IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ユーザの協力義務違反の有無 東京地判平26.4.7(平24ワ21809)

開発の遅延がベンダのみにあるのか,ユーザにもあるのかが争われた事例。

事案の概要

Xは,ベンダYとの間で,平成23年9月8日にシステム開発基本契約を締結し,同契約に基づいて,Yに対して,EC受発注管理システム(本システム)の開発を報酬合計840万円で委託した(本件個別契約)。


本システムは,a,bとその共通部分から構成され,納期は平成23年12月から翌1月初旬を目標とされていた。


Xは,同年11月25日に,Yに対し,中間金として420万円を支払った。その後,納期は,延期されたものの完成にはいたらず,平成24年6月20日に解除通知書を送付し,本件契約を解除するとともに,原状回復請求及び損害賠償請求として,合計約740万円を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)開発対象・納期

Yは,Xとの合意により,開発対象の一部が除かれたり,納期が変更されるという合意が存在すると主張していた。


(2)Xの協力義務違反等

Yは,履行が遅滞していたとしても,それはXによる協力義務違反であって,Yの責めに帰すべき事由による債務不履行はないと主張していた。


(3)Yの債務不履行と相当因果関係ある損害の額


(4)損益相殺,過失相殺

裁判所の判断

(1)開発対象・納期

この点について,裁判所は,以下のように述べてYの主張を退けた。

  • 一部について先行して導入するという合意があったからといって,報酬も減額されていないのに残部について開発対象から消滅するという合意はない
  • スマートフォン対応については,特別の仕様の議論は行われていないとしても,当初仕様に含まれており,除外するという合意はない
  • 合意された納期が単なる希望日というものではなく,期限後もXから要望が出ていたことを以って,延長する合意等が成立していたものではない


したがって,一部について完成していないことは明らかであり,仕事の完成も否定された。


(2)Xの協力義務違反等

この点について,裁判所は,次のように述べて,Yの主張を退けた。

(注:納期に関する協力義務違反)については,前記のとおり,最終の納品日については,XもYからの要望をふまえて決定していること,(注:社内調整に関する協力義務違反)については,これを裏付ける的確な証拠がないこと,(注:Yはきちんと使用確認していたこと等)についても,これらのことがYの帰責性を否定する事情とまでは言い難いこと,加えて,Y自身,Y相談書面において,従前の開発作業の進行方法について問題点があり大いに反省していること,今後は仕様を概ね確定させてから開発を進めるという改善案を提示していることも併せ考慮すると,Yの責めに帰すべき事由の不存在を認めるに足りないと言わざるを得ない。Yの主張は,採用できない。

ちなみに,上記の「相談書面」とは,YからXに対して平成24年2月に交付された書面で,以下のような内容が書かれていた。

今回の事案では,サイト開設に向けた段取りにおいて,以下のとおり反省すべき点が多いと感じております。
・ 業務に照らし合わせた仕様の詰め,確定しておくべき仕様をより徹底すべき点
・ 仕様確認のために適当な資料を当方より提示し,書類ベースで確定すべき点
・ 全体の作業進捗管理,問題点の把握が十分とは言えなかった点
このような点を鑑み,基本的な事項ではありますが,以降は下記の点を再徹底し,誠意をもって事案に当たります。
・ 開発作業を行う前段階で,業務の理解,仕様の詰めを文書ベースで徹底し,仕様を概ね確定させてから開発を進めること
・ 社内での作業レビュー体制をより充実させ,問題点や進捗遅延の兆候を早期に発見して対応するような体制を作ること


(3)損害について


裁判所が認めた損害の額は,本件システムのために第三者に支払ったバナー広告代金等約203万円,旧システム継続利用のための費用約63万円,新システムのために取得したドメイン関係費用,レンタルサーバ費用,決済代行業者の費用等,約322万円すべてについて,相当因果関係ありとした。


(4)損益相殺・過失相殺について

Yは,成果物の評価額315万円については損害から控除するよう主張したが,裁判所は,「Xが,Yが作成したシステムを利用することにより支出を免れたというような・・事情はうかがわれない」として退けた。


また,Xの過失についても主張されていたが,裁判所は次のように述べてすべてを退けた。

Xが本システムの納期を一方的に設定したとは認められないこと,Xからの要求が相次ぎYにおける作業量が増大したことは認められるものの,本件においては,Xからの上記要望が出されるようになる以前に,仕様書での明確な確認がなされておらず,Xの上記要求が仕様変更であるのか,Xの当初からの要求が実現されていないのかが判然としないことから,Xが上記のような要求をしたことをもって,Xの落ち度であるとも言い切れない。

そうすると,本件において,過失相殺をするのが相当とは認め難く,被Y告の主張は採用できないと言わざるを得ない。

若干のコメント

納期が遅延し,すべてが完成しなかったという事案において,ユーザの責任が否定され,ベンダは受領済みの代金を全額返金するとともに,ユーザが支出した費用をも賠償する義務があるとされた事例です。


確かに,ユーザからの追加要望があったことは認められたものの,それが当初の要求仕様の範囲内であったのか,仕様変更だったのかが判然としないまま進められたために,ユーザの落ち度であるとは認められませんでした。


これも近時よく言われるベンダの「プロジェクトマネジメント義務」に関する事例の一つと言えるでしょう。