IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

懲戒請求者リストの訴訟上の提出と不法行為 横浜地判令2.12.11(令和2ワ2097)

弁護士に対する大量懲戒請求事案に関し,損害賠償請求をした弁護士が裁判所に懲戒請求者のリストを提出した行為について不法行為に当たるかが争われた事例。

事案の概要

インターネット上のブログでの呼びかけに応じ,弁護士に対して,大量の懲戒請求がなされた事案において,弁護士が懲戒請求者に対して損害賠償請求を行った(別件訴訟)。その別件訴訟において,弁護士会が作成した氏名,住所等が記載されたリスト(本件リスト)を別件訴訟の原告が裁判所に提出したという行為(本件提出行為)が,プライバシー侵害(不法行為)に当たるとして,別件訴訟の被告(本件訴訟の原告)が損害賠償を求めた事案。

本件リストが別件訴訟において提出される際,特にマスキング処理等はなされていない。

ここで取り上げる争点

本件提出行為は不法行為に該当するか。

裁判所の判断

裁判所は次のように述べて不法行為の成立を否定した。

個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となるというべきであるが,プライバシーの侵害については,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するものと解される(略)。
そして,民事訴訟における主張立証活動は,それ自体は事実の公表を目的とする行為ではないものの,訴訟記録が閲覧可能な状態に置かれることなどにより,第三者がその事実を知り得る状態に至り,結果的に公表と同様の効果をもたらすことがあるため,プライバシーの侵害の成否が問題となり得る。このような場面では,その事実を公表されない法的利益と当該主張立証活動に係る法的利益とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するものと解されるが(なお,前者が後者に優越する場合であっても,違法性阻却事由があるときには,不法行為が成立しないことは,言うまでもない。),その判断に際しては,当事者が主張立証活動を尽くし,裁判所がこれを踏まえて事実認定及び法的判断を行うことにより私的紛争の適正な解決を実現するという民事訴訟の性格上,当事者の主張立証活動の自由を保障する必要性が高いことを踏まえることが重要である。

つまり,プライバシー侵害の成否は,事実を公表されない利益と,公表する理由との比較衡量になるとしつつ,民事訴訟の場面では,当事者の主張立証活動の自由を保障の必要性を考慮しなければならないとしている。

続いて比較衡量については,

本件各個人情報が本件大量懲戒請求者(1)に係る情報であることは,本件各選定者らの意思に基づかずにみだりにこれが公表されることにより,本件各選定者らの社会的評価が低下するおそれがあることを意味するものといえる反面,本件大量懲戒請求(1)からいまだ相当な年月を経たとまではいえない今日においては,本件各選定者らが本件大量懲戒請求(1)に係る懲戒請求をしたとの事実は,その性質上,社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものということもできる(略)。
ウ 他方,本件各提出行為は,別件各訴訟における請求原因事実(被告が当該各訴訟において主張する個々の不法行為〔本件大量懲戒請求(1)のうち,同訴訟において被告が取り上げた個々の懲戒請求〕及びその加害者を特定し,当該行為と相当因果関係のある損害額〔慰謝料及び弁護士費用〕の算定に影響する事情と位置付けられる本件大量懲戒請求(1)の全貌)の立証を目的としたものと理解することができ,直ちにその必要性を否定することは困難である。

としたうえで,

本件各個人情報を公表されない法的利益と(結果的にこれを公表することなる)本件各提出行為の理由とを比較衡量しても,直ちに前者が後者に優越するとまでは認められない

と,保護の利益が優越しないとした。なお,原告は,個人情報保護法23条の違反(第三者提供における同意がないこと)も主張していたが,例外が許容される上に,行政法規の違反がただちに不法行為を構成するものではないとして,この点も否定されている。

よって,原告の請求はすべて棄却された。

なお,弁護士会に対する不法行為に基づく請求も行われているが,そちらも棄却されている。

若干のコメント

結論については違和感がありませんが,この点については,本件訴訟の被告代理人でもあった板倉陽一郎弁護士による『個人データが含まれる証拠の裁判所への提供についての考察』情報ネットワーク・ローレビュー19巻(2020)184頁において,裁判所の提出行為は,個人情報保護法23条1項2号「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。」にあたり,本人同意が必要ないケースに当たることなどが論じられています。