IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

マイグレーションの失敗(控訴審)東京高判平29.12.13(平28ネ5331)

AS400からのマイグレーション事案で履行不能が認められた東京地判平28.10.31の控訴審。ただし、ここでは、基本契約に定める方法に沿わない形での個別契約の成否についてのみ取り上げる。

事案の概要

本件は、下記で取り上げた事案の控訴審判決である。事案の概要等は下記リンク先と同様であるが、ベンダ(一審原告)が、ユーザ(一審被告)に対し、代金不払い等を理由とする損害賠償請求や代金支払請求をしたのに対し(甲事件)、ユーザが、ベンダの債務は履行不能であったとして、解除に基づく原状回復請求(代金返還)を行った(乙事件)。

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原審では、多段階式で行われた契約について、密接な関係があったとして、ユーザ(Y)が一部の契約の不履行を理由として、他の契約の解除もできるとして、ベンダ(X)からの損害賠償請求を退けた一方で(甲事件。ただし一部の請求は認容)、ユーザからの請求については、ベンダの債務は履行不能になっていたとして、履行済の契約に関する既払金等を含む約8億円の限度で請求を認めた(乙事件)。

ここで取り上げる争点

結論は、一審と同様に、ベンダの債務は履行不能だったとの判断は変わっていない。ここでは、控訴審における争点のうち、結論には大きく影響するものではないが、個別契約(第5契約、第6契約、第7契約)の成否が争われたので、その点を取り上げる。

裁判所の判断

第5契約は次のように述べて、成立していたと認めた。

また,本件の事実関係を見ても,物流システム(b)の納品をめぐる当事者間のやりとりにおいて,上記の「倉庫概念」に係る作業についての指摘はなく,1審被告は,平成21年3月31日頃,1審原告に対し,物流システム(b)に係る「検収および納入物件受領書」(甲106の3)を交付しているものであり,第5契約に係る作業は,1審被告が,平成21年3月にe社を子会社化したことに伴い,物流システム(b)をこれに対応させる必要が生じたことを契機として,同年4月以降,「倉庫概念」と呼ばれる作業の整理が行われたものであって,本件bシステム契約とは別個の作業であるということができる。
そして,同年6月17日の全体ミーティングにおける1審被告の担当者の指示に従い,1審原告は,その指示に従ってこれらの作業を行うとともに,「返品」に関する物流システム(b)の変更作業を含む「倉庫概念」の全体の作業の見積りを繰り返し提示していたものである。
これらの事実関係に照らせば,1審原告と1審被告との間には,平成21年6月17日,「倉庫概念」を作業内容とする契約が成立していたものと認めるのが相当というべきである。

基本契約6条には、個別契約の成立には、責任者による記名押印ある書面が必要だとされており、そういった書面はなかったが、

確かに,第5契約の成立は,第2契約を変更したとも解し得るところ,上記の書面によってされたとはいえず,本件基本契約6条に定める方式に沿わないものであるが,第5契約に係る作業内容や事実経過等の上記説示を踏まえれば,当事者間で第5契約の成立が認められることを左右するとはいえないものというべきである。

基本契約に定める方法以外でも個別契約の成立を認めた。

第6契約についても、次のように個別契約の成立を認めた。

1審被告は,本件作業停止指示に際し,作業項目毎に作業を「継続」するのか「停止」するのかを記載した一覧表を作成し,1審原告に交付するなど,きめ細かな仕分けを行っていたことがうかがわれる。そして,第2契約に係る作業については,基本的に停止を指示する一方,第6契約に係る作業(EDI・AS切替接続テストに係る作業)については「継続」を指示しているものである。その後,これに基づいて継続されていた上記の切替接続テストに係る作業の平成22年2月以降の取扱いについて,1審原告の担当者であるPと1審被告のNとの間で協議がされ(甲82,107,108),これを踏まえて,同月5日の打合せにおいて,1審原告の担当者であるQが1審被告のDに対し,同月から同年4月まで3人月で別途発注とすることを提案したところ,1審被告のDは,「見積りの見直しをやりながらそれについては個別で対応するので良い。」と発言してこれに同意しているものである(甲138)。これによれば,1審被告において,第6契約を第2契約とは別の発注として扱うことを了承し,第6契約につき承諾をしているというべきである。

他方で、第7契約については、既存の契約に基づく作業の範囲内のものであるとして、成立していないとした。

若干のコメント

システム開発プロジェクトが難航した際に、法的評価として「社会通念上履行不能」といえるかどうかは容易ではありません。ベンダとしては「何とか仕上げられる」と主張し、ユーザがこれを否定するというケースはときどきあります。

例えば、有名なスルガ銀行vs日本IBM事件(東京高判平25.9.26)では、ベンダの義務が履行不能であったと主張されていますが、裁判所は否定しています*1。他に否定例として、東京地判平26.9.11、肯定例として東京地判平24.12.25などがあります。

本件におけるベンダ(一審原告)は、原審判決を受けて、履行不能ではなかった、ということについて再度主張立証を試みましたが、SOFTICの手続で得られた単独判定書について、その結論をそのまま採用されることはなく、また、新たに「マイグレーションプログラムコンパイル実証実験報告書」を提出し、ソースコードコンパイルできる状態にあった(=履行不能といえる状態ではなかった)と主張しましたが、一審におけるベンダの主張とも矛盾していることや、訴訟提起後6年経過後に作成されたものなどであることから*2履行不能の認定を覆すには至りませんでした。

本エントリで取り上げたのは、いくつかの個別契約の成否で、特に、基本契約で契約の変更についてのルールが定めてあったにもかかわらず、そのルールに沿わない手続での契約の成立が認められるかという点です。

具体的な条文は、下記のとおりで、契約の「成立」について定めたものではなかったのですが、成否が争われた契約は、既存の契約からの変更ともいえるものだったので、この規定がクローズアップされました。

6条(個別契約の変更方法

原告又は被告が個別契約を変更しようとする場合には,その変更の内容,理由等を明記し,責任者が記名捺印をした書面をもって,相手方の責任者にその旨を申し入れ,原告と被告の責任者は,当該申入れがあった日から30日以内に,当該変更の内容及びその可否について協議を行う(1項及び2項各1号)。
個別契約の納期を変更する場合には,原告と被告の責任者が変更個別契約を締結することによってのみ有効となる(1項及び2項各2号)。

裁判所はこの様式にこだわることなく、全体的な状況から実施した作業が既存の契約の範囲に含まれるかどうかを検討し、契約の成否を判断しました(2つについて認定、1つについて否定)。

システム開発案件において、スコープの拡大、仕様変更などで揉めることは日常的に発生しうることから、ベンダとしては、そうした争いを避けて委託範囲を明確にするために上記のようなルールを定めても、そのルールに沿っていないと、後に自分たちの実施した作業が報われないリスクがあります。本件では、裁判所が救ってくれた面があり、ベンダの請求のごく一部(約2000万円)が認められていますが、基本的には契約で定めたルールに沿わない形での請求は容易ではないことに留意しておきたいものです。

*1:なお、上記リンク先の当ブログでは履行不能の論点は紹介していない。

*2:ユーザから時機に後れた攻撃防御方法であるとの主張もなされましたが、裁判所は否定している。