IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

データ移行に関するベンダの責任 東京地判平28.11.30(平25ワ9026)

データ移行の不整合の責任の所在等が争われた事例(そのほかにも多数の争点あり)。

事案の概要

ユーザX(建築現場の足場等の資材リース業)は,現行システム(本件旧システム)を運用していたが,リース物件が滅失した場合等においてデータの管理が適切に処理できず,データ不整合が生じていた。Xは,これを解消するためのシステムの開発を希望していた。


平成23年6月23日に,XY間で,本件新システムの開発業務,本件新システムへのデータ移行業務棟を対象とする本件請負契約(報酬額2310万円)が締結された。請負報酬は,714万円の残額を除いて支払われた。また,XY間では,ソフトウェア,ハードウェアの本件売買契約を締結し,物件の引き渡しとともに,代金全額(367万5000円)が支払われた。


当初予定されいてた本番稼働時期の平成24年4月を過ぎても,前記のデータ不整合が多数存在したため,本件新システムは正常に稼働しなかった。


Xは,本件請負契約におけるYの債務に履行遅滞があり,それを理由に請負契約と関連する売買契約を解除した等として,原状回復請求権,履行遅滞による損害賠償請求権または不法行為による損害賠償請求権に基づいて,支払済みの請負報酬及び売買代金相当の合計約2000万円の支払い等を求めた事案。

ここで取り上げる争点

  • 争点(1)本件請負契約に基づく債務のうち,データ移行債務の履行遅滞の有無
  • 争点(2)履行遅滞についてのYの帰責性

※Yは,データ移行に関するXの情報提供と,テスト工程における追加開発要望によって,遅滞を招いたとして,帰責性を否定していた。

  • 争点(3)売買契約の解除の可否
  • 争点(4)弁護士費用相当額の請求の可否

裁判所の判断

争点(1)データ移行の履行遅滞

データ移行について,両当事者がどこまで義務を負っているのかが争われていたため,少々長いが,Yの義務について認定した個所を引用する。

まず,本件請負契約に基づくデータの移行業務としてYが負担する債務の内容について検討するに,(略)Yは,Xから,本件請負契約を締結した平成23年6月23日までの打合せにおいて,本件旧システムの機能や現在の運用状況等について説明を受け,本件旧システム上,データ不整合があることを認識し,それを前提に,Xとの間で,中間ファイルを設けることなく,請求書等の各帳票の訂正,削除等を容易に行い得る新システムを構築するとともに,Xの保有するデータを新システムへ移行し,新システムで使用することができる状態とする業務を請け負う旨の本件請負契約を締結したものであり,データの移行方式及びツールの検討,移行方式設計書の作成,移行ツールの製造(移行に必要なプログラム開発),本件旧システム上のデータを抽出し,本件新システムへデータを投入する作業については,Yの担当又はYが主体となって進めることが合意されたものであることが認められる。また,Yは,本件請負契約の締結後も,(略)Xの保有するデータを新システムへ移行し,新システムで使用することができる状態にするためには,これらのデータ不整合を解消する必要があると考えていたことが認められる。

これらの事情に照らせば,Yは,本件請負契約に基づくデータの移行業務として,本件旧システム上のデータを本件新システムに単に移行させることにとどまらず,移行したデータにより本件新システムを稼働させる債務,具体的には,データの移行業務を開始する前に,本件旧システム上の移行の対象となるデータを調査・分析して,データの性質や状態を把握し,そのデータが本件新システムに移行された後,その稼働の障害となるかを検討し,障害となる場合には,いつ,いかなる方法で当該データを修正するかなどについて決定した上で,データの移行業務(移行設計,移行ツールの開発,データの移行)に臨み,最終的には,本件旧システムから移行したデータにより本件新システムを稼働させる債務を負担していたものと認めるのが相当であり,本件においては,データ移行に当たり,データ不整合を是正・解消すべき義務を負うものというべきである。


しかし,本件請負契約に基づく債務の履行期である平成24年4月23日が経過した後の同年9月6日に,Yは,データ移行作業の工程を完了させたものの,データ不整合が障害となって本件新システムが稼働しなかったことが認定され,この点について履行遅滞があると認められた。

争点(2)Yの帰責性

データ移行には,ユーザの協力が不可欠であることを前提に,Yは,Xにおいて協力義務違反があったため,履行遅滞について帰責性がないと主張していた。この点についても,少々長めに引用する。

一般に,ユーザーが業務上使用するコンピューター・ソフトウェアのシステムの開発をベンダーに発注・委託する場合において,ベンダーがコンピューターシステムの専門家としてユーザーの要求に応えるシステムを構築する責任を負うことは当然であるが,ユーザーが業務等に関する情報提供を適切に行わなければ,そのようなシステムの構築を望めないことから,ユーザーは,ベンダーによるシステム開発について,ベンダーからの問合せに対し正確に情報を提供するなどの協力をすべき義務を負うものと解するのが相当である。本件においても,Xがそのような協力義務を負うことについては,否定されるものではない。

しかしながら,前記認定事実によれば,Xには,コンピューターシステムについて十分な専門的知見を有する者が在籍しておらず,他方,Yは,その専門的知見に基づきコンピューターシステムの開発業務を行う者であり,Xに対してヒアリングを実施するなどの過程において,Xがコンピューターシステムについて専門的知見を十分有していないことを認識していたものと認められるのであり,このような事実関係の下では,Xは,Yから求められる態様で協力をするということを超えて,自ら積極的にYが必要とする情報をあらかじめ網羅的に提供するという態様で協力をすべき義務まで負うものではないというべきである。

本件においては,前記認定事実によれば,Xは,本件請負契約の締結の前後を通じ,Yに対して,業務上使用していた本件旧システムの機能や運用について説明し,本件旧システム上,データ不整合が存在することを告げていたものであり,Yも,Xの説明により,本件旧システム上,データ不整合が存在すること自体を認識していたものである。そして,Xは,本件旧システムにおけるデータ不整合の件数やその理由について,これをYに伝えたものではないが,上記のデータ不整合が日常的な業務の中で必然的に発生し,あるいは,発生し得るものであることについては,本件請負契約の締結までの間における本件システムの運用に関する説明の中でYに伝えられていたものと認められる。また,Xは,平成23年6月の本件請負契約が締結された前後には,本件旧システムのサーバ内のデータのバックアップデータをYに提供しているのであり,Yとしては,この提供されたデータを調査・分析することにより,本件旧システムにおけるデータ不整合の件数やその理由について把握し得ることがうかがわれるところである。そして,仮に,データの提供だけではデータ不整合の件数や理由が十分に明らかにならないというのであれば,コンピューターシステム開発について専門的な知見を有するYにおいて,更にXに問合せをするなどして,技術的に必要な情報を得るようにすることが考えられてしかるべきであるところ,Yが本件請負契約の締結時及びその後の本件新システムのテストの段階において,Xに対し,本件旧システムのバックアップデータ以外に,更に技術的な情報の提供を求めたことをうかがわせる証拠はない。さらに,具体的にどのような情報が提供されればデータ不整合の件数やその理由について把握し得るものであったのかについては,Y自らこれを特定して主張し得るに至っていない。

これらの事情によれば,Xが本件旧システムにおけるデータの状態を告知することについて,不十分なところがあったとは認められないというべきである。


よって,Xの協力について不十分なところがあったとは認められず,Yに帰責事由がなかったとはいえないとされた。


さらに,Yは,Xがテスト工程の段階でも追加の要望を出し,すべてに応じないと検収しないとの態度を示したため,開発業務が遅滞したと主張していた。この点についても裁判所は,「すべての要望に応じなければ検収をしない」とXが伝えたことを認めつつもXの帰責性を否定した。

Yは,コンピューターシステムの開発について専門的な知見を有する者として,本件新システムの開発業務を請け負ったのであり,本件請負契約上,本件新システムを開発することと併せて,その開発工程全体の進捗状況を管理し,その工程に沿った開発作業を進めるとともに,システムについて専門的知識を有しないユーザーの作業や関与の在り方についても適切に管理する義務を負っていたものというべきである。

そして,Yが主張するように,本件新システムのテスト工程の段階において出されたXの要望に係る作業量がかなり多いものであったというのであれば,Yとしては,上記の義務に基づき,本件請負契約に定める本件新システムの開発工程を予定どおり進めるべく,Xに対して,要望に対応した場合には予定された開発工程に遅滞が生じるおそれがあることを伝え,あるいは,要望に対応することを前提に開発工程の見直しを図るなど,開発工程及びXの関与の在り方を適切に管理すべきであったものというべきである。この点は,XがYに対して強い態度で要望に応じるよう迫ったものであったとしても,異なるものではなく,Yとしては,少なくとも,要望に対応した場合の開発業務の完成遅延に係る具体的見通しをXに説明するなどの対応を執るべきであったと解するのが相当である。

しかるに,YがXに対し,そのような対応を執ったことを認めるに足りる的確な証拠はなく,Yは,Xの要望に対し,漫然とこれに応じ,開発作業を遅滞させたものであるといわざるを得ない。

以上より,裁判所は,Yには履行遅滞に基づく解除に伴う原状回復請求として,支払済みの請負代金の返還を認めた。

争点(3)売買契約の解除

契約としては開発業務を対象とする請負契約と,ハードウェア等を対象とする売買契約は,別のものであり,売買契約自体には債務不履行はない。しかし,最判平8.11.12民集50巻10号2673号を「参照」し,裁判所は,売買契約の解除をも認め,支払済の代金の返還を認めた。

Xは,本件各売買契約を締結して,本件新システムを動作させるためのソフトウェア及びハードウェアを購入したものであるところ,本件各売買契約の目的とするところは,本件新システムを開発して稼働させることを目的とする本件請負契約と密接に関連し,社会通念上,本件請負契約と本件各売買契約のいずれかが履行されるだけでは,本件新システムの稼働という目的が全体として達成されないと認められる。したがって,Xは,本件請負契約の履行遅滞を理由に,本件請負契約と併せて本件各売買契約をも解除することができるものというべきである。

争点(4)弁護士費用

一般に,不法行為に基づく損害賠償請求の場合は,認容額の10%程度の弁護士費用は,不法行為と相当因果関係に立つ損害であるとされることが多い。他方で,債務不履行責任の場合には,なかなか弁護士費用についての損害賠償は認められていない。


しかし,本件では,最判平44.2.27民集23巻2号441頁を参照し,「本件訴訟の追行には,こにゅーたーシステムの開発に係る専門的な知見を要するものであり,その事案の難易,請求額,その他諸般の事情を考慮すれば,弁護士費用190万円について,Yの債務不履行と相当因果関係に立つ」として認めた。


結果的にXの金銭請求についてはすべて認容された。


なお,Yは,反訴として,請負契約に基づく報酬残額を請求していたが棄却された。

若干のコメント

データ移行は,システム開発紛争の争点になりやすいところですが,本件では,もともと旧システムにおいてデータ不整合が問題になっていたこと,これを解消するためのシステム開発であることが事前に明らかになっていて,かつ,データ移行の役割分担について,ベンダが多くを担っていたことから,ベンダの債務不履行責任が認められました。


本件は,ベンダ,ユーザともに中小規模の企業で,特にユーザは,内部にシステムの専門家がいないという,よくありがちな状況だったのですが,裁判所が繰り返し「ユーザは素人」「ベンダは専門家」であるような表現を用いていたことが気になります。仮に,ユーザが素人であるからなお一層,ベンダの注意義務の程度が高くなるのだとすれば,中小規模のベンダのほうが,素人であるユーザと取引する場面が多いため,大手ベンダ以上に,高度な注意義務を負わされる(責任範囲が広くなる)ことになってしまいそうです。さらには,ユーザは自衛策として,知識,スキルを身につけたとしたら,逆にベンダの注意義務の程度が下がり,保護に欠けることになってしまわないでしょうか。


本件では,「プロジェクト・マネジメント義務」という用語は当事者の主張にしか登場せず,裁判所の判断の箇所には見られませんでしたが,役割分担や,追加仕様に関する争点があり,プロジェクト・マネジメントが争点になった事例の一つに挙げられるでしょう。


なお,その他の本件の特徴として,請負契約の債務不履行を理由として,売買契約の解除をも認めたことや,債務不履行責任において弁護士費用の賠償をも認めたことも注目されます。