IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラムの職務著作の成否と著作権法47条の3の適否 知財高判令3.5.17(令2ネ10065)

情報処理科の非常勤講師が開発したプログラムについて職務著作の成否と、著作権法47条の3等に基づく複製・翻案の成否が問題となった事例。

事案の概要

Xは、もともとSEをやっていたが、Y(大学、専門学校を運営する学校法人)から専門学校の情報処理科の非常勤講師を委嘱された。そのほか、Yから教務管理システム(学生のプロフィール、出欠、成績等を管理するシステム。本件システム。)の開発の委託を受けた。

Xは、本件システムにかかるプログラム(本件プログラム)を開発し、開発費用として105万円の支払いを受けた(ただし、Xは途中までしか支払われていないと主張している。)。Xは、途中で、一身上の都合により開発業務を辞退すると伝え、開発作業を中断したが、Yは、その時点で受領していた本件プログラムの複製物を改良するなどしていた。

その後も、XとYとの間では、本件システムに関する契約の締結や作業の再開に関する交渉が行われたが、まとまらなかった。

そこで、Xは、Yに対し、Yが本件プログラムにかかる著作権(複製権、公衆送信権貸与権及び翻案権)及び著作者人格権を侵害しているとして、不当利得返還請求権に基づいて500万円を請求した。

ここで取り上げる争点

知財高裁固有の争点もあったが、ここで取り上げるのは原審での争点である。

(1)職務著作の成否

Yは、本件プログラムはXがYから委嘱された非常勤講師として、職務上作成したものであるから、本件プログラムの著作者はYであると主張していた(著作権法15条2項)。

(2)著作権法47条の3第1項による翻案の可否

Xは、Yの行為が翻案権侵害であると主張していたのに対し、Yは、仮に著作権者ではないとしても、著作権法47条の3第1項*1により、翻案権侵害に当たらないと主張していた。

裁判所の判断

上記で取り上げた争点はいずれも原審の判断が維持されているため、以下の判断はいずれも原審判決(東京地判令2.11.16(平30ワ36168))からの引用である。

争点(1)職務著作の成否

原審の裁判所は、職務著作の成立を認めなかった。少々長いが、適宜省略しつつ引用する。

ア 本件プログラムは,平成25年5月23日までに作成された本件システムの一部に係るプログラムであるところ,本件システムの開発は,(略)YがXに対して委託したものである。
上記委託当時,XはYと非常勤講師委嘱契約を締結していたが,これは本件専門学校において講義や実習等の教育指導等を行うことを業務内容とするものであり,Yからの委託を受けてSEHAIの教育管理システムを開発することを直接の業務内容とするものではなかったと認められる。

イ Xは,Yから,非常勤講師としての給与(講義料)とは別に,本件システムの開発費用として105万円を受領し,さらに,Yとの間で,平成25年4月以降の開発費用について協議したものであるから,Xによる本件プログラムの作成は,報酬の点でも,Yの非常勤講師としての職務とは区別されていたものと認められる。

ウ Xは,Yの担当者から要望を聞きながら本件システムの開発を行ったが,それは,本件システムに付する機能についての意向を聴取したにとどまるものであり,XがYの担当者に本件プログラムに係る圧縮ファイル(本件圧縮ファイル)を送付した平成25年5月23日までに,本件システムの開発に関して,YがXに対して具体的に指揮命令したことを認めるに足りる証拠はない。

エ Xは,本件プログラムの作成作業を,自己がレンタル契約したXサーバーに同プログラムをアップロードした上で,Yの非常勤講師としての業務時間以外の時間に,自己の機器を用い,自宅を作業場として行ったものであるから,その作成行為は,Yの非常勤講師としての業務とは場所的にも時間的にも独立していたものと認められる。

オ Xは,電子情報通信学会において,Yが設置する本件専門学校の教員として,本件システムの開発について報告したが,本件専門学校の非常勤講師であったXが,自らが経験した内容を基に発表したにすぎず,これをもってXがYの職務上本件システムの開発を行ったとはいえない。

カ 以上の事情を総合すれば,Xによる本件プログラムの作成は,XがYの非常勤講師として従事していた業務に含まれていたとはいえず,その業務として予定又は予期されていたものともいえず,本件プログラム作成についてのYの関与の程度,本件プログラムの作成が行われた場所,時間,態様等に照らしても,XがYの職務上本件プログラムを作成したとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そのほかにも、Yは著作権を譲渡する合意があった等の主張をしていたが、裁判所はこれらを退け、本件プログラムの著作権者はXだとした。

争点(2)著作権法47条の3の適否

裁判所は、Yが加えた改変は、新たな機能を追加したりするものであったから、著作権法47条の3は適用されないとした。

Yプログラム(注:XがYに交付したプログラムは)本来,B(注:Yの担当者)自身が本件システムを理解するために利用されることが予定されていたものと認められるところ,BがYプログラムに加えた前記アの変更は,その内容からして,上記の目的に沿ってB自身がこれを使用することができる状態にしたにとどまらず,本来予定されていない新たな機能の追加を行うものであったというべきであるから著作権法47条の3第1項に定める「必要と認められる限度」の翻案であるとも,著作権法20条2項3号,4号に定める「必要な改変」ないし「やむを得ないと認められる改変」とも認められない

以上より、Yは、本件プログラムにかかるXの著作権(複製権、翻案権、公衆送信権)及び著作者人格権(同一性保持権、公表権、氏名表示権)を侵害したと認定し、Xに生じた損失は20万円だと認定し、原審裁判所はYに対して20万円の支払いを命じた。

Xはこれを不服として控訴し、Yも付帯控訴したが、知財高裁はいずれも棄却し、原審の結論が維持された(控訴審固有の争点もあったが、割愛する。)。

若干のコメント

プログラムの著作物の場合、権利の帰属について職務著作(著作権法15条)が争点になる事案は少なくありません。当ブログでも、東京地判平22.12.22や、知財高判平23.3.15で取り上げたことがあります。

本件は、専門学校で情報処理科目を担当した非常勤講師が開発したプログラムの職務著作の成否が問題となりましたが、講師業務にプログラム開発は含まれていないこと、開発費用は別途支払われていたこと、開発環境は講師の個人的に用意されていたこと、法人は機能の意向を示していたにすぎないことなどから、システムに関して教員の立場で学会発表したとしても「職務上作成する」(著作権法15条2項)*2ものには当たらないとしました。

もう一つ取り上げた争点として、47条の3の適否があります。

(プログラムの著作物の複製物の所有者による複製等)
第四十七条の三 プログラムの著作物の複製物の所有者は、自ら当該著作物を電子計算機において実行するために必要と認められる限度において、当該著作物を複製することができる。ただし、当該実行に係る複製物の使用につき、第百十三条第五項の規定が適用される場合は、この限りでない。

(翻訳、翻案等による利用)
第四十七条の六 次の各号に掲げる規定により著作物を利用することができる場合には、当該著作物について、当該規定の例により当該各号に定める方法による利用を行うことができる。
一 から 五 (略)
六 第四十七条の三第一項 翻案

プログラムの著作物の場合、たとえ著作権を有しなくとも、複製物の所有者は、一定の範囲において複製(47条の3第1項)または翻案(47条の6第1項6号)することができるというものですが、「必要と認められる限度」の解釈については裁判例の蓄積も乏しいため*3、実務上悩ましいことがあります。

本件の事情の下では、47条の3の「必要と認められる限度」を広く解したとしても複製、翻案が認められることはなさそうでしたが、47条の3に関する一つの事例が蓄積されたということで参考になるでしょう。

 

*1:平成30年著作権法改正により、条文の構成が変更され、翻案については同法47条の6第1項6号により権利が及ばないこととなっている。

*2:職務著作の成否は、プログラムの著作物の場合には15条2項が適用され、法人名義の公表が要件から外れていることに注意。

*3:当ブログで紹介した事例として、大阪地判平12.12.26があります。