IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

検収がない場合における請負代金請求の可否 東京地判令4.6.22(平29ワ7335)

システム/製品の納入を目的とする請負契約において、検収をしていないから払わないとの主張が排斥された事例。

事案の概要

M社は、モバイル端末を用いたエアコンの温度調節を可能にするIoTシステム(本件IoTシステム)を販売する事業を検討し、Y社(被告)に対して、その開発を委託した。Y社は、本件IoTシステムの設計等をX社に委託した。

XY間では本件IoTシステムの開発に際し、以下の契約が締結された(本件契約7及び8については成立が争われている。)。

  • 本件契約1(本件IoTシステムの子機、親機、中継機(まとめて本件製品)の初期開発設計と1次試作品の製作)約1586万円
  • 本件契約2(本件製品の設計仕様の追加・変更)約321万円
  • 本件契約3(本件製品の量産用樹脂の金型製造)約948万円
  • 本件契約4(本件製品等の量産試作品50個の制作)約248万円
  • 本件契約5(本件製品の量産移行業務)約92万円
  • 本件契約6(本件製品の基板金型・梱包金型等の制作)約233万円
  • 本件契約7(クラウド接続、ゲートウェイ接続対応)約124万円
  • 本件契約8(LEDパネル抜型製作等)約42万円

このうち、代金が支払われたのは、本件契約1の全額と、本件契約2及び3の半額にとどまっている(残りは支払われていない。)。Y社は、Y社が求める仕様を満たす本件製品が製作されておらず、契約が履行されていないとして、代金の支払を拒絶していた。

そこで、X社は、本件各契約の債務を履行したとして、未払報酬額合計約1186万円のほか、Y社による仕様の開示が遅れたことや、量産の中止を求めたことによる損害賠償として合計で約1645万円の支払を求めたのに対し(本訴)、Y社は、主位的に本件契約1から3は、取締役会決議を経ていない無効なものであるとして、既払金(約2220万円)の不当利得返還を求め、予備的に、X社の債務不履行を理由とする解除に伴う原状回復請求を行った(反訴)。なお、Y社の元代表取締役個人に対する会社法429条に基づく請求もあるが、割愛する。

ここで取り上げる争点

X社が納入した製品の仕様不適合の有無について。

Y社は、X社が納入した本件契約1、2及び4に基づく試作品について、事前に合意した仕様を満たすものとは異なっていたし、検収もしていないと主張していた。

裁判所の判断

裁判所は、Y社は、通信の距離等の通信の仕様を満たしていない、などとの主張について、Y社が主張するような仕様の合意はなかったと認定した。そのうえで、Y社が検収を拒絶したから代金支払義務を負わないと主張していたことについては、

本件契約1、2及び4は、X社が、X社とY社との間で確定された仕様に基づき製品を製作し、Y社に納入することを内容に含むものであり、請負契約としての性質を有するものであるところ、かかる目的物の引渡しを内容に含む請負契約において請負人が仕事を完成させたといえるためには、請負人が当初の請負契約で予定していた仕事の最終の工程まで終えて、注文者に目的物を引き渡すことが必要である一方、必ずしも、注文者における目的物の検収を要するものではないと解するのが相当である。

そして、前記のとおり、(略)X社は、本件契約1、2及び4において予定されていた仕事の最終の工程まで終えて、Y社に目的物の引渡しをしたものといえ、これらの契約に基づき仕事を完成させたものというべきである。

イ また、仮に、X社とY社との間で、Y社による本件製品の検収をもって本件契約1、2及び4のX社の仕事の完成とする旨の合意があったと解する余地があるとしても、前記認定事実のとおり、X社とY社との間で交わされた取引基本契約書(乙4)では、Y社は、製品の納入を受けた日から10営業日以内に検収するものとされており(略)、不合格品が認められるときは、直ちに、X社にこれを通知するもの定められていたと認めることができるところ、Y社が、X社から上記の製品の納入を受けた日から10営業日以内に検査を行い、直ちに、同製品につき不合格品である旨の通知をしたものと認めることができないことに照らすと、Y社は、本件契約1、2及び4に基づく検収を完了したものと認めるのが相当である。

以上のように述べて、未払い代金の限度で本訴請求を認容した(仕様提示が遅れたことや、量産中止をしたことによる損害賠償請求の主張は退けた。)。

若干のコメント

細かな争点がたくさんありましたが、本エントリーでは、「検収をしていないから代金を払わない」というユーザの主張の適否の部分のみを取り上げました。

裁判所は、請負契約であれば、検収をしたかどうかではなく、予定していた工程を終えて目的物を引き渡したかが必要であり*1、「必ずしも、注文者における目的物の検収を要するものではない」と述べています。また、本件に関しては、取引基本契約で、みなし検収の条項があり、異議を述べていないことから、検収もあったとしています。

多くの契約書では、目的物の納入、検査・検収という手続を定めているにもかかわらず「必ずしも検収を要するものではない」と明言されてしまうと戸惑いますが、検収という手続を経ることで報酬請求権発生を明確にするという意義があり、ベンダとしても検収を促すことは必要です。

*1:「予定していた工程を終えたか否か」を基準とする裁判例は、システム開発に関する請負契約だけでも東京地判平22.1.22東京地判平14.4.22など、多数あります。