IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ライセンス違反利用の損害額と標準小売価格 大阪地判平15.10.23判時1883-104

ソフトウェアの無断複製による損害賠償額の算定方法が争われた事例。

事案の概要

原告は,アドビ,マイクロソフトら,ソフトウェアの開発,販売業である(以下,まとめてXとする。)。被告であるYは,コンピュータプログラムの講習を業とする会社である。


Xは,Yにおいて,IllustratorPhotoshop,Officeなどの違法複製の疑いがあるとして,証拠保全を行い,多数の違法複製の事実が検出されたため,著作権侵害を理由として,著作権法114条2項の「受けるべき金銭の額に相当する額」として,合計で約7000万円の損害賠償請求を行った。

ここで取り上げる争点

(損害の額)


Yは,Xらは,小売店ではないから,114条2項の「受けるべき金銭の額に相当する額」は,標準小売価格ではなく,卸売価格となるべきであるとの主張を行っていた。

裁判所の判断

争点とは外れるが,実際に違法複製したプログラムの数について,事実が争われた。証拠保全の際のやり取りについて興味深い事実認定がある。

Macintoshサーバーコンピュータについては、不可視フォルダとしてAdobe Illustrator5.5があり、クライアントコンピュータから接続できない状態になっていた。そこで、裁判官が、9階にいたYに対し、この不可視状態を解除するように申し入れた。ところが、その15分後には、当該不可視フォルダそのものが消去されていた。

本件プログラムにつき、通常のアンインストール作業を行わなかった結果と思われるエラー表示がみられた。例えば、「関連付けるアプリケーションの設定エラー」、「ショートカットエラー」、「既定のフォルダが開けない」、「ロードできない」、「動作していない」旨の表示がされたものがあった。Mac版においても、エイリアスからアプリケーションを開くことができない旨のエラー表示があった。さらに、およそ通常は行われない削除の形跡もみられた。例えば、Office2000のフォルダそのものが「ごみ箱」の中にあった。

また,証拠保全の際には対象のPCにおいてソフトウェアの複製の事実が確認されていなくても,それらを使用して作成したとみられるファイル(.xlsや,.mdbなどのファイル)のショートカットが「最近使ったファイル」というフォルダに残っていたりした。


その結果,裁判所には極めて悪印象であったようである。

本件証拠保全手続の検証結果によれば、単にインストールやアンインストールの操作にとどまらない、本件プログラムの使用を前提としたファイルの存在が認められるほか、操作ミス等では合理的に説明できないほどの不自然な痕跡が多数残されているのであって、このような痕跡は、Yらにおいて本件証拠保全手続を契機として短時間のうちに異常なプログラム消去を行おうとしたためであると推認せざるを得ない(本件証拠保全手続の検証開始に当たり、Y側の申し入れにより、30分ほどの待機を余儀なくされており、その時間的余裕がなかったとはいえない。)。また、Yらは、本件証拠保全手続の検証結果に照らし、複製の事実が比較的明白なもののみのインストールを認め、使用の痕跡にとどまるものは否認するという主張態度に終始するばかりか、本件証拠保全手続の際のYの指示説明とも大きく相違するから、この点でも、Yらの主張は採用することができない。


損害については,裁判所は次のように述べた。

著作権法114条2項(略)にいう「受けるべき金銭の額に相当する額」は、侵害行為の対象となった著作物の性質、内容、価値、取引の実情のほか、侵害行為の性質、内容、侵害行為によって侵害者が得た利益、当事者の関係その他の訴訟当事者間の具体的な事情をも参酌して認定すべきものと解される。そして、本件に現れたこれらの事情を勘案すると、本件においては、Xらが請求できる「受けるべき金銭の額に相当する額」は、本件プログラムの正規品購入価格(標準小売価格)と同額であると認めるのが相当である。

なお,Xらは,

〈1〉プログラムの違法複製による被害の甚大性、〈2〉被告会社の行為の高度の違法性、〈3〉正規品の事前購入者との均衡、〈4〉社会的ルールの要請を根拠に、本件プログラムの正規品購入価格(標準小売価格)の2倍を下らない

と,倍額の賠償を求めていたが,裁判所はこれを否定した。


他方,Yは,卸売価格とすべきであると主張したが,

違法行為を行ったYらとの関係で、適法な取引関係を前提とした場合の価格を基準としなければならない根拠を見い出すことはできない。

と,一刀両断にされた。

若干のコメント

本判決は,違法複製による損害賠償額は,正規小売価格であって,卸売価格ではないとしました。こうしたソフトウェアは,権利者であるAdobeなどから,多段階の代理店を経て販売されていることから,仮に末端価格である正規小売価格を賠償すると,直接取引となるため,通常の正規取引よりも権利者を利することになるのではないかという疑問が生じるところです。


ところが,裁判所は,証拠保全当時のYの態度も相俟って,特段の理由も付さずに正規小売価格であると判断しました。この点については,疑問を呈する説も少なくないようです*1。なお,Xらの主張する「2倍が相当である」という点は退けており,懲罰的賠償を否定した事例としても知られています。


ソフトウェアの不正利用による損害賠償請求事件で有名なのは,ほかに,東京地判平13.5.16判時1749-19*2があります。

*1:渋谷達紀「著作権法」451頁では,「この解釈には無理がある」とし,「著作物の複製物の販売について受けるべき金銭の額に相当する額を損害額とみなしていることになるので,規定の文理にも反する」と述べられています。

*2:この事案も,正規小売価格を以って損害額としましたが,特に被告が算定方法について争っていないように思われます。また,本件では,後に正規品を購入したとしても,賠償額が減額されるわけではないとしています。  http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20091229/1327130164