IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ソフトウェアの不正改変による損害額の算定 東京地判平19.3.16(平17ワ23419)

ライセンス管理情報を改変し,すべてのモジュールを使用可能にした場合における損害額が争われた事例。

事案の概要

仏ソフトウェアメーカーXが,ユーザであるYに対し,Yが行ったソフトウェアの改変行為が,翻案権,複製権侵害,権利管理情報の改変行為(著作権法113条3項2号)にあたるなどと主張し,ソフトウェアの使用差止め,廃棄のほか,約17億円の損害賠償の支払いを求めた事案。


本件の対象となったソフトウェアは,著名なCADソフト(本件ソフトウェア)である。Yの従業員は,11台のコンピュータにおいて,本件ソフトウェアのライセンス情報を管理するファイルを改変することによって,本件ソフトウェアのすべてのモジュールを使用できる状態にしたとされている。

ここで取り上げる争点。

(1)翻案権・複製権侵害の成否
(2)損害額

裁判所の判断

争点(1)について。

Yは,変更を加えたのは,管理ファイルの制限態様であり,これを変更すれば本質的特徴を変更するものであるから翻案権の保護は及ばない,本件ソフトウェアの創作性に何ら変更を加えておらず,新たな部分を追加しただけだから翻案に当たらないと主張していた。裁判所は,翻案権侵害を認めるとともに次のように述べた。

著作物の一部に変更を加えることによって,当該変更部分だけの複製権侵害となるだけでなく,著作物全体の翻案権侵害となることがある。(略)本件ソフトウェアは,前記(1)のとおり,使用が制限された状態から使用が制限されない状態になったものであるから,実質的に見れば,その創作性に変更がないものとはいえない。

また,使用が制限された状態でインストールされたソフトウェアについて,制限を解除した行為については*1

これを実質的に観察すれば,使用が制限された状態でインストールされていたモジュールをアンインストールし,使用が制限されない状態のモジュールを新たにコンピュータのハードディスクにインストールしたことと同視することができるから,本件改変行為により,本件ソフトウェア中の使用許諾を受けていないモジュールにつき,ハードディスクへの複製行為があったと考えることができる。

争点(2)について。

裁判所は,「基本的考え方」として次のように述べた。

Yは,本件改変行為により,本件使用許諾契約で使用許諾された範囲を超えて,11台の各コンピュータで,すべてのモジュールを使用でき,かつ,本件ソフトウェアを同時に使用できるようにしたものであるから,著作権法114条3項の適用による損害額は,11台につき使用可能となった本件ソフトウェア全体の使用許諾料相当額を算定し,それから本件使用許諾契約に基づく支払額を控除して算定すべきである。

本件ソフトウェアの価格体系では,すべてのモジュールが使用可能なライセンスというものが存在しなかったため,標準構成パッケージ製品と,個別に購入可能な各モジュールの価格を組み合わせて算出することとされた。その際,もっとも高価なモジュールが含まれているパッケージをベースに算定した。


また,一部の「高度に専門的な機能を有するモジュール」については,「現実的には,Yにおいて使用することが困難である。」などとして,対象に含まれなかった。


その結果,1台あたりの基本ライセンスが,約1億2700万円,年間ライセンス料は約1500万円と試算された(合計で約1億4200万円)。そして,その11台分の合計額から,正規のライセンス料として支払った額を控除した結果,約15億1400万円となった。


Yは,実際に使用したモジュールのみを対象に算定すべきであると主張したが,複製・翻案行為の時点で著作権侵害が成立することや,Xが従量制の課金体系を採用していないことからこれを否定した。


また,著作権法114条3項を適用するにあたっては,Xが受けるべき金額(卸売価格)であって,エンドユーザであるYが支払うべき小売価格ではないと主張していた。この点については,

Xが現実に行っているライセンスが第三者を介在させたサブライセンスの形態であるとしても,著作権法114条3項の損害の算定は,Xが直接Yとライセンス契約を行う場合を想定して行うことができると解されるから,Yの上記主張は,採用することができない。

として否定した。


上記の114条3項による計算額に加え,X代理人の弁護士に対し「着手金及び成功報酬として1億円を支払うことを約したことが認められる。」としつつ,一切の事情を総合して,損害額の5%程度である7500万円の弁護士費用を損害額として認めた。

若干のコメント


本件では,基本ライセンスが,モジュールごとに1本あたり40万円から400万円くらいする高額のソフトウェアについて,すべてのモジュールが使用できるように改変したことについての損害額が争われました。


裁判所は,複数のモジュールが使用可能になったという場合において,複数の計算方法があり得るところ,「Yに最も有利になるように」計算しています。ただし,約16億円もの認容額は,この種の事案としては相当高額で,非常に大きなペナルティとなったわけですが,敢えてライセンス管理情報を改変するという行為態様が考慮されていたようにも思われます。


パッケージソフトウェアの不正利用の際には,しばしば114条3項でいう「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」の意義が問題となりますが,過去の裁判例では,小売価格(末端価格)をベースに計算する例が多いです。小売価格には,著作権のライセンス相当額以外にも,役務提供,情報提供の対価が含まれているはずであり,また,流通マージンも含まれていることや,多くの場合,定価から値引きされている実態もあることを考えると,権利者への過剰な利益還元になるのではないか,とも考えられます。とはいえ,純粋に権利者のマージン分のみを損害として認めた場合(114条2項的な考え方),侵害者を不当に利するということにもなりかねません。侵害者が実質的に得た利益(あるいは,権利者が逸失した利益)に,権利行使に要した費用(調査,監査,訴訟費用)を損害額とするのがもっともバランスが取れているように思います。

*1:本件ソフトウェアは,モジュールごとにライセンスを受ける形態となっていたものの,インストールの際には全体のモジュールがコピーされ,ライセンスを受けたものだけが使用可能になるという仕組みになっていた。