IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システム開発関連資料の営業秘密該当性 東京地判令5.1.27(令元ワ20604)

システム開発の検討資料等が営業秘密に該当するか否かが争われ、フォルダのアクセス制限の有無が重視された事例

事案の概要

本件は、退職した従業員が、在籍中に外部に送信した情報等の利用が問題となった事案である。

Aは、2005年に建設業X社に入社し、情報システム課に在籍していた。2015年にX社を退職し、その後、X社の元従業員が設立した同業のY社に転職した。

Bは、2007年にX社に入社し、2014年にY社に転職した。

X社では、自社の基幹システムを開発して運用していたほか、戸建て住宅建設の予算算定のシステム(Qシステム)を開発し、これを外販していた(全国の工務店など、2700社以上に導入された。)。社内用のQシステムは、プログラムのほか、関連するファイル(本件AQS関連ファイル*1から構成されていた。

X社は、基幹システムの刷新プロジェクト(本件プロジェクト)を立ち上げ、そのメンバーであったAは、X社に在籍中に、現行システムの問題点などを整理・検討し、検討項目・結果を整理した資料(本件検討資料)を作成した。本件検討資料には、秘密であることの表示はなかった。

X社では、業務上知り得た機密事項について、在職中、退職後を問わず第三者に開示・漏えいしないこと、持出ししないこと等を誓約する誓約書を提出させる運用を行っており、AもBも同誓約書を提出していた。

X社のファイルサーバにアクセスするには、貸与されたPCを用いる必要があり、ユーザIDとパスワードによる認証が必要となっていた。本件検討資料は、ファイルサーバ内の「基幹構築」フォルダに保存されており、このフォルダにはアクセス制限がかかっていて、アクセス権限があったのは30名ほどだった(全従業員は1000名以上)。

本件AQS関連ファイルも、ファイルサーバ内に保管されていたが、保管されていたフォルダはアクセス権限が設定されていなかった。

Aは、X社に在籍中の2014年に、Y社に在籍するBに対し、「これですね。」とだけ記載された電子メールにて本件検討資料を添付して送信した。その後も、AとBとの間では、メールによって情報交換が行われた。Aは退職願を提出後に、貸与されていたPCのローカルに本件AQS関連ファイルを保存し、外部のストレージにそのファイルをzipで圧縮したものをアップロードした。

Aは、X社を退職した翌日にY社に入社し、BとともにY社のシステム開発を担当した。

X社は、本件検討資料及び本件AQSファイルが営業秘密に該当し、A、B及びY社の行為が不正競争(行為者によって4号ないし9号の類型は異なる。)に該当するとして、A、B及びY社に対し、同法に基づく使用等の差止め及び廃棄を請求するとともに、損害賠償を請求した。

ここで取り上げる争点

本件検討資料及び本件AQS関連ファイルそれぞれの営業秘密該当性

裁判所の判断

本件検討資料の営業秘密該当性

裁判所は以下のように述べ、本件検討資料は秘密として管理されていたことを認めた。

本件検討資料は、(略)「基幹構築」と題するフォルダに保管されていた。(略)平成26年当時、相当多数の従業員の中で上記「基幹構築」と題するフォルダにアクセスすることができるのは特定の部署に所属する者など従業員の中のごく限られた者のみであった。

本件検討資料は、前記1⑴で認定したとおり、当時のX社業務基幹システムに追加機能を加える場合にどのような追加機能が必要であるかや、同機能を追加することの可否等を検討したことの結果等をまとめたものである。そうすると、本件検討資料は、X社が当時使用していたX社業務基幹システムの内容を少なくとも推知させるものであり、また、X社が当時使用していたシステムの仕様の問題点、X社の検討状況を知ることができるもので、この情報は、競合他社等にとって競争上有益な情報であり、そのため、これが流出するとX社の不利益につながりかねない性質の情報であると理解できるものであった。

(略)X社は、機密情報の持ち出しを禁じる誓約書を提出させるなど、一定の情報管理体制を敷いていたことが認められ、各従業員もこのような体制を敷いていることを認識している状況にあったと認められる。(略)

以上によれば、X社が機密情報の持ち出しを禁じる誓約書を提出させるなどの情報管理体制を敷いていた中で、本件検討資料は、ごく限定された者しかアクセスすることができないフォルダに保管されて管理されていたのであって、その内容からも、それが会社で秘密とされるものであることを理解できるものであり、上記のようなアクセスを制限するという管理がされているにもかかわらず、他社に漏洩することが許されると理解されるような状況もなかった。これらのことを考慮すると、本件検討資料やそのファイル名等に秘密であることの表示自体はなかったものの、本件検討資料は、秘密として管理されていたと認める。

有用性及び非公知性も認め、営業秘密該当性を認めた。

そして、BがAに依頼して、本件検討資料を送付させたことなどから、Aは、X社と競合し、自らの転職先であるY社の利益を図るという不正の利益を得るという目的で開示したとして不競法2条1項7号の不正競争行為に当たるとされた。

Bは、Aによる不正開示行為が介在したことを知りながらこれを受領したとして、同項8号の不正競争行為に当たるとされ、Y社も同様に8号に当たるとされた。

本件AQS関連ファイルの営業秘密該当性

本件AQS関連ファイルについては秘密管理性を認めなかった。同じく貸与PCからしかアクセスできないファイルサーバに保管されていたものの、フォルダには個別にアクセス制限がかかっていなかったことから、営業秘密であることが周知されていたとはいえないとされた。この点に関するX社の主張について、次のように述べている。

(注:秘密として管理されているか否かが外形的に明らかではなかった)情報について営業秘密とされるとすると、従業員は、接することができる相当多数の情報のうち、どの情報が不正競争防止法にいう秘密であるかを明確に知ることはできず、ある行為が不正競争防止法違反となる行為となるかを明確に知ることができない。X社は、仮に利用上の必要性の観点から当該情報にアクセスする者を制限できなかったとしても、本件AQS関連ファイルに対し、ファイル名やそれを保管するフォルダ等に秘密であることを示す何らかの表示をするなど、それが秘密として管理されていることを外形的に明らかにすることが容易にできたのであり、そのようなことがされていなかった本件AQS関連ファイルについて「秘密として管理されている」とはいえないとするのが相当と解する。

以上の結果、本件検討資料に関する損害として、同法5条3項(受けるべき金銭の額)は100万円が相当だとされた(特に積算等がされているわけではない。)。このほか、若干の調査費用等が損害として認められた。

若干のコメント

本件にて持出し行為が問題となったのは、社内のシステム開発刷新に関する検討資料と、社内用システムを構成する一部のファイルでしたが、営業秘密該当性(のうち秘密管理性)について判断が分かれました。

本件におけるX社では、ファイルサーバへのアクセスは、貸与PCからのみ可能とし、ユーザID・パスワードによる認証も行うとともに、情報の持出しを禁ずる旨の誓約書も徴取していましたが、特定のメンバーしかアクセスできないフォルダ内のファイルについてのみ、秘密管理性が認められています。また、いずれの資料・ファイルについても、「機密」等の表示はありませんでした。

営業秘密管理指針(令和7年3月31日改訂版)8頁以下では、必要な秘密管理措置の程度が記載されています。

営業秘密に関する不正競争行為が問題となる事案は、転職前後での持出し、提供が多くを占めており、事案によっては刑事事件化しているものもあります*2。情報の持出し、持込みについては各社ともに注意するとともに、必要な資料については秘密管理措置を実施することが求められます。

*1:システムは、Microsoft Accessで作成されており、本件AQS関連ファイルは、インストーラmdbMicrosoft Accessのデータベース形式)ファイルなどから構成されていたが、それ単体ではシステムとして動作するものではなかった。

*2:かっぱ寿司くら寿司に関する東京高判令6.2.26令6う743号のほか、東京地判令5.5.31令4特わ2148号など