IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラムの著作物性と複製の黙示的承諾の有無 大阪地判令6.1.29(令元ワ10940)

相当程度の分量があるプログラムのソースコードには創作性があるとして、著作物性を認めたが、複製・改変することの承諾があったとして、著作権侵害を否定した事例。

事案の概要

Y(土木・建築工事の設計、施工並びに監理業)のプログラマとして勤務していたX(個人)は、Yを退職した後も、Yからプログラムの開発を委託され、納品をしていた。本件訴訟では、本件プログラム1から6の6つのプログラムにつき、Yが無断で複製等をしたとして、著作権(複製権)又は著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害について、合計で約1億2000万円の損害賠償を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)プログラムの著作物性

(2)複製または改変に対するXの承諾の有無

裁判所の判断

争点(1)著作物性について

Yは、本件プログラムは、規約・解放に該当する部分があることや(著作権法10条3項)、ソースコードの記述は、単純な作業を行う者であってありふれたものであると主張していたが、裁判所は、本件プログラム1から6のすべてについて著作物性を認めた。

このうち、本件プログラム1の判断部分を引用する。

(1) 本件プログラム1が著作物であるか(争点1-1)について
 本件プログラム1は、マンロック(高圧室作業場所への作業員の出入り用気密扉)内の気圧、二酸化炭素濃度等を記録するペーパーレスレコーダー(最大10機)を集中管理(レコーダーで記録された情報を遠隔地のパソコンでリアルタイムに表示し、データを蓄積するとともに閾値を超えた場合は警告を発することが可能)するシステムプログラムであり、統合管理画面(メインフォーム画面)、個々のレコーダーの監視画面(レコーダーフォーム画面。表示形式はレコーダーと同様。)、レコーダーの通信ルーチン、データベース(レコーダーの情報を集積する部分)などを構成要素とするものである。(甲28、弁論の全趣旨)
この点、画面構成や、レコーダーのデータをどのように扱うかについては、プログラムの目的、環境規制の態様、ハードウェアやオペレーティングシステムなどに由来する制約等により、表現の選択の余地の乏しいものもあると考えられるが、データ処理の具体的態様(クラス、サブルーチンの利用等の構造化処理を含む)、レコーダーとの通信プロトコルの選択及びそれに応じた実装、データベース化の具体的処理手順などについて、各処理の効率化なども意識してソースコードを記述する過程においては、相応の選択の幅があるものと認められる。
 Xは、このような選択の幅の中から、データ処理の態様を設計した上、A4用紙で約120頁分(1頁あたり60行程度。以下同様)のソースコードを作成したことからすると、ソースコード(甲28)の具体的記述を全体としてみると、本件プログラム1は、Xの個性が反映されたものであって、創作性があり、著作物であるということができる
 Yは、本件プログラム1のソースコードの多くの記述が公開されたサンプルプログラムであり、単純な作業を行う機能の複数の記述であり、計測上の管理基準に対応させた記述の順序や組合せであるから、ソースコードの記述に創作性はない旨を主張する。しかし、ソースコードに既存のサンプルが含まれることについて的確な立証はない上、仮にそのような記述が含まれるとしても、プログラム全体としての創作性を直ちに否定するものともいえないから、Yの主張は採用できない。

本件プログラム2以下についても、相応の選択の幅があることや、分量が多いこと(少ないものでA4で80頁、多いもので200頁分)を挙げて、著作物であるとしている。

争点(2)承諾の有無

Yは、本件プログラムは、ある現場で利用された後、別の現場で使用するために複製または改変することが当然に予定されており、Xはそれまで利用許諾条件も示していなかったとして、承諾があったと主張していた。

裁判所は次のように述べて、一定の限度での利用について黙示の合意があったと認定した。

本件各プログラムの中には、明示的に異なる現場で用いることを前提とする仕様が採用されたものがあること、本件各プログラムはいずれも発注の原因となった現場と異なる現場で用いることについてプログラムの仕様上の制限はないとうかがわれること、X自身、一つの現場が終了したと見込まれる後も、プログラムの修正に応じるなどしていること、X自らソースコードを納品したものもあることに加え、Xが、平成2年に独立した後、多数回にわたってYから依頼されたプログラムを制作、納品し、平成20年12月から平成21年4月までの間は、Yに採用されてプログラム制作業務に従事していたことからすれば、計測業務におけるYのプログラムの利用実態(プログラムを一つの現場で利用するだけでなく他の現場においても複製、変更又は改変(カスタマイズ)して利用していたことを含む。)から、自己が制作して納品したプログラムがYにより複数の現場で利用され得ることを認識していたものとみられることが認められる。これらの本件においてうかがわれる事情からすると、本件各プログラムの開発に係る各請負契約において、成果物が、少なくともYの内部で使用される限りにおいては、他の現場における使用や改変を許容する旨の黙示の合意があったものというべきである。

以上より、複製権侵害、同一性保持権侵害は否定された。しかし、一部のプログラムについて起動画面等にはYの社名が記載されていたのみであったことから、氏名表示権侵害が認められ、11万円(1万円は弁護士費用)を限度に損害賠償が認められた。

若干のコメント

プログラムの著作物性が判断された事例です。最近のプログラムの著作物性を判断した事例では、東京地判令4.8.30では、原告が具体的に創作性ありと主張した箇所について「ありふれた表現」であるとして否定したほか、大阪地判令3.1.21では、具体的な表現を取り上げて創作性を肯定し、東京地判令2.3.4では、4万ステップ以上あるという事実を創作性の根拠とせず、具体的な表現において個性があるといえないとして否定し、大阪地判令元.5.21も、1万頁もあるから複雑なものだと推測できるとしつつ、ありふれたものではないことの立証がないとして否定し、知財高判平29.3.14でも、原告が創作性ありと主張した箇所について否定したことによって全体の創作性が否定されました*1

これらの裁判例の傾向からすると、分量が多ければ創作的表現があるだろう、ということで創作性を認めてしまうのではなく、具体的な表現において創作性の立証がない限り、著作物性を認めないという傾向にあるように思われますが、本件では、

データ処理の具体的態様(クラス、サブルーチンの利用等の構造化処理を含む)、レコーダーとの通信プロトコルの選択及びそれに応じた実装、データベース化の具体的処理手順などについて、各処理の効率化なども意識してソースコードを記述する過程においては、相応の選択の幅がある

と、選択の幅があることを述べたこと以上に、具体的なソースコードの表現には言及がなく、分量が多いことを主な理由として創作性を認めたという印象を受けます*2

なお、氏名表示権侵害による損害賠償請求を認めていますが、その額は10万円であり、原告の請求の1000分の1以下でした。

*1:ほかに、知財高判平28.4.27(肯定)、知財高判平26.3.12(否定)も参照。

*2:過去には、いわゆる増田足チャート事件(東京地判平23.1.28)のように分量を重視して創作性を認めた事例もあります