IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

マイグレーションの失敗 東京地判平28.10.31(平23ワ10498)

複数の個別契約を順次締結しながら進められたAS/400からのマイグレーションプロジェクトが頓挫した場合におけるベンダの責任の範囲が争われた事例。
※なお,本件は控訴審判決(東京高判平29.12.13)も出ている*1。なお,原判決には更正決定も出ており,主文が変更されていると思われるが,その具体的内容は不明。

事案の概要

Y(ユーザ)は,いわゆるレガシーシステムである本件旧システムを利用していたが,これをJavaベースのオープン系システム(本件新システム)に刷新するため,X(ベンダ)に開発を委託した。予算は,物流・販売業務システムを含めた全体で25億円,最大でも30億円で,平成21年9月が稼働開始予定とされた。


平成19年9月3日にXY間で基本契約を締結し,同日,物流システムの開発を委託する旨の個別契約を締結した(代金7億7000万円)。Xは,当該個別契約に基づいて,物流システムを開発し,平成20年8月には,物流システムの運用が順次開始され,Yは,物流システムを利用して業務を行っている。YはXに対し,物流システム開発の代金のほか,本件新システムの開発にかかる費用として,平成20年3月までに,合計で約16億円支払った。


他方で,販売システムは,物流システムより遅れて協議を開始した。準備作業としての分析作業を実施したところ,Xは,Yに対し,平成20年5月に,販売システムの開発見積もりとして,約25億円を提示した。この見積はスクラッチ開発をベースとしたものであったが,当初予算を大幅に超過するとして協議したところ,Xは,マイグレーション及びリファクタリングによって販売システムを開発することを提案した。


この手法は,RPGで書かれた本件旧システムのコードを,コンバータを用いて機械的Javaに変換し(マイグレーション),その見直しを行う(リファクタリング)という方法である。


販売システムの開発は,フェーズごとに個別契約を締結する方法で行われた。平成20年9月29日,販売システムの要件定義作業を行う個別契約(約2億6000万円)が締結された。Xは,平成21年3月31日までに要件定義作業の成果物を納入し,Yは,全額代金を支払った。


また,販売システムの開発を目的として「第1契約」(平成20年9月26日締結。代金合計約4億8000万円)が締結され,平成21年7月31日までに合計約4億1000万円が支払われた。


同じく,販売システムの開発を目的として「第2契約」(平成21年7月6日締結。代金合計約4億1000万円)が締結されたが,本契約に基づく代金は支払われていない。


さらに,会計パッケージソフト「SuperStream」のカスタマイズを目的とした「第3契約」(平成21年7月8日締結。代金合計約3000万円)が締結されたが,本契約に基づく代金は支払われていない。


さらに,販売システムの開発を目的とした「第4契約」(平成21年11月10日締結。代金合計約2000万円)が締結されたが,本契約に基づく代金は約600万円のみが支払われた。


平成21年7月には,XからYに対し,マイグレーションが計画どおりに進捗していないことが報告された。「第1契約」の納期である同年8月28日を過ぎても第1契約の成果物を完成させることができなかった。


同年9月以降も障害が発生している状況が続き,Xは,販売システムのサービスインを平成22年10月とする案を提示したが,Yはこれに同意しなかった。


Yは,外部機関を使用した調査の結果を踏まえて,平成21年12月に,Xに対して,物流システムは不合格であること,販売システムは「通常のJavaプログラミングでは考えられない」という評価が出たとして,作業の停止を求めた。


その後,Yは,日本IBM日本ユニシスに,販売システムの品質について診断を委託するなどしたが,マイグレーション作業の再開には至らなかった。


Xは,平成23年2月,第2契約から第4契約に基づく代金の支払いがなされていないとして,残代金合計約6000万円の支払いを求めるよう催告したが,Yは支払わなかったために,解除の意思表示をした。


他方で,Yも,平成23年4月,契約解除と原状回復請求と,債務不履行に基づく損害賠償請求をした。


XとYがそれぞれ相手方に対して以下の金額を請求した。

ここで取り上げる争点

1 XのYに対する契約解除に伴う損害賠償請求の可否
2 YのXに対する第1契約の解除に基づく原状回復請求等の可否
3 YのXに対する第8契約の解除に基づく原状回復請求の可否

裁判所の判断

まず,前提として,裁判所は,納期が延長する旨の合意は認められないこと,そして,平成21年11月末日の時点において,すでに平成22年3月末日までにマイグレーション作業を完成させることができない状態にあったと認めた(いずれもXの主張が退けられている。)。


これを踏まえて各争点の判断がなされることになった。

争点(1)XのYに対する契約解除に伴う損害賠償請求の可否

Yは,第2契約等に基づくXから請求されたハードウェア代金,SuperStreamのインストール代金などを支払っていなかった。Xは,第2契約から第4契約の代金不払を理由に,第1契約から第3契約を解除したが,このような解除が可能かどうかが論点となった。


裁判所は,一連の契約が密接な関係を有していることを考慮して次のように述べた。

XとYは,本件新システムの開発業務に関し,個別業務ごとに個別契約を締結することを前提に,その基本的取引条件を定めた本件基本契約を締結した上で,その個別契約として第1〜第4契約を締結したものであるところ,本件基本契約においては,本件解除条項2号により,正当な理由なく,期限内にその義務を履行する見込みがなくなったときには,本件基本契約若しくは個別契約の全部又は一部を解除することができるものとされている。本件解除条項は,その規定上,解除の対象とされる個別契約について特段の制約を設けているものではなく,少なくとも当該個別契約と密接な関連性を有する他の契約について上記の解除事由が発生し,当該個別契約についてもその本旨を実現することができないという関係にあると認められるときは,既に当該個別契約に基づく債務が履行済みであったとしても,当該個別契約を解除することができるものと解すべきである。そして,当事者の一方が本件解除条項により本件基本契約若しくは個別契約の全部又は一部を解除し得るという場合には,当該当事者は,いきなり契約の全部又は一部について解除権を行使することのほか,信義則上,解除権を行使することなく,解除事由が消失するまで当該契約に基づく自らの相手方当事者に対する債務の履行を拒むこともできるものと解するのが相当である


以上を踏まえ,第2契約から第4契約は,いずれも第1契約と密接な関連性を有し,第1契約の成果物が存在しなければ,その本旨を実現できない関係にあるとした。その結果,Yが,第1契約に基づくXの債務が社会通念上履行不能になっていたから,Yが信義則上,このことを理由としてXからの第2契約から第4契約に係る代金の請求を拒絶し得るとした(第4契約が準委任契約であり,一定期間の作業を履行していたとしても支払いを求めることはできないとしている。)。


よって,Yが,支払いを拒絶したことは違法ではないから,Xは第1契約から第3契約を解除することはできないとされた。したがって,Xの解除による損害賠償請求は理由がないとされた。


なお,問題となった販売システムに関するXの請求は退けられているが,物流システムに関する追加作業の請求(返品に関するシステムの変更作業等)は,別個の2つの契約が成立していたとして,約2200万円の限度で請求を認めた。


そのほかにも,商法512条に基づく請求の内容である物流システムのバーコード対応については,瑕疵修補であり,実証実験作業は,Xの履行不能の責を免れるための作業であるとして退けた。

争点(2)YのXに対する第1契約解除に関する請求

すでに述べたとおり平成21年11月30日時点において,Xが平成22年3月末日までにマイグレーション作業を完成させることができない状態にあったことから,Yによる第1契約の解除は有効であるとした。よって,支払済みの代金合計約4億1000万円の返還義務があるとした。


さらに加えて,解除に伴う損害賠償請求の範囲が問題となった。


まず,販売システム業務分析作業として支払われた630万円については,「上記業務分析作業が行われたからといって,Yにおいて,必ずXとの間で第1契約を始めとする販売システムの開発に係る個別契約を締結しなければならないという関係にあるものではない」として,上流工程である業務分析作業の委託料は,第1契約の成否や履行と関わりなく支出されたものであるから,第1契約の債務不履行と因果関係のある損害ではないとした。


続いて,本件旧システムの延命に係る費用が問題となった。裁判所は,遅くとも平成22年2月には,第1契約を解除して新しいベンダに販売システムの開発を委託できる状態にあったのだから,平成23年4月まで第1契約を解除しなかったのは,Yの判断によるものであって,解除をし得る状態にあったときから開発に要する期間である25か月分を超えるものについては相当因果関係のある損害ではないとした。Yの請求額約1億0700万円のうち,約3200万円についてのみ相当因果関係があるとした。


同様に,本件旧システムの保守費用相当額についても,解除しうる時期から25か月分について,少なくとも50%程度は免れたと考えられるとし,約1億1500万円について相当因果関係がある損害だとした。

争点(3)第8契約の解除に関する請求

第8契約はすでに完了した契約であったため,これが第1契約の履行不能によって解除が可能であるかどうかが争点となった。


しかし,すでに述べたとおり,「少なくとも当該個別契約と密接な関連性を有する他の契約について上記の解除事由が発生し,当該個別契約についてもその本旨を実現することができないという関係にあると認められるときは,既に当該個別契約に基づく債務が履行済みであったとしても,当該個別契約を解除することができる」と述べて,第8契約は,マイグレーション手法による販売システムの開発のための要件定義作業であるから,密接関連性があるとして,解除ができるとした(既払い金全額の約2億6300万円)。

結語

以上より,XのYに対する請求は,物流システムの仕様追加に関する請求として,約2200万円の限度で認め,YのXに対する請求は,第1契約,第8契約の既払い金の返還,本件旧システムの延命と保守費用として,合計で約7億9000万円の請求を認めた。

若干のコメント

最近,大規模なシステム開発訴訟の判決がちらほらとみられるようになりましたが,レガシーのリホスト,マイグレーションと呼ばれるタイプの大型訴訟の判決は初めて見たような気がします。マイグレーションとは,広義では基幹システムの移行を指すと思われますが,よく使われるのは,レガシー(ホスト,オフコン)からオープンシステム系への移行を意味します。


かつてダウンサイジングなどと呼ばれたときは,業務改革・改善を伴って,一からオープン系のシステムを企画,設計するという方法が採られていたと思われますが,期間・費用の問題から,ホストのプログラムを機械的にオープン系に変換するというツールを用いて,要するに「そのまま」移行するという方法を用いるときに「マイグレーション」と呼んでいるように思います。


Aという旧式の言語から,機械的にBという新しい言語に変換するだけなので,簡単なように思われますが,変換ツールは万能ではなく,また,そこを手直しするにも古いシステムのロジックを誰も理解していない状態なので,「現状維持」は想像以上に難度が高く,各所でトラブルになっているということを耳にします(実際にマイグレーショントラブルの相談は少なくありません。)。


本件でも,予算を縮減するためにマイグレーションを選択したが,想像以上に難航し,スクラッチで開発する以上の費用がかかる見込みになり,前に進めなくなったという事案でした。マイグレーションの場合,「現状維持」がベースなので,通常のシステム開発と違ってユーザの協力,主体的関与の割合が相対的に低く,失敗した場合にはベンダに帰責性があるというケースが多いのではないかと思われます*2


こういう事例を見ていると,何十年も使用してきたシステムを置き換えるというのは,ユーザにとって大変リスクのあることであり,それを引き受けるベンダのリスクも相当なものだといえます。


本件における判断で注目に値するところは,(1)多段階契約における契約解除の範囲,(2)旧システムの延命・保守延長費用が損害になるか否か,といったところでしょう。(1)に関しては,一定以上の規模のシステム開発では,複数の個別契約で構成されることが通常ですが,本件では,メインとなった個別契約の債務不履行により,履行済みである上流工程の契約解除も認めました。(2)に関しては,ホストを延命しなければならなくなったため,その合理的期間分の費用を損害として認めました。この点は,類似の事案に影響を与えるかもしれません。


なお,本文中で割愛した認定部分(平成21年11月30日時点での進捗状況)に関して,Xが,SOFTICの紛争解決センターによる単独判定手続を申し立てたことが記載されています。この手続は,

単独の申立人が申し立てた申立事項に関し中立の第三者(単独判定人)が、判定を行う手続です。判定結果に拘束力はありませんが、ソフトウェア分野について単独判定人がもつ経験や知見の専門性に基づく判断を得て、内部的な検討の資料としたり、その判断を訴訟において援用するといったことも考えられます。

というものです*3。この結果が,一定の限度でXの主張に沿うものではあったのですが,

これは,Xのみが参加し,Xから提出された申立書,主張書面,証拠書類,期日における口頭での主張に基づいて審理された手続によるものであり,当裁判所の上記認定判断とは,その主張,証拠,手続のほか,前提とする事実関係をも異にするものであるから,その単独判定合議体が中立性,専門性を備えているとしても,当裁判所の上記認定判断を覆し得るものではない。

とされたことが注目されます。当該手続は,一定の主張・証拠の限度で判断するもので,一種の私鑑定にとどまりますから,裁判所の判断を(法的にはもちろん,事実上も)拘束するものではないということに留意しなければなりません。

*1:http://www.happinet.co.jp/ir/news/pdf/2018_3/20171213sosyo.pdf

*2:よく知られているように,新システムを開発するケースでは,ベンダ,ユーザの双方の協力関係が必要であり,失敗した場合に直ちにベンダの責任だといえないケースが相当割合であります。

*3:http://www.softic.or.jp/adr/index.htm#2