過去の裁判外の和解、裁判上の和解の違反の有無が争われたほか、システムの導入が不正競争(営業秘密)または著作権侵害(複製権侵害)に当たるかが争われた事例。
事案の概要
請求が多岐に渡るため、、ここで取り上げる争点に必要な限度で事案を簡素化する。
被告A(個人)は、ソフトウェア開発等を行う原告Xの契約社員として、医療機関向け電子カルテシステムの営業を担当していたが、平成23年に退職し、その後、被告会社Yの代表取締役に就任している。
平成23年6月1日、X・Y間で、XがYに対しe-J電子カルテの販売を委託する契約(本件販売委託契約)を締結したが、その中の「第9条(客先との競合)」条項では、Xの見込客や取引先に対しては、Yが商談に入れないといった定めがあった。
平成24年5月ころからYは、B診療所に対して電子カルテシステムの導入について商談をはじめ、同年10月ころに本件販売委託契約を解除した。
Xは、B診療所に導入された電子カルテシステムが、Xのe-J電子カルテだと理解して、Yに赴き、Yの端末等からe-J電子カルテのデータを消去するとともに、これに関する資源(ソースコード等)のコピーを一切保有しないことの誓約する文書(平成25年合意書)にAが署名した。
その後も、Yが平成25年合意書に反してe-J電子カルテを販売しようとしているとして、仮処分命令申立て事件を申立て、平成27年に知財高裁にて和解(平成27年和解)が成立した(内容は、e-J電子カルテを使用・販売しないといったもの)。
Xは、本件販売委託契約、平成25年合意及び平成27年和解に反して、B診療所にe-J電子カルテを販売・保守したことや、e-J電子カルテの資料を保管したことが債務不履行に当たるとして400万円の損害賠償を請求したほか(主位的請求1~3)、予備的請求1として、A及びYが、営業秘密(e-J電子カルテのソースコード)を不正に利用したことについてが不正競争にあたるとして400万円の損害賠償を請求し、予備的請求2として、B診療所へのe-J電子カルテの導入が、Xの著作権(複製権)を侵害するとして、同じく400万円の損害賠償を請求した。
ここで取り上げる争点
(1)平成25年合意違反の有無
(2)平成27年和解違反の有無
(3)著作権侵害の成否
裁判所の判断
争点(1)について
Xは、Yが平成25年合意に基づいて、B診療所に導入されたe-J電子カルテを消去すべきであったのにしなかったことが債務不履行に当たると主張していた。
問題となった平成25年合意の1項の内容は以下のとおりである。
1.X殿の許可なく、EJ電子カルテに関する資源(プログラムソース等パッケージを動作させるに必要な物全て)を保有いたしません、現在保有している全ての関連資料は、平成25年1月24日、御社立合いの下全て消去いたします。
また、これらに関連する資料のコピーを一切保管しません。
裁判所はこの点について次のように述べて、平成25年合意には、B診療所に導入されたe-J電子カルテを消去すべき義務はないとした。
第1項には、Xの許可なく「EJ電子カルテに関する資源」を「保有」しないこと、「現在所有しているすべての関連資料」をX立合いの下、全て消去すること、「関連する資料のコピー」を一切「保管」しないことなどが記載され、第2項には、Xの許可なく「EJ電子カルテを販売」しないことが記載されている。このような平成25年合意書の体裁や文言から、平成25年合意で「EJ電子カルテ」に関する資料を保有しないこととされた主体がYらであることは明らかである。また、平成25年合意書で消去することとされたのは「現在所有しているすべての関連資料」であり、文言上、それは、Yらが現に保有している「EJ電子カルテ」に関係する資料等である。そして、平成25年合意書は、YがB診療所に電子カルテシステムを導入したことがXに発覚したことが直接の原因で作成され(前記1(11))、(略)YがB診療所に電子カルテシステムを導入したことを前提としつつも、そのB診療所に導入された電子カルテシステムについて、Yがそれを消去するとか、その消去に向けて何らかの行動をすることについては何ら記載されていない。さらに、前同日、Yの端末等から、e-J 電子カルテのデータを消去する作業が行われたが、それ以上に、Xが、平成25年合意書に基づき、B診療所に導入された電子カルテシステムの消去を求めたことがあったことを認めるに足りない。
これらによれば、平成25年合意は、平成25年合意以前に既に販売されたB診療所に導入された電子カルテシステムにつき、Yがそれを消去する義務を定めていたものとは認められない。
争点(2)について
Xは、Yが平成27年和解に反し、B診療所の保守を行ったことによってe-J電子カルテのソースプログラム等を使用したことが債務不履行に当たると主張していた。
問題となった平成27年和解の主要部分は以下のとおりである。
1 相手方ら(注:Y及びA)は、別紙目録1及び同記載2の各システムを使用販売しない。
(略)
別紙 目録1
1.e-j 電子カルテシステムソースプログラム
2.e-j 電子カルテシステム実行モジュール
(略)
裁判所は、次のように述べて、YがB診療所の保守を行ったことを以って、別紙記載のシステムの使用には当たらないとした。
Yらが保守行為としてどのような行為を具体的にしたことをもってe-J 電子カルテのシステムソースプログラム及び同実行モジュールを使用したことになるのかや、その際にどのような上記プログラム等が使われたかは、Xの主張によっても明らかではない。そして、本件において、YらがB診療所の電子カルテシステムの保守管理においてe-J 電子カルテのシステムソースプログラム及び実行モジュールを使用したことを認めるに足りる証拠はなく、Yらが、Xが主張する義務に違反したことを認めるに足りない。
争点(3)について
Xがそもそもe-J電子カルテの著作権を有するのか、また、B診療所に導入された電子カルテシステムがe-J電子カルテと同一のシステムであるかどうか等が争われた。この点の詳細な事実関係は割愛するが、裁判所は、Yが自らカスタマイズしたものであるから複製には当たらないとの主張を排斥し、複製を認め、Yにおいて使用権原もないとして著作権侵害を認めた。
B診療所に導入された電子カルテシステムは、e-J 電子カルテに対してごく一部の設定項目の追加などを行ったものであり、そのプログラムはe-J 電子カルテのプログラムと基本的には同じものといえる。B診療所に導入された電子カルテシステムは、Xが著作権を有するe-J 電子カルテのプログラムの創作的部分を利用したもので、Yにより加えられた部分はわずかといえるものであり、Yは、e-J 電子カルテのプログラムの創作性のある部分を複製した上で、電子カルテシステムを作成し、これを販売したといえる。よって、本件導入は、e-J 電子カルテを複製したものであるといえる。
損害の額は、Xが、近接した時期に販売したe-J電子カルテの販売額をもとに315万円だとにんていした。
なお、不正競争防止法に関する主張は、著作権侵害を認めたことにより、仮に不正競争があるとしても、著作権侵害による損害を上回るものではないとして判断がなされなかった。
若干のコメント
事案の経過をみると、XとY(A)との間では長期に渡る争いがあり、販売委託契約解消直後には裁判外での和解(平成25年合意)が成立したものの、直後に、仮処分手続に入って、再び裁判上の和解(平成27年和解)が成立するという経緯があったにもかかわらず、再度の紛争となっています。
しかも、B診療所への導入や保守行為が平成25年合意や平成27年和解に反するものではないとされました。和解条件を検討するにあたっては、裁判外、裁判上を問わず、二次的紛争を避けるために慎重になるところですが、当事者の認識どおりの効力が生じなかったとなると、この種の事案を取り扱う者として、肝を冷やす事案だなと思いました。
結果的に著作権侵害が認められ、一定の救済がなされていますが、平成24年11月に行われた複製行為を著作権侵害行為だとされました。これは、平成25年合意や平成27年和解成立よりも前の行為なので、清算条項によってシャットアウトされなかったのかどうかも気になります。