IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

事業者による「合理的」判断について(モバゲー規約控訴審)東京高判令2.11.5(令2ネ1093)

モバゲー会員規約の免責文言について,適格消費者団体が不当条項に当たると主張していた事件の控訴審判決。

事案の概要

B2Cサービスの規約中の「不当に迷惑をかけたと当社が判断した場合」などの文言が不明確であり,それによって事業者が会員資格を取り消したとしても事業者は責任を負わないとする文言は,消費者契約法8条1項にあたる不当条項であるとして,適格消費者団体Xが,同法12条3項に基づいて,Yに対して,差止(この条項を含む契約の申込み,承諾の意思表示をしないこと)を求めた事案である。

一審(さいたま地判令2.2.5)では,その当時の下記の文言について,

7条(会員規約の違反等について)1 M会員が以下の各号に該当した場合,当社は,当社の定める期間,本サービスの利用を認めないこと,又は,M会員の会員資格を取り消すことができるものとします。(略)
a 会員登録申込みの際の個人情報登録,及びM会員となった後の個人情報変更において,その内容に虚偽や不正があった場合,または重複した会員登録があった場合
b 本サービスを利用せずに1年以上が経過した場合
c 他のM会員に不当に迷惑をかけたと当社が判断した場合
d 本規約及び個別規約に違反した場合
e その他,M会員として不適切であると当社が判断した場合
2 (略)
3 当社の措置によりM会員に損害が生じても,当社は一切損害を賠償しません。

著しく明確性を欠くものであるとして,訴えを一部認めた(拙ブログ)。

itlaw.hatenablog.com

これに対し,Yは控訴し,上記のc号,e号に「合理的に」の文言を挿入し,消費者契約法8条1項各号の該当性を争った(下線部が新たに追加された箇所)。

c 他のM会員に不当に迷惑をかけたと当社が合理的に判断した場合
d (略)
e その他,M会員として不適切であると当社が合理的に判断した場合

ここで取り上げる争点

規約7条3項の法8条1項1号及び3号該当性(原審と同様)

裁判所の判断

基本的に原審の判断を維持した。関係する個所を引用する(太字等は引用者)。

本件規約7条1項c号及びe号にいう「合理的に判断した」の意味内容は極めて不明確であり,Yが「合理的な」判断をした結果会員資格取消措置等を行ったつもりでいても,客観的には当該措置等が控訴人の債務不履行又は不法行為を構成することは十分にあり得るところであり,Yは,そのような場合であっても,本件規約7条3項により損害賠償義務が全部免除されると主張し得る。

また,Yは,Yが客観的に損害賠償責任を負う場合は,そもそも本件規約7条1項c号又はe号の要件を満たさず,したがって,本件規約7条3項により免責されることもないと主張する。しかし,事業者と消費者との間に,その情報量,交渉力等において格段の差がある中,事業者がした客観的には誤っている判断が,とりわけ契約の履行等の場面においてきちんと是正されるのが通常であるとは考え難い。Yの主張は,最終的に訴訟において争われる場面には妥当するとしても,消費者契約法の不当条項の解釈としては失当である。

よって,Yの控訴(Xの付帯控訴も)棄却された。

その後,Yは,規約を変更し,c号,e号は削除したようである。

若干のコメント

一審判決が出されてから半年後に控訴審判決が出ましたが,結論は「合理的に」の文言を追加してもなお,「意味内容は極めて不明確」であるとされたほかは,原審の判断をそのまま引用したものであり,特に新しい判断は追加されていません。そのせいもあって,一審判決が出されたときほど報道や業界関係者の反応も大きくはなかったように思います。

「不当に迷惑をかけたと当社が合理的に判断した場合」に基づいて,事業者が「合理的に判断しました」といわれた場合,判決文でも述べていましたが情報量や交渉力に格段の差があることから,消費者にはその判断の合理性を判断しづらく,また客観的な合理性の判断を求めるには訴訟などの場に持ち込まざるを得ないので,「合理的に判断するから大丈夫ですよ」という論法は通用しないのだろうと思われます。

事業者としては,予期せぬユーザの不正・不当な行為に対応するには,一定のバスケット条項を作って防衛せざるを得ないところがありますし,そういった事態に応じて柔軟に禁止事項を追加していくなどの規約を変更していくとしても,民法548条4(定型約款の変更)にも注意しなければなりません。

私が確認する限りでも,同種同様のサービスにおいて「不当だと当社が判断した場合」というような文言は山ほど残っています。今後,こうした規約が順序改訂されていくかどうかは未知数ですが,「何が何でも免責するという条項で固める」という手法は通用せず,かえってレピュテーション悪化にもつながるという認識が必要になるでしょう。