IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

サービス利用契約の成否 東京地判令3.8.3(平28ワ13520)

5年間のクラウドサービス利用契約等が成立したと主張し(予備的に契約締結上の過失を主張し)、途中解約に伴う損害賠償等を請求したが、いずれも認められなかった事例。

事案の概要

X(原告)は、Y(被告)の次期基幹系システム構築プロジェクト(本件プロジェクト1)に関し、「クラウドファイリングサービス」(本件サービス)の導入・提供費用として、初期費用約3600万円、月額費用約290万円とする見積書を提示し、Yは、2015年8月26日の経営会議を経て、本件サービスの利用方針を了承する旨を伝えた。

Yは、上記プロジェクトとは別に、注文書や契約書等のペーパーレス化等の検証をするプロジェクト(本件プロジェクト2)を発足させ、Xは、同様に本件サービスの導入について、見積書を提示した。Yの担当者は、Xの担当者に対し2014年5月26日に「正式に発注させていただきたく存じます。」というメールを送信しつつ、開発・ライセンスの見積の内容に注文を付け、Xは、見積書を提出しなおした。

その後、Yは、2015年12月14日に、Xに対し、本件サービスの採用を見送ったとして、作業の一部(機能設計費用として750万円)を支払うこと、サービス提供を2016年3月31日までとすること等を通知した。

Xは、本件プロジェクト1に関して本件契約1が成立していること、本件プロジェクト2に関して本件契約2(利用期間5年間)が成立していることを前提に、Yによる解約が債務不履行であるとして、約4.4億円の損害賠償を請求し(主位的請求)、仮に成立していないとしても、信義則上の義務に違反した(契約締結上の過失)として、同額の損害賠償請求を行った(予備的請求)。

ここで取り上げる争点

本件契約1,2について、それぞれの成否及び契約締結上の過失の有無

裁判所の判断

本件契約2の成否について

Xは、概算見積書を提示したことによって、本件契約2の申込みを行い、Yがメールによって承諾したため、契約期間5年間とする本件契約2が成立したと主張していた。裁判所は、おおよそ次のように述べて本件契約2の成立を否定した。

  • 見積書には、社印・代表者印もなく、正式な見積書とは認められないこと
  • 5年分の本件サービスの利用料金額を具体的に特定しておらず、納期や支払方法も別途相談となっていること
  • むしろ、本件サービスを10か月間に限定する注文書を提示していて、利用期間を区切って契約を締結している
本件契約1の成否について

Xは、概算見積書を提示したことによって本件契約1の申込みを行い、Yが経営会議で承認されたことを告知したことを以って承諾したため、本件契約1が成立したと主張していた。裁判所は、おおよそ次のように述べて本件契約1の成立を否定した。

  • (正式な見積書とは認められないことについて本件契約2と同じ)
  • 経営会議では、本件サービスを利用する方針を了承したにとどまり、本件契約1に関する具体的な意思決定は認められないこと
  • Xの担当者が、経営会議後に、発注をコミットする文書の提示がないことについて残念に思う旨のメールを送信しており、本件契約1が成立していないことを認識していたこと
本件契約2に係る契約締結上の過失の有無について

Xは、契約期間5年を前提とした値引きを行っているのだから、誠実に本件契約2の成立に努めるべき信義則上の義務を負っていたと主張した。しかし、裁判所は、当初の見積書には「契約期間につきましては、5年契約でお願いいたします。」との記載がありつつも、後の見積書には、「ご契約期間:2014年12月~2015年3月」などとなっているなど、5年間との記載はなく、Xも契約期間を5年とする期待を有していないとして、契約締結上の過失を否定した。

本件契約1に係る契約締結上の過失の有無について

Xは、経営会議で承認された旨を伝えられたことにより、本件契約1の内容が確定したと信じたのであって、本件契約1の成立に努めるべき信義則上の義務を負っていたと主張した。しかし、裁判所は、次のように述べて否定した。

本件経営会議の決定内容は,本件プロジェクト1に関し,本件サービスの利用に対する方針を了承するものであったと認められ,本件サービスが本件プロジェクト1に実際に何らかの形で採用されることについてのXの期待を強めるものであっても,本件サービスの利用に対する方針といった抽象的な程度を超えて,将来の契約における具体的な内容や利用条件(略)について了承をするものであったと認めるに足りる的確な証拠はない。そうすると,本件経営会議の決定が,Xに対し,本件契約1の契約内容と利用料金が確定したとの合理的期待を持たせるものであるとまでいうことはできない。

また,Yは,最終的に,本件プロジェクト1に本件サービスを採用しない旨の決定をするに至ったが,その原因は,XとYが,本件経営会議から同決定までの間,本件経営会議の決定内容に対する認識の違いを背景として,①具体的な契約を締結する範囲,その時期及び条件,②Yが将来の契約について何らかのコミットメントをするのか,③Xの倒産及びセキュリティに関するリスクへの対策の3点をめぐって対立し,交渉を重ねたものの,双方が折り合えなかったことであるというべきである。(略)XとYが上記①ないし③について折り合えなかったことについて,Yが一方的に責めを負うものであり,Yの上記決定が信義則に反するものとまでいうことはできない。

裁判所は、信義則に反するとまではいえないといいつつ、Xに生じた損害について検討しているが、いずれも信頼利益には含まれないとして、損害として認められないとした。

若干のコメント

本件は、2つの契約について、いずれも契約の成立・契約締結上の過失を否定した事案です。しかし、裁判所は、一切の契約が成立していないと判断したのではなく、Xが主張する「本件契約」(有効期間が5年間)が成立していないとしたものです。経営会議において本件サービスを利用する方針を了承した、という事実があったにもかかわらず、契約の成立を否定した、という部分だけを取り上げれば、裁判所は、契約の成立について極めてコンサバティブに考えたのかもしれないと思われるかもしれませんが、契約条件が整わず、追ってXから提示された見積書、注文書から契約期間が10か月とする契約が締結されたことが認定されており、純粋に契約の成否が問題となった事案だとは少し異なります。

結局、Xとしては、5年の長期契約を期待していたものの、トライアル的に使用した結果、短期間で終了してしまったことを不服に感じていたことは理解できるものの、段階的に契約を締結していたという事実から、そのような期待は、契約締結上の過失論によっても救済されることはありませんでした。

上記のように、契約の成立、契約締結上の過失はすべて否定されたため、損害論について触れる必要はなかったように思われますが、本判決では、丁寧に損害の発生、範囲についても検討されています。