IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

事業譲渡に伴うアカウント情報の開示 東京地判令5.2.8(令2ワ11378)

ブログ事業の事業譲渡に伴い、当該事業のインスタのアカウント情報の開示請求が認められるか否かが争われた事例。

事案の概要

X(原告)は、a社からブログ事業を事業譲渡(本件事業譲渡。譲渡代金50万円)によって譲り受けた。しかし、譲渡後にXが当該事業に関するインスタグラムのアカウント(本件アカウント。フォロワー数約95,000人)にアクセスするための必要な情報をY(被告。a社の元代表者)開示しなかったことから、その開示を求めるとともに、開示が不能になった場合には、代償請求*1として200万円の支払いを求めた。

本件事業譲渡の契約書(本件事業譲渡契約書)の主な内容は以下のとおりだった。

第1条(目的)
  甲(a社)は本契約の定めに従って、本事業及び本事業に帰属する下記のサイト(URLページ及びそれと運営上一体とみなされる全てのページを含む。)(以下、「本サイト」という。)並びに本サイトを運用するためのシステム等(以下、「本システム等」という。)及び、本事業に付随する一切の権利を乙(原告)に譲渡し、乙はこれを譲り受ける。
    記 (略)

第2条(譲渡資産)
  甲(a社)が乙(原告)に譲渡する本サイト及び本システム等を構成する資産(以下、「譲渡資産」という。)は、別紙1に記載する資産とする。

<別紙1>
 1  本サイトに関するすべてのプログラム、ソースコード、デザイン、データ、コンテンツ、及びパスワード等の本サイトの運営に必要なシステムの全て
 2  本サイトに含まれるすべてのページのドメインhttps://〈省略〉)使用に関する契約及び権利義務
 3  著作権を含む本サイトに含まれる全ての知的財産権
 4  本サイトの会員との会員契約上の地位、甲が適法に取得した会員情報
 5  本サイトに関する取引、利用の履歴に関するデータベース
 6  本サイトの運営のための取引先との契約上の地位

ここで取り上げる争点

(1)本件アカウントが譲渡資産に含まれるか。

Xは、本件アカウントは、Yがa社の業務として取得し、公式インスタグラムとして運用されていたものであるから、本件事業譲渡の対象に含まれていたと主張したのに対し、Yは、a社の事業とは離れた個人的なものであると反論していた。

(2)代償請求の価額

Xは、10万人近いフォロワーがいるアカウントであること等により、本件アカウントの価値は200万円を下らないと主張していた。

裁判所の判断

争点(1)について、次のように述べて、YにはXに対し、本件アカウントを利用できるようにするために必要な情報を提供する義務があるとした。

前提事実のとおり、a社は平成30年7月1日Xに対しウェブサイト「https://〈省略〉」に関する一切の事業を、50万円(消費税含む。)で譲渡したのであり、本件事業譲渡契約書には本件アカウントが含まれているとの明示の記載は存しないものの、URLページ及びそれと運営上一体とみなされる全てのページを含むとの記載があること、本サイトに関する全てのプログラム、ソースコード、デザイン、データ、コンテンツ、及びパスワード等の本サイトの運営に必要なシステムの全てが含まれること、本件アカウントは、a社が運営していた○○ブログ事業についての公式インスタグラムとして活用されていたことに鑑みると、その譲渡対象に含まれていると解するべきである。

Yは、本件アカウントを設立したのは、Y個人であったことなどを主張するが、仮に設立当初はY個人のアカウントとして開設されたものであるとしても、その後は、○○ブログ事業の一環として活用されていたことはYも自認するところであり、少なくとも本件事業譲渡時点においては、a社が権利を保有していたと認められるのであり、この点についてのYの主張は採用できない。

争点(2)について、裁判所は次のように述べて、譲渡代金と同額以上の代償請求は認められないとした。

(1)  原告は、被告に対して本件アカウントの情報開示を求め、この執行が不能なときに備えて代償請求として200万円及び執行不能日からの遅延損害金の支払を求める。

本請求は、本件アカウントの情報開示が執行不能になった場合に備えて、これに代わる価値の請求を求める代償請求であり、将来請求であるところ、本件アカウントの情報開示を求める請求は、単純な物の引渡を求める訴訟とは異なり、強制執行の方法としては間接強制が可能であると解されるところ、これが執行不能になる可能性は極めて低いものと解されるが、その可能性は認められるところであるから、民訴法135条の「あらかじめその請求をする必要がある場合」には該当するといえる。

(2)  もっとも、本請求は、本件アカウントの情報開示が執行不能となった場合の価値を求めるというものであり、前記1で認定したとおり本件事業譲渡契約には、本件アカウントの本件売買契約の対価に含まれているというのであるから、その価値は高くても売買代金全体の50万円を上回ることはないといえ、開示が不能となった時点でこれを上回ることを認めるに足りる証拠はない。

若干のコメント

インターネットを利用した事業の移転では、有体物の移転などはほとんどなく、プログラム等の知的財産権ドメイン、ウェブサイトの利用に関する地位の譲渡がメインとなりますが、それに加えて、アカウントに蓄積された信用・フォロワー等が重要な資産であることから、その引継も重要になります。

本件の詳細な事情は不明ですが、もともと個人のアカウントとして使用していたものが、サービスの公式アカウントへと転化していったというケースはあり得ることであり、それが譲渡の対象になるのかが争われました*2

結論として、本件事業譲渡契約書別紙の譲渡対象資産の記述から、本件アカウントも対象になるということが認められましたが、事業譲渡を行う際には、漏らさず余さず対象資産、契約等を列挙することを注意しておきたいものです。

なお、類似するケースとして、インスタグラムのアカウント情報を、退任した取締役に対して開示するよう求めた事案として大阪地判平31.3.27があります。

本件の特徴の一つとして、開示がなされなかった場合の代償請求を行ったことが挙げられます。裁判所は、その額として、事業譲渡代金を超えることはないとし、事業譲渡代金と同額を認めました。仮に、本件アカウントの情報開示が履行不能となり、代償請求をした場合、事業譲渡代金と同額がXに支払われることになりますが、そうなると、Xは実質的な経済的負担をしないまま(本件アカウントを除く)本件事業を取得することができてしまいますので、違和感が残ります。

*1:債務の履行(ここでは、本件アカウントに関する情報提供)が執行不能となった場合に備えて、これに代わる価値の請求を求めるもの。

*2:ちなみに、インスタグラムをはじめとするSNS利用規約の多くは、アカウントの売買・譲渡を禁止しています。