IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

追加代金支払請求の可否 東京地判平23.3.30(平21ワ15799)

書面による合意を超える部分の代金を,事後的に調整することが予定されていたかどうかが争われた事例。

事案の概要

Aから本件システムの開発を委託されたYは,Xとの間で,平成19年1月26日に業務委託基本契約を締結した。本件基本契約には,個別契約は,注文書・請書の手交によって成立すること(2条1項)などが定められていた。


本件基本契約に基づいて,第1から第9までの個別契約が順次締結され,平成20年3月にXからYに成果物を引渡し,個別契約の代金合計約5800万円が支払われた。


Xは,Yに対し,平成20年3月の納品直前に,開発作業を通じて少なくとも2700万円の持ち出しが生じて厳しい状況にあることを伝えたが,Yの担当者は,今後の改修案件での工数の上積みによって埋め合わせをすることができるよう努力するなどと述べたメールを送信した。


Xは,Yに対し,①主位的に,事後的に金額を調整するとの合意があったとして業務委託代金として,予備的に,②不法行為に基づく損害賠償金,不当利得金又は商法512条に基づく報酬として,前記の約2700万円を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)金額を調整するとの合意の有無
(2)不法行為の成否

裁判所の判断

争点(1)について。

Xは,見積書はYの指示のまま作成したものであり,後に調整することが条件であったと主張していたが,裁判所は以下のように,個別契約所定の金額を請負代金とした請負契約が締結されたと認定し,Xの主張を否定した。

本件個別契約の契約額については,Xによる見積書の作成に先立って,Yから工数等を記載した見積書サンプルが送付されたにしても,(略)その内容は,平成19年5月30日のXの概算見積内容を前提とし,当初予定されていなかった要件定義作業も終了した後である平成19年8月下旬に,これらの分を含めた工数の変更調整がなされたものであり,しかも,Xは,基本設計も終了した後である同年12月13日,Yの求めに応じて上記調整内容に沿う内容の見積書を作成日を遡及させて提出するなどし,その後も,(略)計5人月分の追加発注を受けたとの経緯も認められるところである。

争点(2)について

Xは,Xが受託した業務は下請法適用取引にあたり,Yが下請代金を一方的に定めて調整を許さなかったのは,「通常払われる対価に比し著しく低い下請代金を不当に定めた」(下請法4条1項5号)ものであって,不法行為に該当すると主張していたが,裁判所はこの主張も退けた。

代金合意及びその経緯については,(略)Xは,空港系支援業務との作業名による計5人月分の追加発注を受け,また,実体のない契約の締結や当該代金名下での支払をも受けるなどしていたとの事実も認められるところであり,これらの経緯に照らした場合,Yが,Xに一定の行為を強いうる地位にあったものとは認められない。そして,甲31及び甲40にある押し付けや無理矢理といった表現部分等にしても,その内容は曖昧であり,本件全証拠によっても,Yが代金を不当に定めたとの事実は,これを認めるに足りないことから,不法行為の主張はその余の点について検討するまでもなく理由がない。

若干のコメント

注文書・請書が取り交わされたものの,スコープが広がった,想定以上の工数がかかったことなどに起因して,それを超える追加代金を請求するケースは少なくありません。そういった場合の追加請求の根拠としては,①追加支払いの合意の存在,②商法512条に基づく請求,③不法行為・契約締結上の過失等が挙がってきますが,本件も同様でした。


しかし,本件の場合,合計で9つの個別契約が締結されており,その契約の数も当初から決まっていたものではなく,追加の要請があったときに逐次的に締結されていました。さらには,そのうちの一部は実体のないものもあったとされ,追加代金についてはすでに当事者間で調整済みであると判断されています。