IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラムの改変目的と電子計算機損壊等業務妨害罪の成否 高松地丸亀支判令3.1.23(令元わ212号)

社内エンジニアが,社内システムのプログラムを書き換えて退職し,その後動作しなくなったという件について,電子計算機損壊等業務妨害罪(刑法234条の2)の成否が問題となった事例。

事案の概要

Aは,自社が所属していた会社a(輸入雑貨販売業)の待遇に不満を持ち,業務用PCを用いてaの発送業務に用いていた注文一覧等を商品コード順に並び替えるプログラムについて,作動しないようにソースコードを書き換え,もって人の業務に使用する電子計算機の用に供する電磁的記録を損壊し,同電子計算機の使用目的に沿うべき動作をさせず,人の業務を妨害したとして,電子計算機損壊等業務妨害罪(刑法234条の2第1項)で起訴された。

(電子計算機損壊等業務妨害
第二百三十四条の二 人の業務に使用する電子計算機若しくはその用に供する電磁的記録を損壊し、若しくは人の業務に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与え、又はその他の方法により、電子計算機に使用目的に沿うべき動作をさせず、又は使用目的に反する動作をさせて、人の業務を妨害した者は、五年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

Aが商品コード順に並び替えるプログラム(本件プログラム)のソースコードを書き替えたことには争いがない。また,書き換えたことにより本件プログラムは動作しなくなった。そのころ,Aは給与等の待遇で会社aとの条件が折り合わず,有給休暇を使って退職していた。なお,本件プログラムの障害が,不等号一か所修正すれば復旧が可能であり,また,書き換えた個所には「メンテナンス用チェック」との記載があった。

プログラムが動作しなくなったことにより,その日の発送業務約700件のうち,140件ができなかったという。

ここで取り上げる争点

Aは,ソースコードを書き替えたのは保守目的であって,業務妨害の目的ではなく,故意を争っていた。

裁判所の判断

故意の部分について引用する。

(1)  本件書換えの目的について,検察官は,本件プログラムを作動しないようにすることによって本件会社の業務を妨害するためであったと主張するのに対し,被告人は,2019年から2020年になった際に本件プログラムが誤作動する可能性があるのではないかと思いついたことから,本件プログラムのソースコードを見て誤作動するかどうかの確認作業をする必要があると考え,その確認作業をすることを確実に思い出すように,適当な日付として約1か月後の令和元年9月1日午前9時になると本件プログラムが作動しなくなるようにした旨述べる。

(2)  この点について,本件書換えは,同日午前9時になると本件プログラムが作動しなくなるようにするものであるものの,ソースコードのうち不等号1文字を変更することによって復旧することが可能なものであり,本件会社の業務に与える影響も限定的なものである。また,本件書換えによって加えられたソースコードの中に「メンテナンス用チェック」との記載がされていることは,本件書換えの目的についての被告人供述を一定程度裏付けるものといえる。

(中略)

検察官は,ソースコードの確認作業をすることを思い出すための方法として本件プログラムを作動しないようにすることは極めて不自然である旨主張する。確かに,被告人は,本件書換えをするために30分程度の時間を使っているところ,確認作業をするのを思い出すための方法としては,カレンダーに記入したり,付せんに記載する,携帯電話の予定表機能を使用するなどより簡易な方法があることから,本件書換え行為は合理的な方法とは評価し難い。しかし,前記(2)の事情も踏まえると,単に合理的な方法でないというだけで,被告人が確認作業をすることを思い出す目的で本件書換えをした可能性を否定することはできない
この点について,証人Dは,確認作業をすることを思い出すためというような目的でコンピュータのプログラムを止めることはあり得ない旨述べるところ,同人はコンピュータのソフトウエアの開発等をする会社の代表取締役及びシステムエンジニアであり,メンテナンスチェックの方法について,本番系とは別に検証系を立ち上げて動作確認をするのが当たり前であるというような発言内容などに照らせば,その供述内容は,同人の経営する会社が顧客から保守管理等を頼まれた場合を想定しているものと思われる。しかし,本件プログラムは,代表者を含めて3人という規模である本件会社でのみ使用されるものであり,また,被告人が作成したもので,主に使用するのも被告人であったことなどに照らせば,本件プログラムは他の会社のシステムエンジニアに依頼をしてメンテナンスをするようなものとは考え難く,証人Dの述べる一般論を本件に当てはめて考えることは相当でない。

と述べて,Aは業務妨害を目的として書き換えを行ったものではないとし,業務妨害の故意がないからAを無罪とした。

若干のコメント

代表者とその妻と被告人Aだけという小規模な会社において,Javaのプログラムのメンテナンスを任されていたというAが,ソースコードを書き替え,ちょうどそのころ,待遇面での不満があって退社し,退社後にプログラムが動かなくなったことから,電子計算機損壊等業務妨害罪で起訴されたという事案です。

会社の代表者としては,会社に不満を述べていたAの退職直後にプログラムが動かなくなり,「何かを仕組まれた!」と思ったのも無理もなく,そして警察に駆け込むということも想定の範囲内です。しかし,そこからソースコードの書き換え部分を調べてみれば,たとえいたずらの域を超えた悪意ある修正だったとしても,そもそも起訴に値しないものではないかと考えられます(しかも,本件は,妨害目的すら否定されています。)。敢えて言葉を選ばずにいうと,田舎警察の勇み足というべき事案でしょう。

もちろん,本当に取り締まるべきサイバー犯罪は多数あるのですが,刑法の電子計算機損壊等業務妨害罪のほか,いわゆるウィルス作成罪(168条の2以下)や,私電磁的記録不正作成罪(161条の2)のほか,不正競争防止法著作権法の罰則規定など,サイバー犯罪系の犯罪類型において,こういった些細な事案を無理やり立件している事案があることはとても残念です。