サービスの販売代理店が類似サービスを提供したことによる競業避止義務違反及び機密保持義務違反の有無が争われた事例。
事案の概要
X(原告)は、「ネットの履歴書」という従業員/採用候補者に関するネット上の情報を収集・分析して報告するサービス(本件事業)を提供していた。Y(被告)は、Xとの間で、本件事業の販売代理店契約(本件契約)を締結した。
本件契約では、販売代理店は、秘密保持義務のほか、競業避止義務を負うことが定められていた。
Yは、その後、Kとの間で求職者の採用リスク調査を行うサービスを受託し、それを「R」の名で自ら販売した。
Xは、Yが、本件契約に基づいて販売代理店として取得した営業上の秘密情報を利用して本件事業と類似する事業を行ったことにつき、本件契約又は会社法17条1項1号(代理商)に基づく差止請求と、本件契約の債務不履行又は不競法2条1項20号(品質誤認表示)に定める不正競争であるとして770万円の損害賠償を求めた。また、Xは、Yの代表者Aに対しても、Yの役員として重大な過失による義務違反行為を行ったとして、会社法429条1項(役員の第三者に対する損害賠償責任)に基づく損害賠償を求めた。
ここで取り上げる争点
競業避止義務違反の成否
品質誤認表示の成否
差止めと損害賠償の可否
裁判所の判断
(1)競業避止義務違反について
本件事業とR事業の関係について詳細に事実認定した上で、裁判所は次のように述べた。
ア Yは、Xに対し、本件契約 3 条 2 項 4 号に基づき、「本サービスを…誤認されるサービスを行ってはならない」という競業避止義務を負う。また、本件事業に関し、YがXとの関係で代理商(会社法16 条)の地位にあることは当事者間に争いがないところ、代理商は、許可なく「自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をすること」を禁止されている(同法17 条 1 項)。したがって、Yは、この観点からも、Xに対して競業避止義務を負う。
イ 前提事実及び前記各認定事実によれば、本件事業及びR事業は、いずれも、広く採用活動を行う顧客から提供を受けた求職者等の履歴書や職務経歴書等の情報を用いて、当該求職者等に係る WEB 調査及びその評価を行うサービスといえる。このため、R事業は、本件事業と同種又は類似するサービスであり、Xが事業として行う本件事業の部類に属する取引と認められる。(略)
また、本件提案書及び本件申込書とR提案書及びR申込書の記載内容の同一性又は類似性並びに本件契約締結及びその前後の経緯に鑑みると、Yは、本件事業に関してXから提供された資料に示された情報をもとにR提案書その他R事業に関する資料等を作成し、R事業に使用したものと理解される。そうすると、Yは、Xに対する本件契約上の競業避止義務にも違反したものといえる。
同様に、Xから提示された提案書等の流用も認められ、機密保持義務違反も認められた。
Yは、本件契約上「機密」とされる原告の固有の「営業上その他の業務上の情報」を「本契約の目的以外に使用し」たものといえ、Xに対する本件契約上の機密保持義務に違反したものと認められる。
(2)品質誤認表示について
R事業に関する資料には、
「利用企業数 1,000 社以上」、「レポート納品数 180,000 件以上」、「業種・規模を問わず様々な企業様にご活用いただいております。」
などの記載があったことがが認定されたが、誤りであることを認めるに足りる証拠はなく、「商品」ないし「役務」の「質」及び「内容」を誤認させる表示とすることはできないとした。
(3)差止めと損害賠償の可否
Xは、競業避止義務違反を理由に債務不履行の相手方であるYの行為の中止を求めたが、本件契約は終了しており、終了後の存続義務も定められていないことから、差止は認めなかった。また、本件契約の終了により、代理商の地位も失っているため、会社法に基づく差止請求権も認められなかった。
他方で、損害賠償については、
(代理商の競業の禁止)
第十七条 代理商は、会社の許可を受けなければ、次に掲げる行為をしてはならない。
一 自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をすること。
二 (略)
2 代理商が前項の規定に違反して同項第一号に掲げる行為をしたときは、当該行為によって代理商又は第三者が得た利益の額は、会社に生じた損害の額と推定する。
上記会社法17条2項の推定規定を用いて、該当する期間のR事業の売上から経費を控除した限界利益の額として約170万円と認定した。
若干のコメント
代理店が、類似するサービスの開発・販売等を行った場合において、競業避止義務違反、秘密保持義務違反が争われるケースはありますが、実際に訴訟において両義務違反が認められたケースは珍しいのではないと思います。
本件は、いわゆるバックチェックとして用いられるネット上の情報を収集・分析して提供するというサービスが問題になりました。また、普段はあまり見かけない「代理商」(会社法17条)が登場し、その競業避止義務と、損害賠償の推定規定が適用されたという点においても珍しい事例だと言えるでしょう。