IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

他人にアカウントを貸与した者に対する救済の要否 東京地判令3.11.30(令3ワ15242)

他人にプレイ代行をさせたところ、連絡が取れなくなったとして、運営に対して救済を求めた事案。

事案の概要

Xは、Yが運営するスマートフォンゲーム(本件アプリ)のアカウント(本件アカウント)を有していたが、自力ではクリアできない状況に陥ったため、インターネット上の掲示板を通じてプレイ代行者を募った。Xは、そこで応募してきた者に対し、当該アカウントのプレイ代行を依頼していたところ、当該第三者と連絡が取れなくなり、本件アカウントを利用することができなくなった。

本件アプリは、端末1台ごとに1つのアカウントを必要とするため、別の端末を利用する場合には別アカウントを付与する必要があったが、端末に不具合が生じた場合や端末を変更する場合には本件アプリ上で引き継ぎIDと引継用パスワードの発行を受けて引き継ぐという仕組みがあった。Xは、プレイ代行を依頼した際にも、この仕組みを用いたと主張していた。

そこで、XはYに対し、本件アカウントをプレイできるようにするための引き継ぎIDと引継パスワードを発行することを求めた事案である。

なお、Yの本件アプリに関する利用規約には、下記のような規定があった。

2.8 利用者は,本件アプリへのアクセス,本件アプリの利用に必要な携帯端末を自己の責任で維持するものとし,利用者が被告に対して有する権利及び義務は,当該利用者に一身専属し,譲渡できない。

3.1(1) 利用者は,自身のアカウント情報(アカウントID等)及び登録したパスワードを第三者に使用させてはならない。利用者は,被告の承諾なくアカウント情報を第三者に開示,貸与,売買,贈与又は譲渡等することができない。

ここで取り上げる争点

Yは、本件アプリの利用契約上、Xに引き継ぎID及び引継用パスワードの発行義務を負うか

裁判所の判断

裁判所は次のように述べて、義務を否定し、請求を棄却した。

本件アプリの利用規約においては,アカウントの貸与や譲渡の禁止が重ねて規定されており,本件アプリを利用する際に利用者が最低限遵守しなければならない義務であると認められる。

そうすると,自力ではクリアできないキャラクターの登場に困り,インターネットの掲示板で応募してきたプレイ代行者に引き継ぎIDと引継用パスワードを教えたとする原告の事実関係を前提とすると,原告は,本件アプリにおいて最低限遵守しなければならない義務に違反しており,前提事実(1),(3)によれば,被告は,原告のアカウントを停止又は削除することができるのであって,原告にとって不利益の少ない措置である引き継ぎIDと引継用パスワードの発行を拒否することは当然に許される。

若干のコメント

ゲームに限らず、アカウントを発行する形式のアプリであれば、ほぼお決まりのように他人にアカウントを使わせることを禁止しており、禁止事項を行った者に対してはアカウント停止・削除ができることを定めています。

本件は、自ら利用規約に反したことを自認しつつ運営側に救済措置を求めたという事案で、請求棄却は想定どおりですが、改めてそういったルールを規約上で定めていくことの意義が確認できたといえるでしょう。なお、裁判所の判断ではありませんが、そのようなアカウント貸与禁止の意義について、Yは次のように主張しています。

本件アプリにおいては,リアルマネートレードによる弊害(ゲームの健全かつ公平な利用の阻害,ゲームデータの不正改造等の著作権著作者人格権侵害行為の誘発,反社会勢力の不正利益の温床化)などの懸念から,アカウントの売買及び貸与等を禁止している。対象アカウントの売買及び貸与に係る金銭対価の授受は,ゲーム会社に知られないように秘密裏に行われ,隠蔽されるのが常であり,その実態を正確に把握することは困難であるため,利用規約においてアカウントを他人に使わせることそれ自体を一律に禁止しておく必要性が高い。