仕様書をXに対して提示していた。

ここで取り上げる争点

本件プログラムの著作物性

裁判所の判断

裁判所は次のように述べて本件プログラムの著作物性をすべて否定した。

本件プログラムは,EDINETにおける取扱いに変更があったことを踏まえ,ユーザーが作成した会計に関するエクセルファイル等をX-Smartに取り込み,会計科目を開示科目に組み替え,編集作業等を経て,宝XBRLの形式に変換することを簡易に行うことなどを目的として開発されたものであり,相応の分量のソースコードから成るものである。
しかしながら,(略。注:D社がXに提供した資料には)本件プログラムに要求される機能及びそれを実現する処理,画面の構成要素等を別紙3本件プログラム説明書と同様のものとすることが概ね示されていたと認められる。
また,(略)本件プログラムは,ユーザーからのフィードバックの結果を踏まえ,順次,D社からの発注を受けて修正及び追加等をしながら開発されたものであり,(略)その他,ソースコード中に NetAdvantage に含まれるファイル,VisualStudioで自動生成されるファイル,オープンソースからダウンロードしたファイルから作成された部分や,一般的な設定ファイル等である部分も相応に含まれていることにも照らせば,ソースコードの分量等をもって,本件プログラムに係る表現の選択の幅が広いと直ちにはいえない。

具体的に,Xが創作的表現であると主張した箇所は多数あるが,裁判所は,その具体的な主張についても順次創作性を否定していった。その例を示す。

【switch文と,if-elseの選択について】

本件ソースコード5には,画面1から画面2に遷移する際に呼び出されるサブルーチンのうち,アップロードしたファイルの種類を判別し,対応する画面を生成する処理が記述されているところ,Xは,本件ソースコード5では,switch文で条件分岐を行っているが,他の表現5のように,else-ifで条件分岐を行うこともできるから,選択の幅があり,ここにXの個性が表れている旨主張する。
 しかしながら,(略)switch文は,複数の選択肢の中から式の値に合うものを選び,その処理を行うものであり,else‐ifは,複数の条件のどれに当てはまるかによって異なる処理を行うものであって,いずれも高等学校工業科用の文部科学省検定済教科書(略)に記載されている条件分岐の基本的な制御文であり,3種類以上の場合に分けて条件を指定するときに使用されるものであると認められるから,本件ソースコード5のように,アップロードしたファイルの種類によって場合を分けて条件を指定する必要がある場合に,switch文を使用すること自体は一般的なことであると認められ,そのことに作成者の個性が表れているということはできない。

デバッグログ出力部分】

Xは,本件ソースコード12にデバッグログを出力するコードが挿入されていることにプログラム作成者の個性が表れると主張する。
しかしながら,弁論の全趣旨によれば,プログラムの開発過程において,プログラムの保守及び変更等の必要から,不具合があり得ると考えられるソースコード上にデバッグログを出力するコードを挿入することは一般的に行われていることであると認められるから,デバッグログを出力するコードが挿入されているというだけで,そのことに作成者の個性が表れているということはできない。
また,本件ソースコード12のデバッグログを出力するコードの記述に作成者の個性が表れていることについてXは具体的に主張立証していないから,これを創作的表現であると認めるに足りない。

【コメント】

Xは,本件ソースコード14等におけるコメントの有無及びその内容にプログラム作成者の個性が表れる旨主張する。
しかしながら,(略)プログラムは,電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの(著作権法2条1項10号の2)であるところ,コメントは,コンピューターの処理の結果に影響するものではなく,コンピューターに対する指令を構成するものであるとはいえないから,上記のプログラムに当たらない。

また,全体的な選択肢の組み合わせが多いことに関して次のように述べた。

Xは,本件プログラムはプログラムの著作物に当たるとし,その理由として,
[1]本件プログラムは,Xが創作した部分に限っても,合計4万0381ステップという膨大な量のソースコードから成り,指令の組み合せ方,その順序,関数化の方法等には無限に近い選択肢があること,
[2]本件プログラムにおけるエクセル取込機能及び簡易組替機能は,一般的な用途に使用されるものではないから,これらの機能を実現するためのプログラムがありふれたものであるとはいえないこと,
[3]Xは,NetAdvantage やVisualStudio等の開発ツールを用いながらも,ライブラリ群の中からどのライブラリを用いるべきか,どの順番でライブラリを呼び出させるべきか,どのように加工すべきか,どのようにパラメータを設定すべきかなどに工夫を凝らしており,それらに個性が表れていること,
[4]本件各資料は,いずれも要求定義又は外部設計に関するものにすぎず,D社が要求している機能を実現するための指令の組合せは記載されていないから,本件プログラムに係る選択の幅を狭めるものではないこと
を主張する。

しかしながら,上記[1]について,前記⑴アのとおり,プログラムに著作物性があるというためには,プログラムの全体に選択の幅があり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性,すなわち,表現上の創作性が表れていることを要すると解されるところ,本件プログラムに表現上の創作性があることについて具体的に主張立証されない以上,前記⑴イで認定,説示したとおり,多くのステップ数により記述されていることをもって,直ちに表現上の創作性を認めることはできない

また,上記[2]について,Xの主張は,本件プログラムの機能の特殊性を指摘するにとどまっているところ,プログラムの機能そのものは著作権法によって保護されるものではなく,特定の機能を実現するためのプログラムであるというだけで,直ちに表現上の創作性を認めることはできない。

さらに,上記[3]について,Xは,ライブラリの使用等にどのような工夫をしたかについて具体的に主張立証しておらず,その点に選択の幅があり,作成者の個性が表れていると認めるに足りない。

また,上記[4]について,本件各資料にソースコードが具体的に記述されていないとしても,要求されている機能及び処理を実現するための表現に選択の幅があると当然にはいえないから,この点を考慮しても,本件プログラムに表現上の創作性を認めるに足りないというべきである。

若干のコメント

以前から何度か本ブログでコメントしたことがありますが,一般的には「著作物」(著作権法2条1項1号)に求められる創作性は,独創的なものまでは求められないとされつつも,プログラムの著作物(10条1項9号)の創作性に関しては,かなり高度な創作性が要求され,アンバランスである感が否めません。この点については応用美術の分野でも広く議論されており,実用的な物については,鑑賞の対象となるような芸術品とは別の考慮がなされるべし,という論理も理解できるものの,わざわざソフトウェアをプログラムの著作物として保護することを定めた趣旨が失われているのではないかという気もします。

本件は,量だけみれば,4万ステップと,かなりのボリュームがあるソースコードから構成されていますが,創作性がすべて否定されました。確かに,if-elseかswitchかという選択の幅が1万回あれば,可能性としては,2の1万乗という無限の選択肢があるから創作性があると言われると,疑問も生じますが,本件のように,詳細な仕様が書かれた文書が提供されていたから選択の幅が狭かったと言われると,プログラマの創作性がすべて否定されたような印象も受けるところです。

著作権を主張する側が,具体的なコードを指示して「ほら,この部分について創作性がある」と主張しても,相手方当事者が,その部分のディフェンスに徹するならば「その記述は,●●という本に書いてある一般的な記述であり,ありふれている」と反駁することは比較的容易です。逆に,実用的なソフトウェアにおいて「ほー,これは独創的なコードだ。」というような記述は保守性の観点からは問題です。

大阪地判令3.1.21は,プログラムの創作性を認めましたが,判決文からはコードの具体的な記述というよりはプログラムの構造や工夫から創作性を認めたという印象があります。事案によるところも大きいのですが,プログラムの創作性を認定するアプローチを確立したいところです。

*1:eXtensible Business Reporting Languageの略。XML形式に近い。企業の決算数値等の情報を表現する形式。