IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

仕事の完成・PM義務 名古屋地判令6.5.31(令2ワ4511)

仕事の完成が否定され、その責任はベンダにある等として、報酬請求が否定された事例。

事案の概要

X(ベンダ、原告)は、Y(ユーザ、被告)の委託を受けて、生産管理システム(本件システム)の構築を受託した(本件契約)。代金は約1300万円(税込)で、その半額が着手時に、残りの半額が検収後に支払われることとなって、着手金が支払われた。開発作業には下請けであるRも担当した。

本件システムの導入は平成30年5月に行われる予定だったが、遅延した。その後、同年9月には「操作」*1が開始された。

しかし、その後も、本件システムの仕様について協議が継続し、Yから本件システムには不具合があるなどの指摘が続いた結果、令和元年8月には本件システムの稼働が中止された。

Xは、主位的に、システムの完成を主張して残代金の支払を求め、予備的には完成していないのはYの協力義務違反によるものであるから、同額の報酬請求(民法536条2項)を行うとともに、当初合意していない仕様への対応を行ったとして、商法512条に基づいて相当報酬約3500万円を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)システムの完成

(2)民法536条2項による請求の可否

(3)追加報酬請求(商法512条)の可否

裁判所の判断

システムの完成について

本件契約成立後、ワーキンググループを経て、X、R及びYが、本件システムに実装する機能の決定稿として本件概要設計書1を作成・承諾した経緯に照らし、本件契約においてXが完成すべき仕事は、本件概要設計書1で合意された生産管理システムと認めることができ、そのために予定された全開発工程を完了している限り、上記仕事が完成したというべきである。

いわゆる「最終工程完了説」に基づいて判断すると述べた。

ア  そして一般に、システム開発においては、全開発工程終了後に開発されたシステムが約束した仕様に合致しているかを確認する検収の作業が予定されていることから、検収が終了している場合には仕事が完成しているといえる。

本件では、明示的な検収の作業が行われていないところ(弁論の全趣旨)、Xは、平成30年5月に本件システムが運用に乗るかどうかテストした上、本件システムをYに引き渡し、同年8月には本件操作手順書も交付しており、同年11月には、Yが本件システム全体の使用を開始し、検収後に実施されるべきものである「運用テスト」が実施されていたから、遅くとも同月の時点では検収段階を当然に終了していると主張(略)する。

 イ(ア)  しかし、X及びRが行ったという上記テストの内容及び結果に関するエビデンスは存在せず、X及びRは、Yとの間で本件概要設計書1に基づく開発工程が完了したことを確認すらしていない。このような事態は、上記テストが仕事の完成すなわち報酬請求の可否に密接に関係する作業であることに照らし、不自然不合理といわざるを得ない。加えて、上記テストを終えたはずの平成30年5月27日、本件システムに97項目もの不具合がある旨を確認した「課題指摘事項一覧」と題する書面が作成され、X側にて同年7月31日までに対応することが求められた経緯からすれば、仮に上記テストが実施されていたとしても、その結果が良好であったことは疑わしいといわざるを得ない。そして、他に上記テストの内容及びその結果が検収の終了を推認させるものであることを具体的に認めるに足りる証拠も見受けられない。

(イ) また、Yが平成30年4月以降、受注機能を中心に本件システムを操作していたことは認められるものの、Yが、操作開始前である同年3月から本件システムを停止させた令和元年8月まで継続して本件システムに不具合があると訴え続けていることからすると、上記操作の実態は、Yが、本件システムが正確に作動するか問題点を洗い出したり旧システムを照合したりする作業に追われていたというものであったと認められる。そうすると、Yが平成30年4月以降、本件システムを操作していたことをもって、検収の終了を推認させるとはいえない。

このように述べて、システムを「操作」しているとしても、本番稼働していたのではなく、テストの途中段階に過ぎず、検収も終わっておらず、仕事は完成していないとした。

民法536条2項に基づく請求について

Xは、仮にシステムが完成していないと評価される場合、それは、Yが一方的にシステムを停止させたことによるものであるから、(改正前)536条2項に基づいて反対給付である報酬請求ができると主張していた。この点についても、裁判所は以下のように述べてXの主張を退けた。

仕様変更に関する本件概要設計書1の承諾書上の「双方共に誠意をもって協議し、定めます」との文言は、その表現ぶりから単なる紳士条項にとどまるものと解され、これを超えて被告に法的義務を課す趣旨だと認めるに足りる証拠はない。

また、仮にYが何らかの義務を負うと解しても、本件システムの開発に関する経緯については、Yから平成30年3月、同年5月に相次いで相当数の問題点が指摘され、同年7月以降、長期にわたって作動上の問題点の洗い出し作業が継続し、平成31年4月の時点でもなお不具合に対する対応が協議され、Yにおいては令和元年7月の時点でも不具合が確認されている状況にあったことが認められる。そうすると、Yが、同年8月の時点において本件システムのテストを中止したとしても、Xに対する不誠実な対応と評価することはできないのであって、Yの責めに帰すべき事由によってXの債務を履行することができなくなったとはいえない。

また、これに関連して、Xは、Yが設計書を理解しないまま了承したことに問題があった(協力義務違反があった)と主張していたが、裁判所は、むしろX(とR)においてプロジェクトマネジメントを果たしていないとも指摘した。少々長めに引用する。

X及びRは、システム開発の専門業者として、自らが有する高度の専門知識と経験に基づき、常に進捗状況を管理し、開発作業を阻害する要因の発見に努め、これに適切に対処したり、システム開発について専門的知識を有しない被告に対し、開発作業を阻害する行為がされることないよう働きかけたりする義務(いわゆるプロジェクトマネジメント義務)を負うものと解される。

ウ  上記イを踏まえて検討すると、本件概要設計書1は、本件システム完成後の画面イメージを視覚化し、機能の概要を抽象的に記した資料にすぎず、本件システムの全機能・仕様の詳細を漏れなくかつ分かりやすく記載したものではないから、システム開発の専門的知識を有しないYが、本件概要設計書1から、X及びRの想定した本件システムの仕様を読み取り、自己の要望と本件概要設計書1による仕様の不一致を察知して確認することはもとより困難であったと解される。(略)

他方、X及びRは、Yから旧システムのマイツールで行っていた受注データの取り込みを本件システムでも行えるようにしたいという要望があり、そのためには、マイツールの仕様を把握しなければならないと理解していたのだから、Yから十分な情報が提供されないのであれば、プロジェクトマネジメントの一環として、Yに対し、必要な資料及び提出期限を特定して追加資料の提出を求めたり、追加の質問をしたりして、マイツールの仕様を把握するか、そうでなければ、マイツールの仕様が分からないため同等の機能を備え付けることができない旨を明確に説明すべきであったといわざるを得ない。そうであるにもかかわらず、X及びRは、明確な説明を欠いたまま本件概要設計書1でマイツールに係る仕様を脱落させており、適切なプロジェクトマネジメントを果たしたとはいい難い。

 エ  したがって、Yが本件概要設計書1を理解しきれないまま了承したことがあったとしても、これをもって協力義務違反に当たるとはいえない。

追加報酬請求について

Yは、Xが追加分であると主張した部分について、追加報酬は発生しないとの合意があったと主張していた。この点についても、裁判所は、Yの主張を受け入れた。

X及びRは、当該作業全体について追加報酬の請求書又は見積書を作成していないが、追加報酬の有無及びその額は、ベンダ・ユーザどちらにとっても開発の継続を判断するに当たって重要な事項であるから、仮に当時から当該作業が有償と考えていたのであれば、請求書又は見積書が改めて作成されるのが自然であり、X及びRの上記のような行動は合理性を欠くものといわざるを得ない。しかも、X及びRは、本件システムの開発はYの追加要望によって当初想定されていなかった大規模開発にまで変容したというのであるから、なおさら、少なくとも追加報酬に係る明示的な協議をしてしかるべきであったのに、それすら行われていない。しかも、X従業員のAは、本件概要設計書2が作成される前の協議の後、B社長に対し、無償で対応するかのように受け取れるメッセージを送信している*2。そうすると、両当事者間では、当該作業について、追加報酬が発生しない旨の黙示の合意があったものと推認するのが相当である。

以上より、Xの請求はすべて棄却された。

若干のコメント

紛争類型としては、一般的なものであり、論点も「仕事の完成」「PM義務/協力義務違反(未完成の責任の所在)」「追加報酬請求可否」など、なじみのものですが、いくつか興味深い点が指摘できます。

まず、ユーザがシステムを「操作」していたにもかかわらず、仕事の完成を否定したこと。一般に「稼働」していた場合には、たとえ検収書などの手続が終了していなくても仕事の完成を認められますが、本件で言う「操作」は、まだテスト段階だったようであり、多数の不具合も指摘されていたということなので、仕事の完成が否定されました。

また、ベンダのPM義務違反が指摘された箇所においては、専門的知識がないユーザが仕様を読み取ることが困難であった、としてユーザを救済しています。この種の指摘は、他の事案でもしばしばみられるところですが(前橋地判令5.2.17など)、仕様書の内容を読み取って確認する責任はユーザにもあるはずなので、このような判示が独り歩きすることが懸念されます。

追加報酬の点については、確かに交渉経過などに照らすと認められにくい事案だったと思われますが、ベンダの担当者が「今回全て対応させますので、ご安心下さい」と回答したことが無償の合意があったことの一事情として指摘されている点は、ベンダにとっても辛いところではないかと思われます。ベンダとしては、契約の範囲を超えるものかどうかを常にモニターし、追加費用が発生するか否かは適時に指摘していかなければならないでしょう。

*1:一般には「稼働」「本番稼働」などの表現が用いられるが、この「操作」の意義が問題となるため、判決文の表現に従った。

*2:YのB社長がX従業員のAに対し「今日はありがとうございました。認識を共有できたことは、本稼働に向けてとても大切なことだと思いました。このような機会をもっと行っていたらこんなにも長期化していなかったと、私自身反省です。」というメッセージを送信し、Aが「私も反省してます。やはり両方から話を聞かないと判断を間違いますね。こちらこそもう少し早くすれば良かったと反省してます。」「バージョンアップでは無く、今回全て対応させますので、ご安心下さい」と返信したやり取り。