IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

契約範囲外の作業の追加報酬請求と瑕疵担保責任の除斥期間 東京地判平25.9.30(平23ワ38235)

発注者から追加で挙げられた要望の対応に関し,要望管理表に基づく工数と見積書から追加報酬請求が認められ,瑕疵修補に代わる損害賠償請求は除斥期間にかかったとした事例

事案の概要

Yは,a社から,代金2223万9000円で,a社向けのECサイト構築システム(本件システム)の開発を請け負った。その後,XとYは,本件システムの開発に関し,本件基本契約を締結し,これに基づいて, Xが本件システムを構築すること,その委託料は842万6250円とすること等を内容とする本件個別契約を締結した。Yは,そのうち210万円を支払ったが,632万6250円については支払わなかった。


Xは,本件システムを開発し,Yを通じてa社に提示し,Yは,Xに検収確認書を交付した。しかし,Xは,代金の支払いを受けていないとして,上記の残代金632万6250円を請求するとともに,本件個別契約に含まれていない追加の開発業務を実施したとして,追加の合意または商法512条に基づく報酬として,1711万5000円の支払いを求めた。


これに対し,Yは,追加開発分の契約成立を争うとともに,納品物には瑕疵があることから,損害賠償請求権にて相殺すると主張した。

ここで取り上げる争点

(1)本件個別契約に基づく報酬請求の可否(仕事の完成の有無)
(2)追加作業に関する報酬請求の可否
(3)瑕疵担保責任に基づく相殺の可否

裁判所の判断

争点(1)について


Yは,一部の機能について不具合があることなどを主張したが,裁判所は次のように述べて仕事の完成を認めた。完成の判断基準はこれまで多くの裁判例で示されたもの(最終工程論)と同様である。

請負契約に基づき報酬を請求するには,仕事を完成している必要があるところ,請負人が仕事を完成させたか否かは,請負人が当初の請負契約で予定していた最後の工程まで仕事を終えているか否かを基準として判断するのが相当である。

これを本件についてみると,本件個別契約の業務の内容は,設計,プログラムの作成,テスト,ドキュメントの作成をした上で,これらを納品することであるところ,Xは,本件プログラム一式及び成果文書を完成させた上,納品しており,本件プログラム一式に対してはYも本件検収確認書を発行したことが認められる上,成果文書に関しても,Yは,納品を受けてから20営業日以内に検査結果の通知を行っていないと認められるから(弁論の全趣旨),本件基本契約14条4項により,納品日である9月30日をもって検査に合格したこととなる。

したがって,Xは,本件個別契約で予定された最後の工程まで終えたものであり,仕事を完成させたと認められる。


争点(2)について

裁判所は,追加作業について,次のように述べて,要望管理一覧表の記載に基づいて,見積書記載について追加の個別契約が成立していたとした。

(X担当者)とY担当者のCとの間では,a社から提出された多数の要望等について,本件個別契約見積書の範囲内か否かについて認識を共通化しつつ,その範囲外であるものについては別途報酬の支払を予定して,本件要望管理一覧表に「見積想定」欄と「追加工数」欄を追加して共有していたのであるから,本件要望管理一覧表のうち,上記「見積想定」欄に「外」と記載され,かつ(X担当者)が対応のため作業等を行って「対応」欄に「済」と記載された要望項目に対して(X担当者)が行った本件開発(6月期)及び本件開発(7月期)については,CとXとの間で,本件個別契約の範囲外の追加開発であるとの認識を共有していたものと認められる。

(略)

そして,本件要望管理一覧表と本件追加作業一覧表は,それ自体には作業単価や出来高額は記載されていなかったものの,Xは,それまでにもこれらの作業の単価が5万円であることを口頭又はメールで伝えていた上,最終的には,9月12日に本件各書面をYに提示し,そのうちの本件見積書(甲7)をもって,単価と出来高額を書面化したものである。


Yは,本件基本契約には,注文書等の書面によって承諾があった場合にのみ契約が成立するところ,事後的に差し入れられた見積書は,この書面にはあたらないと主張していたが,裁判所は次のように述べて,Yの反論を退けた。

そもそも,当該規定の趣旨は,ソフトウェア開発に係る請負契約について,書面がないままでは,後に,注文者であるYと請負人であるXとの間で,契約の成否について紛争が発生するおそれがあることから,このような紛争の発生を防止することにあると解されるのであり,Xによる書面の作成は,成立する契約の内容が当事者間で合意されたものであることを担保するために要請されるものというべきである。このような本件基本契約4条3項の趣旨に,ソフトウェア開発の個別契約を成立させるに当たって,事前に書面を作成することを常に要求することは,この種の請負契約,とりわけ追加開発に係る請負契約の実情にそぐわないものであり,XとYが,事前に書面を作成しない限り個別契約は一切成立しないという意思の下に,本件基本契約を締結したとまでは認め難いこと,そして,事前に書面が作成されない限り個別契約の要件を満たさないと狭く解釈し,事前に書面が作成されない契約に本件基本契約の各条項の規制が及ばないとすることは,当事者の合理的意思に反する結果を招来することになりかねないことなどを併せ考慮すれば,YとXが協議して取り決めた対象業務の内容をXが書面化したものである限り,その作成時期を契約前に限定する必要まではないと解するのが相当である。


争点(3)について


Yは,Xの納品物には不具合が存在しており,それによって損害が生じたとして,損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張もしていた。


裁判所は次のように述べて,瑕疵修補に代わる損害賠償請求権は1年の除斥期間にかかるとした(民法637条1項)。

Yが,Xに対し,瑕疵の内容に関する具体的な主張をして損害賠償請求権を行使したのは,別紙2の2が別紙として添付された平成24年9月4日付け準備書面を陳述した同月6日の本件弁論準備手続期日でのことであって,それまで,Yは,不具合が存在する機能のみを別紙2の1のとおり列挙しながら,機能が不存在であるか又は不完全な機能しか有せず未完成である旨の漠然とした主張をしたにとどまっていたのであり,そのような抽象的な主張は,権利関係の早期安定を図る除斥期間の規定の趣旨に照らし,請求権を保全する効果を生じる権利行使には当たらないと解される。そうすると,本件プログラム一式の検収完了日は,前記認定のとおり平成23年6月30日頃であり,Yの主張を前提としても同年7月15日であるところ,別紙2の2の内容の主張をした時点で検収完了日から1年を経過しているから,Yは,Xに対し,もはや瑕疵修補に代わる損害賠償請求をすることは許されないこととなる。

若干のコメント

本件は,システム開発紛争における多くの争点について判断した事例だといえます。


1つめは,仕事の完成について。本件は,検収確認書が交付され,本番稼働されていた事案なので,完成を否定しがたいところですが,従来から言われている「最終工程論」を用いて,完成を認めました。


2つめは,追加開発に関する合意の有無について。基本契約書には,書面によってのみ契約が成立するとしていたところ,明示的な書面がありませんでしたが,裁判所は,「事前に書面を作成することを常に要求するのは実情にそぐわない」として,要望管理一覧表と,事後的に提出された見積書とをもって契約の成立を認めました。


3つめは,瑕疵修補にかわる損害賠償請求権について。本件訴訟の提起後に提出された準備書面中の記載は,機能が不完全であるという漠然とした主張にとどまっていたとして,請求権を保全する効果を生じる権利行使には当たらないとして,除斥期間が経過したとしました。


特に2点目について,裁判所は,ベンダの救済になる判断をしたと考えられます。次々と要求があげられる中で,厳密に記名捺印した書面を取り交わさない限り契約が成立しないというのは実情にそぐわないとしています。もっとも,最低でも本件のように,各案件について工数まで含めた要求,要望の一覧について合意し,事後的にでも書面を差し入れるくらいのことをしないと,裁判所も契約の成立は認めにくいものと思われます。