IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

契約範囲外の作業の実施と検収予定日の位置づけ  東京地判令5.8.29(令2ワ874)

①当初の契約範囲外の作業をベンダが実施した場合、追加的に契約内容とすることを承諾し、②検収はユーザの指摘を受けてベンダが実施する作業が特定できないから「検収予定日」とは履行期ではなく完成の目安に過ぎないとした事例。

事案の概要

化粧品・医薬品等の製造販売業X(原告)は、Y(被告)に対し、新たな在庫管理システム(本件システム)の開発を委託した(本件契約)。Yは、受託した業務の一部をEに再委託した。

本件契約に関しては、YからXに対し、平成30年3月22日に機密保持契約書と業務委託基本契約書のひな型が送付されていたものの、実際に契約書案についてのやり取りはされておらず、署名押印などもされていない。

しかし、その後同年5月28日に、YからXに対し、代金額を約1000万円とする見積書が出され、同月29日にXからYに対し、着手金合計約325万円を支払うとともに、納品後に約275万円、オンラインテスト完了後に約370万円支払うという発注書が送付された。

Yは、同年11月5日に、本件契約の納品物として、本件システムのソースコード、テーブル定義、DB設計書等を送付し、請求書も送付した。

Xは、直後にYに対し、「納品物はどこにあるの?」、「請求できるわけがないでしょう?」などとメールし、Yは、本件システムの構築作業を継続した。

その後、XとY及びEとの間で、残代金の請求・支払や作業の継続に関するやり取りが行われたが、納品後に支払うとされた約275万円が支払われたものの、作業は途中で終了し、本件システムは本番稼働には至っていない。

Xは、Yに対し、本件契約に定める履行期までに本件システムを納品しないこと、及び再委託禁止条項に違反したことを理由に、本件契約を解除し、原状回復請求権に基づいて既払金合計約600万円の返還を請求した(本訴)。

これに対し、Yは、Xに対し、Yの債務はXの責に帰すべき事由によって履行不能になったとして、民法536条2項に基づいて未払報酬約370万円の支払いを請求した(反訴)。

ここで取り上げる争点

(1)本件契約の委託範囲

Xは、本件システムを指定したクラウドサーバー上に置くこと(本件構築作業)及び本件システムを旧システムと連携させること(本件連携作業)は、本件契約の内容に含まれると主張していた。

これに対し、Yは、本件契約の内容は、本件システムのソースコード等を納品することに限られ、実際に、クラウドサーバー上に置いたり連携させるための作業は、Xの追加要望に応じてやむを得ず行ったことがあるとしても、本件契約の内容にはなっていないと主張していた。

(2)本件契約におけるYの債務の履行期

Yが提出した計画書には、検収予定日として、平成31年2月1日とされていた。同日までに履行が完了していないことは明らかであったため、その合意の有無や、徒過の責任の所在が問題となった。Yは、履行期の合意はなく、計画書の記載は法的な拘束力があるものではないと主張していた。

(3)再委託禁止の合意の有無

Xは、契約書ひな形に再委託禁止条項が書かれており、これを同意したからこそ着手金を支払っているので、合意内容に含まれるとし、Xの承諾なくEに再委託したことは債務不履行にあたると主張していた。

裁判所の判断

争点(1)本件契約の委託範囲

本件契約が遅くとも平成30年3月26日までに成立したことは当事者間に争いがないものの、本件契約に関しては、要件定義書のような業務内容を特定するものは存在しない。(中略)

かえって、XがYに送付した発注書には本件構築作業や本件連携作業に関する記載はなく、YがXに提示した本件計画書においても、本件契約の成果物はソース及び基本設計書とされており、開発スケジュールにおいても、本件構築作業や本件連携作業は予定されていないところ(同(2)イ)、通常、システム開発に係る計画及びスケジュールには、予定されている作業が全て記載されているものであり(しかも、本件構築作業や本件連携作業は、その内容に照らし、システム開発に付随する微々たる作業であるとはいえない。)、Xがその内容について異議や苦情を申し入れていないこと(同(2)イ)に照らせば、本件構築作業及び本件連携作業が、本件契約締結当初の段階から本件契約の内容となっていたと認めることはできない。

このように述べて、業務内容を特定する記載はなく、発注書やプロジェクトの計画書、スケジュールにも「本件構築作業」や「本件連携作業」についての記載もないから、契約締結段階においては契約の内容になっていないとした。

しかし、Yは現実には、これらの作業の着手を行っていることについては、ソースコード等の納品後に、Xの要望を踏まえて追加的に請け負うという合意があり、その代金については話し合いがなされていないものの、追加開発等の別の形で回収することを期待していたと認定した。

もっとも、Yは、(中略)、YにおいてXが提供するクラウドサーバー上に本件システムを構築することを申し出ており、(中略)本件構築作業を行い、その後も、X社員からの要望に応えつつ、本件連携作業も行うなどしているところである。

これらのことからすれば、Yは、本件システムのソースコード等を納品した後、Xからの要望を受け、本件構築作業及び本件連携作業を本件契約の一環として追加的に請け負ったと認められる。この点につき、原被告間で本件構築作業及び本件連携作業の追加に伴う代金の増額について話し合われたことはなく、被告が原告に対して追加の費用を請求した事実もないところではある。(中略)Yにおいては、別の形で本件構築作業と本件連携作業に要する費用を回収することを考えて、追加で要望されたこれらの作業をも本件契約の内容とすることを承諾したと認めることができる。

争点(2)本件契約におけるYの債務の履行期

裁判所は、計画書に記載された「検収予定日」の位置づけについて次のように述べた。

検収(オンラインテスト)は、納品された製品や成果物が契約上求められる性能を有しているか、不具合がないかなどを確認する作業であるところ、その性質上注文者が行うものであり、受注者は注文者から不具合等を指摘された場合に、都度対応することが求められる。そして、注文者からの指摘は必ずしもバグ等の不具合にとどまらず、使い勝手からの改良作業等にも及ぶことが想定されるところであり、受注者が実際に行う作業内容が特定できないことに照らせば、検収予定日とは同日までに(検収を踏まえて)成果物を完成させるという履行期ではなく、飽くまで完成の目安であって、予定にすぎないというべきである。

あくまで「予定」であって「目安」だとしつつ、その時期を徒過したことについては、次のように述べた。

もっとも、検収予定日が明示されている以上、受注者は同日までの完成を目指すべきところ、本件においては、Yは、平成30年11月5日に本件システムのソースコード等を納品した後、当初、本件契約に含まれていなかった本件構築作業や本件連携作業といった原告の新たな要望に従い、本件システムをクラウドのサーバー上に構築したり、旧システムとの連携に向けた作業を行ったりしていた上、本件連携作業はX社員が旧システムのコードを提供しなかったために滞るなどしていたのであり、かかる事情も併せ考慮すれば、検収が平成31年2月1日までに終了しなかったとしても、それをYに帰責することはできない

争点(3)再委託禁止の合意の有無

契約書ひな型に再委託禁止条項が記載されていたことと、実際に署名押印されていないことは争いがなかった。

ひな型にすぎない本件契約書案が送付されたことのみをもって直ちにX及びYが本件契約における再委託禁止を合意したと認めることはできないところ、本件において、本件契約書案が送付されたこと以外の事情は見当たらず、そうすると、本件契約において再委託が禁止されていたとは認められない。

さらに、Xが署名押印しなかった理由の説明に合理性があるものはなく、Eに再委託していた事実は以前から判明していたにもかかわらず、その主張をしたのは本訴提起後2年が経過した時期であったことから、不自然であるとして、Xのその他の主張も退けた。

以上より、本訴請求については、Yの債務不履行が認められないため、請求が棄却された。

また、反訴請求についても詳細は割愛するが、履行不能となったことがXの責に帰すべき事由によるものではないとして棄却された。

若干のコメント

システム開発の契約では、事前にすべての作業がお互いに合意して進められるわけではなく、例えばデータ移行や、本番環境の構築、テストの支援、エンドユーザの操作研修といった作業が、誰の作業範囲なのかが明らかにならないまま進行することがあります。

もっとも、多くのケースでは、ユーザは最初からそういったタスクに気づいていないので、ベンダに委託した作業に含まれていないことを知ると、「最初から当然に契約範囲に含まれていた」と強弁したり、「うちではできないからお願い」と懇願したりすることになります。

ベンダも、冷たく「うちの作業範囲ではありません」とピシっといえるケースばかりではなく、何とか本番稼働までこぎつけて代金の回収をしたいので、現場の判断でそういった作業を引き受けるということも少なくありません。

そのような追加的な作業について、追加費用の合意があれば、単純に契約の変更があったという評価になり、期日までに実施しなければ、ベンダが債務不履行の責任を問われることになりますが、本件では、追加的な合意があったとしつつ、その追加費用についてはベンダが「別の案件で回収できるから」といったような期待とともに引き受けたと認定されています。

結果的に、本件におけるベンダ(Y)は、作業が最後まで完了しなかった責任を問われませんでしたが、なし崩し的に実施したことはリスクがあったといえるでしょう。

また、請負契約において、履行期といえるものが「検収予定日」と書かれたものしかなかったようで、その位置づけも問題となりました。裁判所は、

受注者が実際に行う作業内容が特定できないことに照らせば、検収予定日とは同日までに(検収を踏まえて)成果物を完成させるという履行期ではなく、飽くまで完成の目安であって、予定にすぎない

と、大胆な認定をしています。これはもちろん、本件事例に限った判断だとは思われますが、契約書、注文書や、計画書において、「検収」「納品」などの日付を記載する際には、その位置づけをはっきりしておきたいところです。

本件では、再委託禁止条項に反して再委託したことが問題となりましたが、契約書のやり取りがなされつつも、署名押印に至らないという場合、合意内容に含まれるのか否かが揉めやすいので、そこもはっきりしておく必要があります。ちなみに、請負の場合は、仕事の完成が目的とされているので、何も合意がない場合には再委託は原則として自由であると考えられますが、準委任の場合は、受任者との信頼関係を基礎とするため、委託者の許諾がなければ再委託はできません(民法644条の2第1項)。