仕事完成前に請負業務の履行が不能になった場合の責任の所在と,プロジェクトマネジメント義務の存否が問題となった事例。
事案の概要
大学のシステムの開発を請け負ったY(実際には多層的な構造になっている。)が,平成17年10月頃から,Xに対し,自ら請け負った業務の一部を委託する交渉を行い,XY間で同年11月に報酬を1470万円とする請負契約が成立した。納入日は平成18年2月20日(後に3月15日に変更。),検収予定日は同年3月31日とされていた。
Xが作業を進めていくうちに,当初の費用を大幅に超える費用が発生し始めたことから,平成18年2月,2度にわたって,合計で約1000万円の追加費用の検討を求めた。これに対し,Yからは,金額の妥当性を評価し,正当と判断できれば追加費用の支払いを検討するとして,資料の提出を求めたが,Xはこれに対し,新たな資料の提出はなかった。
その後,同年3月7日にXの作業担当者は現場を引き上げてしまい,その後に生じたサーバの不具合等について,トラブル対応を求めるなどの混乱が生じたことから,Yは,同月14日,契約解除事由である「債務の履行の見込みがないとき」に該当するとして,解除する旨の通知を行った。なお,Xの作業の一部に未完了の部分があり,成果物の納入や検査が行われていないことは争いがない。
これに対し,Xは,解除は無効であると主張するとともに,民法536条2項に基づいて,Yの責めに帰すべき事由によって債務の履行が不能となったからXは報酬請求権を失わない,あるいは,Yによる解除の意思表示は民法641条に基づく解除であるからXは損害賠償請求権を有するなどとして,報酬相当額の1470万円と,その他損害賠償を含めて合計で約2500万円を請求した。
ここで取り上げる争点
(1)民法536条2項に基づく請負代金請求権の成否
(注)民法536条2項第一文は,債権者の責めに帰すべき事由によって,債務の履行が不能になったときは,債務者は反対給付を受ける権利を失わない,という規定である。この場合,債権者とは,注文者であるYであり,債務は仕事を完成させることに対応する。Xの主張は,仕事の完成が不能になったのは,Yに原因があるからであり,Xは反対給付(報酬請求)を受ける権利は失われていない,というものである。
(2)Yによるプロジェクトマネジメント義務違反に基づく損害賠償請求権の成否
(注)Xは,本件では発注者であるYが,スケジューリングや仕様の確認,調整等を行うプロジェクトマネジメント義務を負っていたとし,Yが適切に義務を履行しなかったとして損害賠償を請求している。
裁判所の判断
争点(1)について。裁判所は次のように述べて,仕事が完成しなかったのは,Yの責めに帰すべき事由によるものではないとした。
(確かにYは,作業員が引き上げた後に訪れたXの作業員に対して,Xの作業はYが実施すると答えているが,Xの作業員が引き上げたのは)Xは,同月7日において未だ,Yからの追加費用等の支払の確約を得られない状況にあったことから,Xの作業を一時的に中断して現場から作業員を引き上げ,もって,追加費用等の支払の交渉を進めるための手段とすることとしたものと認められる。
X作業員の前記のような現場引上げの事実に加え,(略)平成18年3月9日には,a大学において,メールサーバが立ち上がらないというトラブルが生じ,このトラブルは,納期直前の時期であったこともあり,発生した翌日の午前0時から午前4時までの間という深夜の時間帯に,Xに連絡を取って対応を求めようとするほどの重大なものであり,Y代表者Bが直ちに問題対応に当たるほどのものであった(略)にもかかわらず,X作業員は,連絡を受けた同月10日にも現場を訪れなかったこと,従前の追加費用等の交渉の経緯からして,Yは,Xによる従業員の現場引上げの理由が同交渉の一環であると認識したものと認められること(略)等の各事実によると,Yは,同月10日の時点において,YがXの請求するとおり追加費用等の支払を約束しなければ,今後もXが作業をせず,その結果,納期までに本件請負契約上の仕事を完成させることができず,(元請会社)に納入することができなくなるものと危惧して,Xのすべき作業をY及び(元請会社)等が完成させていくという方針をとることにしたものと認められる。
(略―事実上Xが請負契約上の債務を履行できなくなったが)その原因は,Xの追加費用等の交渉態様並びにこれに伴う現場からの作業員の引上げに問題があったことに帰するというべきであり,これをもって,Yの責めに帰すべき事由による履行不能とは認められない。
として,民法536条2項に基づく請求を否定した。
その他,Xは,Yによる解除は,民法641条に基づく解除であると主張したが,これも受け容れず,約定の解除であるとし,この点も退けた。
争点(2)について。Xの主張は,以下のとおり「ベンダ(請負人)がプロジェクトマネジメント義務を負う」とする一般的理解とは逆に,発注者が義務者だと主張したが,この点も否定している。
Xは,本件請負契約につき,専門家と専門家との間の契約であり,かつ,本件においては,相互に関連する多数の作業を適切に管理・調整して成功させるため,スケジューリングや仕様の確認,調整等様々な場面で,プロジェクトマネジメントが必要となるところ,原Y間で本件の全体作業のプロジェクトマネジメントをYが行う旨の合意をしたこと,専門家と専門家の間の請負契約であるから,発注者が主導的にプロジェクトマネジメント義務を負うべきであること,Xには,本件請負契約及び上位の発注者との関係上,本件請負契約全体についてプロジェクトマネジメントをすることができないことなどの事情によると,Yは,本件請負契約上,富士通SCMとXとの間の情報のやりとり等の仲介,及びXがどのような作業をどのように実施するかの判断,決定等を内容とするプロジェクトマネジメント義務を負っていた旨主張する。
(略―契約書等にはそのような記載はなく,合意も存在しない。さらに,請負契約の当然の前提となっていたという主張に対して)確かに,本件におけるサーバシステム構築等のプロジェクトは,a大学及びb大学が(元請企業)に発注し,(元請け企業のグループ企業)がその下請に入り,Yがその孫請けとなり,さらにYの作業の一部について,Xが作業を受託して,原Y間で本件請負契約が成立したというものであり(略),このような本件請負契約の位置づけに照らすと,YとXとの間で,相互に関連する多数の作業を適宜管理し,作業スケジュールや仕様の確認,調整等を行う必要が事実上生じることはあり得る。
しかしながら,このような作業やスケジュールの管理,調整などは,XとYとの間の協議,確認,連絡等によって実施することができるものと考えられる上,本件請負契約が,サーバシステムの構築という専門的な業務に関するものであることからすれば,これを請け負ったXは,専門業者として納期までに作業を終えて納品する目的を達成するため,自己の作業の進行方法,管理,スケジュールの調整を含めた裁量権を有していたものと解されるところであり,Xが請け負った作業内容の確定,その他請負人であるXのみの裁量で決定することができない範疇の問題は,本来,契約当事者間,あるいは元請業者等の関係者との間で,協議,確認,連絡等によって解決されるべき問題であることも考慮すると,前記のような相互に関連する多数の作業を適宜管理し,作業スケジュールや仕様の確認,調整等を行う必要性があり得るとしても,そのことから直ちに,請負契約の発注者であるYが,X主張のプロジェクトマネジメント義務を負うことが本件請負契約上当然の前提となっていたとは認められない。
として,本件において,Yが,Xが主張するような内容のプロジェクトマネジメント義務を負っていたわけではないとした。
(その他の主張もあるが)その結果,Xの請求はすべて棄却された。
若干のコメント
頑固なユーザの対応に手を焼いた結果,システムが完成に至らなかった,という場合においては,本件のように民法536条2項に基づく報酬請求ということも考えられるところです。しかし,裁判所が認定した事実に照らせば,追加報酬請求の交渉が暗礁に乗り上げたことを理由に作業員を引き上げているため,この点は難しかったでしょう。
本件で興味深いのは,Xによる「発注者がプロジェクトマネジメント義務を負う」という主張です。判例上これまでプロジェクトマネジメント義務を認めてきた例として,東京地裁平成16年3月10日判決,東京地裁平成24年3月29日判決(スルガ銀行vs日本IBM事件)がありますが,いずれも「ベンダ=専門家,ユーザ=素人」という前提のもとで,ベンダ側がプロジェクトマネジメント義務を負うとしていました。確かにこうした開発紛争では,下請関係の紛争も多く,その場合,注文者も請負人もいずれも業界人であることから,そのような前提が当然には成り立ちません。さらに言えば,下請関係においては発注側の方が大手企業であることが多く,管理能力なども高いことが一般的ですから,事案によっては発注者がプロジェクトマネジメント義務を果たす場面もあり得るでしょう。こうした役割分担に関わる論点を回避するためにも,契約段階での役割分担の明確化が求められるところです。