IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

契約の成否・契約締結上の過失 東京地判平26.10.31(平25ワ21216)

NDA・基本契約までは締結されたが,具体的な契約が締結されないまま半年近く作業が行われれて終了したという事例。

事案の概要

Yは,富裕層向けサービス(本件サービス)を企画し,Xに対し,予算の上限1000万円と伝え,ウェブサイト開発の提案を依頼した。Xは,平成24年10月5日に本件サービスの企画,設計,開発に関するプレゼンテーションを行った。YのB社長は,「ほぼこれで決まりだ」という趣旨の発言をした。


そのプレゼンテーションの後,XとYの担当者間でメールのやりとりが行われ,システムの仕様,運用方法に関する打ち合わせも何度か行われた。同月18日には,XY間で秘密保持契約が締結された。


同年12月上旬ころまでに,Xは,コンセプトマップ,ユーザージャーニーマップ,ページ遷移図のほか,ページレイアウト図,デザインの一部,機能リスト等を作成した。


YはXに対し,平成25年1月15日,基本契約書の稟議が承認されたことを通知し,同日ころ,それぞれ押印した。


XはYに対し,同年2月8日に,メールにて企画・設計500万円,デザイン・開発・テスト500万円とすること等を含む発注書の文案及び発注仕様書の案をメールで送付した。


XはYに対し,同年2月8日ころまでに業務委託報酬を全額前払いしてもらえない限りチームを解散しなければならない旨を告げ,Yも構わないと回答した。


Xは,その後も再度プレゼンテーションを行ったが,Yは同年4月23日に,Xに対し,本件サービスにかかるプロジェクトについて業務委託の意思がないことを告げた。


Xは,Yに対し,主位的にはシステム企画開発に係る業務委託契約が成立し,履行をしたとして,525万円の報酬請求をし,予備的にはYに契約締結上の過失があったとして,Xが被った損害の約470万円の賠償を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)契約の成否
(2)契約締結上の過失の存否

裁判所の判断

争点(1)について,裁判所は契約の成立を否定した。

XとYとの間では,本件サービスに係るシステム開発の業務委託について,委託報酬の支払条件や本件サービスの仕様に関し最終的に確定するまでには至っておらず,具体的な発注もなされていないのであるから,同委託契約についての合意が成立したとは認められない。(略)
たしかに,(略)XY間では,秘密保持契約を締結するとともに,本件基本契約書が作成されている。しかしながら,(略)平成24年10月5日時点で,最終的に本件サービスのシステム開発をXに委託することまでは確定しておらず,今後,契約交渉及び仕様の確認作業を行っていく段階であることがうかがわれる。そして,Yが,本件基本契約書に基づき,業務内容,委託代金,納期等を定めた注文書を発行した事実は認められず,(略)Xが提示した支払条件についてYが了承した形跡もないまま,YからXに対して本件サービスのシステム開発を委託する意思がないことを伝えるに至っていることに照らすと,Xの上記主張は採用できない。


Xが,本件サービスのシステム開発に係る業務の一部を履行していたことについては認めつつも,裁判所は争点(2)についても否定した。

たしかに,(略)本件サービスのシステム開発については,当初,平成24年11月中の運用開始を予定していたことから,契約交渉と開発作業が並行して行われ,(略)Xは,その一部の業務を遂行していた。しかしながら,(略)XとYとの契約交渉は,同年10月下旬には,報酬の支払条件及びYの財務諸表の開示を巡って進展がみられなくなり,Yからは,契約交渉と開発作業を同時並行で進めるのではなく,契約の締結を先行させることが提案されるに至っている。さらに,YからXに対し,同年11月上旬には,本件サービスの納品期限について,平成25年3月でもかまわない旨が伝えられたことなどを考慮すると,Xにおいて,本件サービスのシステム開発に係る委託契約が締結に至らない可能性のあることはある程度認識し得た上,納品期限との関係で,システム開発を先行させる必要性も乏しくなっていたというべきであり,これらの経緯等に鑑みれば,Yが,Xに対し,同委託契約が締結されることについて過大な期待を抱かせ,本件サービスのシステム開発作業を行わせたとまではいえない。したがって,Yについて,契約締結段階における信義則違反は認められず,Xの前記主張は採用できない。

若干のコメント

本件のような契約の成否をめぐる争いは,よくある紛争類型の一つですが,裁判所は契約の成立も,契約締結上の(発注者の)過失も認めませんでした。


しかし,システムの規模が1000万円程度で,ベンダXが契約の成立まで約半年くらいプレゼンや作業に関わり,一部の作業が実施されていたことが認められながらも,ユーザYの責任が一切認められていないのはXにとってはやや酷な気がします。


システム開発の上流工程の場合,無償の提案活動の一環なのか,有償の業務なのかの区別がつきにくいだけでなく,ベンダも厳しい納期に間に合わせたり,声をかけた協力会社の稼働を維持するために,リスクを承知で先に作業を進めてしまうということがよくあります。


本件におけるXも,やや前のめりになって進めてきた面は否定できないものの,手順前後ながらも基本契約と秘密保持契約の締結に向けて働きかけ,締結に至るように進めるなど,契約を意識していたことは事実のようです。しかし,裁判所には「委託契約が締結に至らない可能性のあることはある程度認識し得た上,納品期限との関係で,システム開発を先行させる必要性も乏しくなっていた」と認定されてしまいました。


この種の事案のたびに繰り返し書いていることですが,契約不成立の可能性がある中で作業に入らざるを得ない場合には,せめて担当者ベースでも内示書等をもらうなどして,契約締結の意思を確認することはしておきたいものです。