IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プロダクトキーの販売と商標権侵害 長野地判平29.8.10(平27ワ36)

マイクロソフト製品のプロダクトキーをインターネットを通じて販売した行為が商標権侵害に当たるかどうかが問われた事件。

事案の概要

Yが,Microsoft WindowsやOfficeのプロダクトキーを自らが運営するウェブサイト経由で販売したことについて,マイクロソフト(X)が,自らの有する商標権を侵害するとして,2700万円の請求をした事案。


Yのウェブサイトには,「マイクロソフトのプロダクトキーを扱っております。」「マイクロソフトWindowsやOffice等のプロダクトキーを販売しています。ダウンロード版と考えてもらえれば分かりやすいと思います。」などと表示されていた。そして,ソフトウェアの複製物自体を販売していたわけではなかった(ダウンロード自体は,マイクロソフトのサイトから可能)。


(念のため)プロダクトキーとは,ソフトウェアのインストール時に入力が求められる文字列で,Xのソフトウェアは,その認証をしなければインストールできないという仕様になっている。


また,単に,プロダクトキーを教示するだけでは,Xの認証を得ることはできないため,Yは,アクティベートに必要なクラックツールを別途提供していた。


BSAの発表によれば,この件は,すでに刑事事件(商標法違反)で有罪判決を下しており(宇都宮地判平26.6.24(事件番号不詳)),これを受けてXが損害賠償請求を提起したのが本件である。

ここで取り上げる争点

(1)商標権侵害の有無
(1−1)指定商品
(1−2)使用
(1−3)実質的違法性
(2)Xの損害の額

裁判所の判断

争点(1)について

■争点(1−1)指定商品


Yは,商標の類否,指定商品の類否などからして争っていた。確かに,Yは,「プロダクトキー」(英数字が組み合わされた25桁の文字列)を販売していたのであって,Xの商標(マイクロソフト)の指定商品「その他の電子応用機械器具及びその部品」(第9類)そのものではない。


この点について,裁判所は次のように述べて「被告商品は,原告商標の指定商品と同一」だとした。

商標法上の「商品」には,無体物も含まれると解され,商標法施行規則別表第9類十五は「電子応用機械器具及びその部品」として「電子計算機用プログラム」を挙げているが,当該規定は例示であって,それ以外の無体物を含む部品を除外するものではない。
 そして,前記(1)のとおり,プロダクトキーは,原告製品をコンピュータ記憶装置内に物理的にインストールするために必要なものである上,原告製品として制限のないプログラムの使用を可能とするライセンス認証を得るために不可欠な情報鍵である。そうすると,プロダクトキーは,「電子応用機械器具」(「電子計算機用プログラム」)に相当する原告製品をコンピュータで利用するために必要不可欠な部品であり,電子応用機械器具の部品に該当する。
 したがって,原告商標の指定商品である「電子応用機械器具及びその部品」には,原告が著作権を有するOS又はアプリケーションプログラムのソフトウェア製品である原告製品のみならず,プロダクトキーが含まれるというべきであるから,被告商品は,原告商標の指定商品と同一のものということができる。

「部品」に「プロダクトキー」も含まれるとした。


■争点(1−2)使用


また,Yのウェブサイトに標章を記載したことが「使用」に当たるか,という点も争点となった。裁判所は,「商品の包装に標章を付したもの」等には当たらないとして,2条3項2号該当性は否定したが,同項8号「商品に関する広告を内容とする情報に原告商標と同一又は類似する被告標章を付して電磁的方法により提供する行為」にあたるとして,8号該当性は認めた。


さらには,Yは,商標的使用に当たらない(26条1項6号該当性の主張を含む。)とも主張していた。しかし,この点も裁判所は次のように述べて,Yの主張を排斥した。

被告ウェブサイトの「マイクロソフトのプロダクトキーを扱っております。」「マイクロソフトのWindowsやOffice等のプロダクトキーを販売しています。ダウンロード版と考えてもらえれば分かりやすいと思います。」との記載に接した取引者・需要者は,被告商品が,原告が著作権を有する原告製品のプロダクトキーであって,被告商品の出所が原告であると理解するのが通常であるから,単に被告商品の内容の説明や被告商品の適合関係を示すために被告標章が使用されていると理解するものではない。そうすると,被告標章は,自他商品識別機能ないし出所表示機能を有する態様で使用されているということができるから,その使用は商標的使用に該当するものであり,ひいては商標法26条1項6号の「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」に該当するということはできない。


また,26条1項2号の「用途」を普通に用いられる方法で表示する商標に該当するとの主張も排斥された。


■争点(1−3)実質的違法性


Yは,真正商品の販売であるから実質的違法性を欠くとも主張していた。この点について裁判所は,細かな事実認定を行っている。


要は,Yは,TechNetMSDNといったXが提供するサブスクリプションプログラムに加入して,多数のプロダクトキーの発行を受け,それをいわば小分けにしてYの顧客に「販売」していたようである*1。これらの方法は,各契約において定められた使用目的に逸脱するものであって,実質的違法性を欠くものということはできないとされた。


以上より,商標権侵害とみなす(商標法37条1号)と認定された。

争点(2)について


Xは,38条1項に基づく損害賠償の請求を行っていたが,裁判所は,日本においてX(マイクロソフト本社)は,日本マイクロソフトらに商標の使用許諾しているものの,Xの製品を販売しているわけではないので,市場における代替関係がないとして,38条1項の適用を否定した。


その結果,民法709条を適用し,次のように損害額を算定した。

  • Xの製品の最低価格は,1万4160円で,最高が537万6000円で,バラツキがあり,一般ユーザーが購入することは容易ではないことから,平均価格60万9971円を1個あたりの需要減少額と認定することは実態にそぐわない
  • Yは,1059件で,合計608万3060円を売り上げているが,これと同額をXの損害額と認定すべき根拠もない
  • Xが主張する利益率42%というのも,逸失利益を算定根拠とすることも相当ではない
  • そうすると,Xに逸失利益の損害が生じたことは認められるものの,その立証が事実の性質上極めて困難であるから,弁論の全趣旨及び本件全証拠を勘案の上,商標法39条及び特許法105条の3の規定に基づき,500万円と認定する

若干のコメント

本件のYの行為は許される行為ではないですし,いまもヤフオクなどでプロダクトキーが売買されている状況からすれば,ソフトウェア開発・販売事業者の何とか手を打ちたいという思いもわかるのですが,この種の行為を商標権侵害として構成することには違和感があります。


脱獄iPhoneを販売したという事件でも,商標権侵害を理由に有罪判決が出されましたが(千葉地判平29.5.18(平28わ1791))*2,何かと「電磁的不適切行為」に商標を組み合わせているケースが多いように感じます。

*1:そのほかにも,マニアが集めて公開しているというプロダクトキーを拾い集めて販売したとも認定されている。

*2:この事件はまた別途取り扱いたい。