開発委託契約における著作権の帰属・許諾に関する規定の解釈が問題となった事例。
事案の概要
ベンダXが,Yに対して,システム開発委託契約に基づいてXが著作権を有するプログラムの使用を許諾していたところ,Yらが違法に同プログラムを複製又は翻案し,システム開発委託契約が終了した後も使用,複製,翻案を継続しているとして,Yらに対し,著作権侵害による損害賠償(1620万円)等の請求をした事案である。
Xは,平成20年から平成21年にかけて,本件新冷蔵庫等システム及び本件共通環境設定プログラム(本件新冷蔵庫等システムを使用する際に必要となる共通的な機能をまとめたもの。)を納入し,Yは,上記各プログラムを検収した上で,開発委託費を支払った。その後,XY間では保守契約が締結されたものの,平成25年11月に当該保守契約が解除され,平成26年9月には,Xが基本契約を更新しない旨の通知をし,基本契約も終了した。
Yは,サーバが老朽化したことを理由に,Y2に依頼して,本件新冷蔵庫等システムを別の新サーバに移行した。
ここで取り上げる争点
Yがサーバ移行に際して,本件共通環境設定プログラムのEXEとDLLファイルを移設したこと等が,著作権侵害(複製・翻案権侵害)に該当するかが争われた。
裁判所の判断
裁判所は,サーバの移行によって本件共通環境設定プログラムのEXEとDLLファイルが複製された事実は認めつつ,その元となるソースコードまで複製したかどうかは認められないとした。そして,そのような事実関係の下では,次のように述べて本件共通環境設定プログラムの著作権侵害は成立しないとした。
本件共通環境設定プログラムのEXEファイル及びDLLファイルは,本件新冷蔵庫等システムに実装されて一体として機能するプログラムであり,Xが,本件基本契約及び本件個別契約に基づき,Yから委託され,作成したコンピュータプログラムである(略)から,本件基本契約2条(2)における「成果物」である。そして,上記「成果物」について,Yは,それが従前からXが有し,その著作権がXに帰属するものであっても,「対象ソフトウェア」である本件共通環境設定プログラムを使用するために必要な範囲で複製又は翻案をすることが許諾されている(本件基本契約21条3項(2))。コンピュータプログラムを継続的に使用する上で,コンピュータプログラムを保存しているサーバの老朽化等の理由により,新サーバにコンピュータプログラムを移行することは必要な事項であるといえるから,本件新冷蔵庫等システムのサーバ移行のために,同システムに実装され,一体として機能する本件共通環境設定プログラムのEXEファイル及びDLLファイルを複製することは本件基本契約21条3項(2)によって許諾されているというべきである。
なお,上記引用箇所中の「本件基本契約21条3項(2)」とは以下のような内容である。
(2) XまたはYが従前から有していた成果物
XまたはYが従前から有していた成果物の著作権については,それぞれXまたはYに帰属するものとする。この場合,YはXに対し,当該成果物について,Xが自ら対象ソフトウェアを使用するために必要な範囲で,著作権法に基づく利用を無償で許諾するものとする。(略)
また,ソースコードの複製行為があったかどうかは認定されておらず,ソースコードがそもそも納品対象(契約条項中の「成果物」に該当するか)かどうかは争いがあったが,裁判所は,以下のように,仮にソースコードが複製されていたとしても複製権侵害は成立しないと述べた。
本件個別契約の内容である本件注文書には,本件新冷蔵庫等システム等とともに本件共通環境設定プログラムが開発委託の対象として記載され(略),XとY間で取り交わされた納品物件一覧及び検収物件一覧(略)には,「システム共通関数プログラム (1)クラスライブラリー機能一覧 (2)共通関数仕様 (3)共通関数ソースプログラム」等と記載され,本件共通環境設定プログラムのソースコードが納品物件の対象であると明記されている。これらからすると,本件共通環境設定プログラムのソースコードも本件基本契約の納品の対象であり,上記「成果物」に含まれると認められる。(略)
そして,上記ウのとおり,Yは本件共通環境設定プログラムを使用するために必要な範囲で複製又は翻案をすることが許諾されているところ(本件基本契約21条3項(1),(2)),コンピュータプログラムを継続的に使用するに当たり,コンピュータプログラムの保守管理が必要となる場合があり,保守管理にはソースコードが必要であるから(略),新サーバにコンピュータプログラムを移行する際にそのソースコードを複製することは,本件基本契約によって許容されているというべきである。
また,契約終了後の第三者による保守行為が,著作権侵害にあたるか否かも争われたが,本件基本契約の「契約終了後の権利義務」についての規定等に照らして,契約終了後も使用あるいは複製等ができると解釈した。
以上により,その他の争点もあるが,著作権侵害はいずれも成立せず,Xの請求はすべて棄却された。
若干のコメント
本件は,開発委託契約書に必須の条項である著作権の帰属あるいは許諾に関する条項の解釈が問題となった事例であり,ありきたりに思える条項でもきちんと当事者間で確認しておく必要性を感じさせる事例です。
開発ベンダが,ユーザに対し,納入したプログラムの継続的な使用について著作権侵害を主張するというのは通常は考えにくいことであり,その背景に,保守契約の終了その他関係を悪化させる事情があったものと思われますが,判決文からはそのあたりの事情は明らかではありません。
上記で引用した条項は,著作権法47条の3と同趣旨の一般的な内容です。いわゆる受託開発で開発して納入したシステムの中に,もともとベンダが権利を有していた部分が存在していたとしても,それは権利の譲渡の対象とはしない(そうしないとベンダは再利用できなくなる)かわりに,使用等することは許諾するという内容です。開発委託契約や保守契約が終了したら,それらの使用権等が終了してしまうとなれば,事実上,ずっと契約関係を維持しなければならず,合理的な意思解釈とはいえないため,裁判所の判断はごく自然なものだといえるでしょう。
開発委託契約の著作権帰属の条項では,従来からベンダが有していたものと,業務の履行として新たに開発したものとを分けて記述していることが多いです(経産省のモデル契約も,本件でも同様)。前者は権利をベンダに留保し,後者は権利を譲渡するという例が多く,その考え方に合理性はありますが,納入の際に,「この部分は私たちに権利が留保されます。この部分は譲渡します。」といった特定・区別がなされていないケースがほとんどではないでしょうか。ユーザからすれば,最初から権利を有していた部分がどこなのかは判別できないため,その後の権利処理,利用に支障が出る可能性があるので,納入時に特定させたり,契約条項において特定することを義務付けるといった工夫が求められます。