IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

システム全体の著作物性 知財高判令4.7.13(令4ネ10023)

プログラムやデータベースといった個々の構成要素ではなく、ハードウェア・ソフトウェアの組み合わせや選択といったシステム全体の著作物性が争われた事例。

事案の概要

被告(福井県)は、訴外Zに対し、福井県自然保護センター(本件センター)の展示工事を委託した。委託の範囲には、展示パネル、模型等のほか、インターネット展示システムが含まれており、は、Zの下請けとしてこの作業に従事した。

その後、Yは、Xに対し、本件センターのウェブサーバ設備の更新に伴う保守委託業務、機器購入、環境構築、システム移行業務等を委託した(複数の契約が締結されており、それぞれ本件購入契約本件構築契約という。)。Xは、本件購入契約に基づいて、パソコンやルータ等を調達し、本件構築契約に基づいて、新インターネット展示システム(本件システム)を構築し、2010年(平成22年)3月ころにYに納品した。

Yは、本件センターのホームページリニューアル作業に際し、ルータの設定を変更して、80番ポート*1を閉鎖した(本件閉鎖行為)。同様に、Yは、本件ルータからADSL回線のモジュラージャックを取り外した(本件引抜行為。これらを合わせて「本件閉鎖行為等」)。

Xは、本件閉鎖行為等が、本件展示システムに係る著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであるとして、著作権法112条1項に基づく差止請求のほか、損害賠償請求を行った(その他、契約上の請求や国家賠償法に基づく損害賠償請求もあるが、割愛する。)。

ここで取り上げる争点

本件展示システムの著作物性(Xは、本件展示システムは、多数ある構成の中からソフトウェア、ハードウェアの選択と組み合わせを行ったもので、Xの個性が現れた著作物であると主張していた。)

裁判所の判断

本判決では、原審(大阪地判令3.11.11平31ワ2534)と同様に、次のように述べて本件展示システムの著作物性を否定した(下記引用には原審判決部分を含む。)。

Xは、本件展示システム全体に著作物性があるとして、システムの機能を実現するための設計・構築については、Xによる選択の幅が広く、どのようなソフトウェアやハードウェアを用い、それらをどのような構成で組み合わせ、どのように機能分担させるかに関する選択(必要機能の選定、機能分割設計、分割した機能単位の配置計画という設計行為)は、Xの技術者としての知識や経験が表出したものであるから、思想又は感情の創作的な表現である旨を主張する。

しかし、本件展示システムについて求められる機能のほか、基本的な構成やその構築に当たっての要件等は、本件購入仕様書及び本件構築仕様書において相応に具体的に定められており、Xによる選択は、あくまでそれらの制約の中で行われるものである。また、本件展示システムは、公営の自然保護センターである本件センターにおける展示のためのインターネットに接続されるシステムであり、その性質上、システムの設計・構成については、あくまで円滑かつ安定した展示に資するとともにセキュリティ対策についても必要十分なものとするといった、その実用品としての機能を発揮させるべく、専ら技術的観点から行われるものと考えられる。そして、設計され構築される本件展示システムは、実用的な工業製品である個々のハードウェアやその設定、ハードウェア間やインターネットとの間の接続、ソフトウェアといった個別的な要素の集合体として構成され、またそのような集合体として通常は観念されるもので、その全体が一まとまりに表現されたものとして存在するものともいい難い(略)。

上記の点を考慮すると、Xが主張する本件展示システムの設計・構築に当たっての選択は、基本的に、上記の制約等の下で特定の機能を果たすべきシステムの設計・構築を合理的に行おうとした際に考え得る技術上のアイディア又は個々のアイディアの集合体にすぎず、法2条1項1号にいう「思想又は感情を創作的に表現したもの」には当たらないというべきである。そして、本件全証拠をもってしても、本件展示システムについて、上記と異なって、Xの思想又は感情が創作的に表現されているといえるような特徴を有するものであるというべき事情は認められない。

若干のコメント

著作権法には、「プログラムの著作物」が著作物の例示として挙げられており(10条1項10号)、プログラムの著作権に関する紛争において、「プログラム」の著作物性が論点となる事例は少なくないです(例えば、大阪地判令6.1.29や、東京地判令4.8.30など)。また、特定の画面デザインや、データベースなど、システムの構成要素について著作権侵害が問題となるケースもあります。しかし、本件はプログラムなどの個々の要素ではなく、ハードウェア・ソフトウェアの組み合わせとして構成されたシステムの著作物性が問題となった珍しい事例です。著作権法では、著作物の種類としては、特に例示されたものに限定されておらず、2条1項1号*2の要件さえ満たせば、いかなるものでも著作物になり得ますが、システムの構成要素を選択・決定することが創作的であるとされることはなかなかハードルが高いという印象があります。

Xの主張には、設計図と建物、譜面と演奏の関係のように、設計図等を再現したものであるから著作物性を認めないという原審の判断を非難する等、苦労の跡がうかがえますが、①機能や要件は仕様書に定められていて、その範囲で決定するに過ぎないこと(選択の幅)、②円滑・安定した運用という技術的観点から決定されること(思想・感情)から、構成はアイデアの集合体だと判断しました裁判所の判断は妥当であったと思われます。

*1:インターネットなどの通信では、アプリケーションの種類やプロトコの識別に「ポート番号」というものが使用されている。ポート番号「80番」は、一般にWebサーバがHTTPでWebブラウザなどと通信するために用いられている。80番を閉鎖するということは、簡単に言えば、インターネットからの接続を遮断すると考えてよい。

*2:「著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」