IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

契約の成否(担当者の契約締結権限)東京高判平29.9.27(平28ネ2882)

担当者同士の合意を認めつつも契約成立を否定し、一部について商法512条の相当報酬請求を認めた事例。

事案の概要

Xは、Yから、Q言語という言語で書かれたコンピュータプログラムをCOBOLに変換するソフトウェア(本件ツール)の開発等の業務の依頼を受けたとして、本件業務委託契約が成立したと主張し、Yに対し、同契約に基づく報酬請求権または商法512条に基づく相当報酬請求権として、合計約6800万円の請求を行った。

Xは、本件ツールを開発し、Yに納入するとともに、その後も、Q言語変換作業を実施するなどして、個別契約代金として合計約1.4億円の支払をうけていた。

原審(東京地判平28.4.27(平25ワ26555))は、本件業務委託契約の成立は認められないが、一部の業務(開発業務)について商法512条を適用して、相当な報酬として約1700万円の限りで一部認容したため、Xが控訴し、Yは付帯控訴した。

ここで取り上げる争点

(1)本件業務委託契約の成否
(2)相当報酬額請求の可否

裁判所の判断

(1)    契約成否について

Xは、Yのc部・副技師長Dには契約締結権限があり、Dと、Xの開発部長Eとの間で本件業務委託契約についての合意が成立したと主張していた。裁判所は、DとEとのやり取り等から、「Y・b本部c部の副技師長であったDは,平成20年4月ころ,Xの担当者との間で,口頭により,本件業務委託契約を取り交わしたものというべきである。」と認定しつつも、おおよそ、次のように認定して契約の成立を否定した。

  • Yにおける物品及び役務の調達に係る契約締結権限は、調達課にあるところ、Yの企業規模等からみて、軽々にc部に移譲されていたとは考え難いから、Dに法的拘束力を生じさせるような合意を成立させる意思を有していたとみるのは無理がある
  • Yの調達課は、Xを含む取引先に「弊社内では調達部門による正式手配をせずに,申請元部門から取引先殿へ作業着手依頼をすることの無い様に指導しております。」という文書を配布していて、Eもこれを見ていた
  • Xが主張するような工数清算方式はYに大きな負担が生じるリスクがあるところ、本件業務委託契約の申込みに関する契約書や注文書等の書面が作成された形跡は見当たらない
  • XY間でやり取りされた「山積表」では、「未発注の残高」が確認され、発注済みの残高確認書とは区別されていた
  • XY間の会議において、XのE部長の発言にも「契約自体は存在していない」といった発言があった
(2)    相当報酬額について

商法512条*1の「他人のために行為をしたとき」について

商法512条にいう「他人のために」とは,その行為の法律上又は事実上の効果がその他人に帰属することをいう。したがって,ここで「他人のために行為をしたとき」に当たるためには,行為者の主観においてそうであるだけでは足りず,客観的にみて,他人(報酬の被請求者)のためにする意思でもって行われたものであることを必要とするが(最高裁昭和50年12月26日第2小法廷判決・民集29巻11号1890号参照),自己の利益を図る意思と併存しても当該要件の充足を妨げるものではない

以上を踏まえ、

①    Yのb本部c部副技師長のDは,同部長(C)及び同本部長(H)の了解の下,平成20年4月頃,Xに対し,本件業務を依頼したところ,Xは,この申入れを受け,同月,Dらとの進捗会議により本件ツールの内容を決定した上,Xの社員多数をYのeオフィスに常駐させ,Yのサーバー等を利用して,本件ツールの開発に着手し,その企画,設計,構築を行うとともに,システムテスト,運用テストを実施して同年9月頃までには本件ツールを完成させたこと,

②    本件ツールの開発についてはXとYの双方が利益を上げることが念頭に置かれていたことは否定し難く,実際に,本件ツールを使用した本件サービス事業で利益を得ているほか,Dも当初はY社内の研究開発費により開発費用を支弁しようと試みた経緯があること

③    開発及びカスタマイズの効果である本件ツールはYのサーバーに保存されており,XはYの同意なしにそれを利用できないこと

④    Yは本件ツールを用いたQ言語変換サービスを自社のホームページに掲載していること(甲4)を総合すると,本件業務は,その効果がYの利益に資するものであって,客観的にみて,XがYのためにもする意思をもってされた行為であると認められるから,商法512条の「他人のためにした行為」に当たる

とした(改行位置等修正)。そのうえで、個別の業務に関する単価・報酬額について審理し、原審よりも請求額を拡大して、約3100万円の限度で認容した。

若干のコメント

システム開発取引において契約の成否が争われた裁判例は少なくないですが、本件のように、担当者間(発注者側のD副技師長と、受注者側のE部長)で「口頭により」「本件業務委託契約を取り交わした」と認定されながらも、Dには契約締結権限がないとして、契約の成立を否定したという事例は珍しいように思います(契約成立を否定した事例の多くでは、担当者間での合意すら認めていないため。)。

契約締結権限は、代表者のほか(会社法349条1項)、支配人(同11条1項)や特定の時効の委任を受けた使用人(同14条1項)にも認められますが、内部的な職務権限は外部からは分からないため、事後的に「(発注担当に)契約締結権限がなかった」と言われて代理権を否定されると、なかなかベンダとしては辛いものがあります。実際に原審では、Xは、代理兼授与行為による表見代理民法109条)や、使用人による行為(会社法14条1項)を主張していました(認められていません。)。

本件では、わざわざYの調達部門が「弊社内では調達部門による正式手配をせずに,申請元部門から取引先殿へ作業着手依頼をすることの無い様に指導しております。」と書かれた文書を配布していたという事情が、契約締結権限を強く否定する方向へ作用したものと思われます。

もっとも、それで一刀両断にXの請求を否定したのではなく、一定の事項について商法512条に基づく請求を認容しており、Xへの配慮が見られる事案でした。いずれにせよ、うやむや、なし崩し的に作業に着手することのリスクが露見した事例だといえます。

 

*1:商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。