動画中の音声からAIを使って字幕を生成するというシステムの開発契約が請負か準委任のいずれであるかが争われた事例。
事案の概要
原告(X)は、被告(Y)に対し、AIを用いて動画中の音声から自動的に字幕を生成するシステム(本件システム)の開発を委託した(本件システムの開発にかかる合意を「本件契約」という。本件契約の性質については争いがある。)。
システムの開発費は、4320万円(税込)で、XはYに対して2回に分けて全額を支払っていたが、システムが完成していないとして、本件契約を解除する旨の意思表示をし、代金の返還を求めた。
なお、Yのほか、Yの取締役ら(Y1、Y2)もYの債務を連帯して保証していたとして、被告に加えられていたが、ここではY1、Y2に対する請求については割愛する。
ここで取り上げる争点
本件契約に基づく債務の内容(本件契約は請負か準委任)
Xは、本件契約は、XY間で本件システムの仕様(本件仕様書)が合意されていたことなどから、仕事を完成させることを内容とする請負契約だと主張していたのに対し、Yは、本件仕様書の記載は抽象的であり、成果物の完成が代金支払の要件にもなっていなかったことから、請負契約ではなく、準委任契約であると争っていた。
なお、本件仕様書に記載された要求仕様には、実装すべき機能(話者の特定、ノイズキャンセル、文節理解、音声認識率、辞書機能)のほか、成果物として学習モデル、ライブラリ一覧表、ソースコード、開発仕様書等が列挙されていた。
裁判所の判断
裁判所は、本件合意書の記載等から、Yは本件システムを完成させる債務を負っていたと認定した。
本件合意書の1条は、その文言上、Yが開発を完成させるシステムとして、自動字幕システム(本件システム)が対象とされていることが明らかとはいい難いものの(略)、本件合意書作成当時、X及びYは、将来的に、自動的に動画にテロップを入れたり、動画を番組の規定時間に合わせて編集したりするAIの開発を想定していたことが認められ、本件合意書記載の動画自動編集AIは、本件システムの機能に人の動作や背景を識別する機能等を加えるなどして本件システムを発展させたものであるということができる。そして、XがYに対し、Q社に向けて販売される予定であるAIによって自動的にテレビ放送等の音声を認識して字幕を作成する自動字幕システム、すなわち本件システムを4000万円で開発することが可能であるという認識でよいか問い合わせたのに対し、Yがそのような認識でよいという趣旨の返事をするというやりとりをしているところ、これ以外にXとYとの間で、本件合意書記載の合計金額である4000万円で開発するシステムの内容について話し合いがされた様子はうかがわれない。そうすると、本件合意書においては、当事者の将来的な上記想定をもとに「動画自動編集AI」という文言が用いられたにすぎず、Yが開発を完成させる具体的な債務の内容として想定されていたのは、動画自動編集AIの基礎となる本件システムを4000万円(税込4320万円)で完成させることであったと考えるのが自然である。
以上によれば、Yは、本件契約に基づいて本件システムを完成させる債務を負っていたというべきである。
また、Yの反論に対しては、次のように退けた。
Yが開発すべきシステムの内容は、AIによって自動的にテレビ放送等の音声を認識して字幕を作成する自動字幕システムであり、(略)少なくとも開発を予定したシステムが有すべき機能は特定されていたと認められ、開発対象として具体性に欠けていたということはできない。また、本件合意書には「完成させる」という文言が用いられ、その完成期限も定められており、Yが本件システムを完成させる債務を負わないというYの主張は、本件合意書の上記文言と矛盾するものである。さらに、本件契約におけるXの代金支払時期は、本件契約締結直後の平成29年9月29日(1条2項)及びXが成果物が完成するとの確証を得たとき(同条4項)とされているが、請負契約において仕事を完成させるのに必要な費用を提供するなどの目的で仕事の完成前に請負代金の一部の支払をすることは一般的にあり得ることであり、同条4項も成果物の完成時期と関連付けて代金の支払時期を定めたものに過ぎず、Yに成果物の完成義務がないことをうかがわせる趣旨の条項とはいえないから、上記代金支払時期の定めをもって、本件契約が請負契約ではないとはいえない。
そして、既履行部分について利益を有するとはいえないとされ、開発に必要な音声データの提供が不十分であったとのYの主張(Xの協力義務違反)もないと認定され、Xの請求がすべて認容された。
若干のコメント
通常のシステム開発契約においても、請負か準委任か、つまりシステムの完成責任をベンダが負うかどうかということが争われることがしばしばあります(当ブログでも多数の事例を紹介しています。)。本件の場合、「AIを用いた自動字幕生成システム」ということで、一般的には、2018年当時において、どのくらいの精度・性能が出せるかが未知数であり、PoCのような形態で、準委任契約として実施していたとしても特に不思議ではありません。
しかし、直ちに「AIの開発=準委任契約」と言えるかどうかはケースバイケースであり、本件では、実装する機能や成果物なども合意されていたことや、「完成」「納期」なども定められていたという事情から、請負契約であると判断されました。
開発契約の性質が、請負か準委任かが争われるケースは少なくないですが、AIが絡む事例として参考になりそうです。