IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

フローチャート/画面の著作物性 大阪地判令7.2.17(令5ワ11871)

論文に記載された画像診断方法を図示したフローチャートや、それを実装したシステムの画面の著作物性が問題となった事例。

事案の概要

医師(X、原告)は、疾病の予防・診断・治療に関する事業を行う法人(Y、被告)に務めていた。Xは、勤務中に、画像診断の方法と題する論文(本件作品1*1を執筆し、自らを著作権者として文化庁に第一発行年月日の登録をした。本件作品1には、その画像診断に関する読影・判定支援のフローチャート本件作品2)が含まれていた(その一部を下記に転載する。)。

Yは、ソフトウェア会社Zに委託し、本件作品1に記載された画像診断用のソフトウェアを開発し、臨床現場で使用していた。その画面のレイアウト(本件作品3)の一部を下記に転載する。

XがYを退職するにあたり、本件作品1に記載された内容を実装した画像診断システム(本件システム)について、Xに知的財産権が帰属することの確認を求めたが、Yは職務発明であるとしてこれを拒絶した。

そこで、Xは、Yに対し、本件作品1ないし本件作品3(本件各作品)について、Xが著作権及び著作者人格権を有することの確認等を求めた。

ここで取り上げる争点

本件各作品及び本件システムの著作物性

裁判所の判断

まず、本件作品1(論文)については著作物性を認めた。

(2)  上記本件作品1の内容は、おおむね画像を経時的に用い、あるいは他のバイタル情報や検査結果等を総合して患者の状態を鑑別、診断するという、医師の判断過程を記述したものであるといえ、思想、内容自体はある程度普遍的なもの(少なくとも、X固有の思想やアイディアとまではいえない。)とは言い得るものの、Xの医師としての経験に基づき、医療現場における画像診断の役割と現状の問題認識を明らかにし、診断過程を分析し、条件分岐による画像診断の手順を提案するものであって、また、本件作品1は、本件作品2を添付し、腹部超音波検査における診断方法を例示し、その内容をXなりの表現で言語化するなど、表現上の工夫も認められるのであって、表現の選択の幅の中からこれらの表現を選択して構成し、全体としてまとまった記述をしたことにはXなりの個性が現れているということができる。

(3)  よって、本件作品1は、(略)これを全体としてみた限りでは、Xの思想又は感情を創作的に表現したものであって、著作物であるといえる。

続いて、本件作品2(フローチャート)については、次のように述べて著作物性を否定した。

本件作品2は、別紙1記載2のとおりであり、本件作品1の「腹部超音波検査における読影・判断支援の方法」という部分に記された腹部超音波検査における診断過程を、フローチャートを用いてA3用紙1枚内に図示したものである。

この点、当該診断過程そのものは本件作品1に記載されており、本件作品2は、一般的なフローチャートの作成方法にしたがってこれを図示したにすぎないものである。そして、フローチャートは、用いる図形等にも制約があるなど、その性質上表現上の選択の余地に乏しいうえに、本件作品2を具体的に検討しても、Xの個性の表れとしての格別の表現上の工夫を見いだすことができない。

そうすると、本件作品2は、本件作品1の基となったアイディアを単にありふれた表現で図示したものにすぎないというべきであって、それ単体としては創作性を欠くものというべきである。

つまり、論文に記載された診断過程を一定のルールに従って図示しただけであって、単体としては創作性を欠くとしている。

続いて、本件作品3(画面レイアウト)についても著作物性を否定した。

本件作品3は、別紙1記載3のとおりであって、本件作品1に記されたXの画像診断方法を実現するために必要な情報や患者の基本情報がコンピュータ・システムで管理されることを前提とし、当該情報のうち画面に表示されるものを所定のレイアウトに従って列挙したものである。全部で8画面分あるが、うち7画面は、同一画面の中にある臓器別に分かれたタブを切り替えたもので画面構成としては同じであり、実質的には2画面分のものである。

この点、コンピュータ・システムの画面における情報表示のあり方は、画面のサイズや必要な情報が決まれば、おのずと導き出されるものであり、またその配置に関しても、もともと選択の幅は限られるのであって、現に本件作品3においても、一般的な医療システムと比較して、Xの個性の表れとしての具体的な表現上の工夫を見いだし得ない。

そうすると、本件作品3は、本件作品1の基となったアイディアを単にありふれた表現でシステムの画面レイアウトに落とし込んだものにすぎないから、それ自体には創作性が認められず、著作物には該当しない。

著作物に該当しないという判断がされているため、傍論であるが、そもそも画面を作成したのは、Zであるから、著作者にならないとされた。

さらに、Xは、本件システムは、本件各作品を複合したものであるから著作物だと主張していたが、単に思想ないしアイディアの保護を求めるものであるとして退けられている。

その他、本件作品1が職務著作であるかどうかも争われたが、職務著作に該当するか否かを問わず、Xが文化庁著作権登録することを是認していることから、Xに著作権が帰属するとし、その限度においてXの請求を認容した。

若干のコメント

本件では、論文の中で、細かく判断手順等が記載されていたものを図示したもの(フローチャート)について、著作物性を否定しました。図表は、「図形の著作物」(著作権法10条1項7号)として、著作物として例示されているものの、実際に保護を受けるためには創作性(法2条1項1号)を満たさなければならず、創作性が否定される事例は少なくありません(本ブログで紹介した事例では、東京地判令4.11.28(事件の模式図)知財高判平23.4.19(金利一覧表)東京地判平23.4.10(ネットワークビジネスのビジネスモデル図)知財高判平23.3.22(業界動向の図やグラフ)で否定されています。)。

また、論文で示された手順に沿って処理を実施するシステムの画面についても著作物性が否定されています。こうした機能的なソフトウェアの画面では創作性が認められる事例はほとんどないと思われます(本ブログで紹介した事例では、知財高判令4.3.23(書店向け業務ソフト)東京地判平16.6.30(Excel形式の表示)東京地判平15.1.28(スケジュール管理ソフト)のほか、東京地判平14.9.5(サイボウズ)や大阪地判平12.3.30(積算くん)が有名ですが、いずれも著作物性を否定されています。)。

*1:本文は6頁ほどで、後記フローチャート(本件作品2)とその説明文、画面(本件作品3)等が添付されている。