IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

退職従業員による類似ソフト開発(増田足チャート)東京地判平23.1.28

退職した従業員が新たに興した会社(被告Y)の開発した株価分析ソフトウェアが,前職会社(X)の著作権侵害となるかが争われた事例。

事案の概要

X社の取締役Aは,いわゆる「ローソク足」を改良した「増田足」という株価チャートを考案し,これを表示して分析するソフトウェアαを販売する事業を行っていた。Zは,かつて4年ほどXに雇用されていた。Xは,その当時,ソフトウェアαのプログラミングを担当していた。


後に,ZはY社を立ち上げて,株価チャートの表示・分析ソフトウェアβを開発し,販売したことから,XがY及びZに対して,ソフトウェアβの販売等の差し止め,損害賠償等を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)ソフトウェアαのプログラムの著作物性
(2)ソフトウェアβのプログラムが,ソフトウェアαのプログラムを複製または翻案したといえるか
(3)Xの損害額
※職務著作(著作権法15条)の成否についても争われているが,割愛する。

裁判所の判断

(1)について。

C#で書かれた37のファイルから構成され,印刷するとA4で1000頁以上に及ぶ,ということ,多数の機能を有することから,

特段の事情がない限りは、原告プログラムにおける具体的記述をもって、誰が作成しても同一になるものであるとか、あるいは、ごくありふれたものであるなどとして、作成者の個性が発揮されていないものと断ずることは困難

だとして創作性が優に認められるとした。

(2)について。

たとえば,MainForm.csというソースコード(名称はα,βともに同じ)自動生成された個所を除く約300の関数のうち,103の関数はまったく同一であり,148の関数については処理手順が同一であり,47の関数は処理手順に大きな相違がないと認定した。大きな違いが23の関数において認められたが,量的には一部にとどまる。これらの点をとらえて,

原告プログラムと被告プログラムとは、そのソースコードの記述内容の大部分を共通にするものであり、両者の間には、プログラムとしての表現において、実質的な同一性ないし類似性が認められる

とした。

さらに依拠性については,Zが,αの開発を担当していたことや,退職後にβを開発・販売するまでの期間に照らして,「原告のソースコードのデータをコピーして用いることなく完成させることは,通常では考え難い」とした。

プログラムの著作権及び著作者人格権の侵害を認め,複製,譲渡,公衆送信の差止めを認めた。


(3)について

Xは,著作権法114条1項から3項に従って損害額の主張を行った。裁判所は,1項(侵害者が販売した数量×権利者の単位当たりの利益額)については,権利者であるXの単位当たりの利益の立証がないとして認めなかった。


2項(侵害者の得た利益額)については,平成19年1月から平成20年3月までの15カ月のYの売上が697万2000円であることには争いがなかったが,その経費について,Yは687万3350円だったと主張したものの,裁判所は,587万3350円までしか認めず,Yの利益は109万8650円を上回らないとした(しかし,後述3項に基づく損害額のほうが大きいため,こちらの主張は採用されていない。)。


3項(ライセンス相当額)については,1カ月当たりの会費収入について46万4800円(上記の約700万円÷15ヶ月)に,口頭弁論終結近傍の平成22年8月までの44カ月を乗じた2045万1200円を推定会費収入とし,これに実施料率を10%として,損害を200万円と認定した。


これに,弁護士費用として損害額の10%である20万円を加えて,220万円の損害賠償請求を認めた。

若干のコメント

本件は,退職した従業員が競合する事業を開始するという,プログラムの著作物の侵害事件の典型事例だった。


プログラムに関する著作権侵害事件の場合,相手方のソースコードを入手できないと,侵害の立証は非常に難しい(機能が類似していることを積み上げても,著作物であるソースコードの類似性を立証したことにはならない。)。本件では,証拠保全などの手続によって入手したのだろうか。


創作性については,上記判旨のとおり,分量が多ければ,選択の幅が広がるため認められやすい。類似性については,丹念な比較が必要だが,これもまた分量が多ければ,一致点,酷似点,類似点が認められやすいだろう。


興味深いのは損害論で,本件では114条3項に基づく損害額の算定方法が認められた。ソフトウェアの実施料率10%というのは,その他の工業分野における特許に比べるとかなり高い。しかし,それでも,認定された損害は200万円程度である。