IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラムの創作性(否定)東京地判令4.8.30(平30ワ17968)

プログラムの著作物性(創作性)が争点となった事例。

事案の概要

(かなり簡略化する)

Xは、電子カルテ及びレセプトシステム等を構成するプログラム(Xプログラム)について、YがXプログラムを複製又は翻案したプログラム(Yプログラム)をSaaS方式によって提供したことによってXの著作権が侵害されたとして、差止請求及び損害賠償請求を求めた事案である。

ここで取り上げる争点

【Xプログラムの創作性】

もともと、このシステムはYが開発したものであるが、Yから開発を委託したZに著作権が移転したかどうかが争点となっていた。Xは、Xプログラムは契約に基づいてYからZに移転され、ZからXに移転されたと主張していた。これに対し、Yは、XプログラムはもともとYが著作権を有するプログラム(PMポータル)を用いて開発されたものであって、修正した部分についても創作性はないからYに留保されていると主張していた。

PMポータルは、PHPJavaScriptと、MySQLを用いて開発されたウェブアプリケーションの基本的な機能を有するウェブアプリケーションで、フレームワークとアプリケーション部分から構成されていた。

Xプログラムは、PMポータルを参照して開発されたものであることから、両者においてソースコードの記述に類似した記述が多数存在すること自体は認められている。そのため、Xプログラム(固有)の創作性の有無が問題となった。

裁判所の判断

Xが「創作的表現である」と主張する部分について、それぞれ創作性があるかどうか検討された。判決文では、多数の箇所について個別に検討した結果が述べられているが、いずれも創作性を否定した。いくつか例を引用する。

電子カルテに必要な機能を抽出、分類しているというX主張の点は機能をいうものでプログラムの創作性を直接述べるものとはいえず、上記のような㋐及び㋒部分の特性に照らすと、電子カルテシステムに適用するために、PMポータルを修正し新たに作成した部分があるからといって、そのことが直ちに本件31個の各プログラムの表現上の創作性につながるとはいえない。

Xプログラム1⑷に記述された各関数は、PMポータルにおいて頻繁に使用される処理を関数として記述しこれらをまとめたファイルや、PMポータルのその他の記述、汎用的な記述を参照して記述され、その内容は、所定のデータベースから所定の情報を取得する関数やPHPの一般的な記述による画面表示用の関数など、いずれも単純な作業が記述されたものであって(前記1⑵イ(イ))、表現の幅は狭い。これらによれば、Xプログラム1⑷の記述は、繰り返し記述される命令文の組合せを一般的な共通化の手法によってそのまま表現したものであって、その記述をすることやその内容はありふれたといえるものである。

繰り返し記述することが予想される命令文の組合せをまとめて関数として定義し、関数名を記述してあらかじめ定義された関数を呼び出す方法により複数のプログラムの動作を実現させることは一般的に行われている。(略)したがって、Xプログラム3⑴の記述は、繰り返し記述される命令文の組合せを一般的な共通化の手法によってそのまま表現したものであって、その記述をすることやその内容はありふれたといえるものである。

Xプログラム3⑵は、「echo 1;」という、echo文により定数である「1」を送信する処理を行う1行から成るプログラムであり(前記1⑵イ(カ))、極めて簡単な内容を一つの命令のみのごく短い構文で記述したありふれた表現であって、Xプログラム3⑵に創作性があるとは認められない。

以上のように、PMポータルを基盤としPMポータルのWebフレームワークを用いて作成されたことに起因して、(略)その内容は、自由度が制約され、基本的な命令文を列挙して、変数にデータを代入する処理や画面を表示するためのHTML文書が記述された部分が多くを占めていること(前記第2の1⑸イ、前記イ)、作成、表示される医事文書の基本的な様式も通知により定められるなどしていることから、各プログラムにおいて変数に値を設定する処理や画面を表示するためのHTML文書を記述するに当たっても個性を発揮する余地が乏しい。これらの㋐及び㋒部分の特性から、電子カルテシステムに適用するために、PMポータルを修正し新たに作成した部分があるからといって、そのことが直ちに本件31個の各プログラムの表現上の創作性につながるとはいえない(前記ウ(ア))。そして、Xは、本件各31個の各プログラムがそれぞれ著作物であり、それらに創作性があると主張するところ、(略)Xが創作性があるとして主張する具体的な記述等はいずれもありふれたといえるものなどであって、それらに独自に著作物といえる程度の表現上の創作性を認めるに足りない(前記ウ(イ)~(オ))。

その結果、各プログラムは、もともとYが著作権を有していた部分とは独自の創作性があるとはいえないとして、Yから著作権は移転していないとされ、Xの請求はすべて棄却された。

若干のコメント

プログラムの著作物の著作権侵害事案の場合、退職した役職員が新たに競合ソフトウェアを開発したというパターンが多いのですが、本件の場合は、被告となったYがオリジナルを開発したことや、そこに契約に基づいて追加・修正を加えたことは争いがなく、その追加・修正部分に著作物性があるか、それが契約によって移転したかが問題となりました。

判決文からだけでは、具体的なソースコードの記述を参照することができないことや、もともとYが受託した業務の範囲などがわからないため、具体的なコメントがしづらいところですが、Yが有償での作業を請け負って開発した部分について、創作性がないから著作権が移転していないという判断になっていて、少々違和感を覚えるところです。

もちろん、著作権の分野では「汗をかくことは創作性を意味しない」とよく言われるので、お金をもらって役務を提供したからといって必ず創作性が生じるものではありません。

また、実際に侵害訴訟において「原告は創作性があるとする箇所を具体的に特定して主張してください」と言われると、どこを取り上げるのか、そのソースコードがなぜ創作的なのかを主張するのは、容易ではありません。要素を分解して(1行1行レベルまで分解して)評価すると、そこはどうしてもありふれたものであるとなりがちで、被告も原告が特定した箇所について、記述の選択の幅が狭いことを主張しやすくなります。もっとも、プログラムが数千行、数万行あるから創作性あり、とざっくりと認定するケースもあるので、これも事案の性質によって異なるので何ともいえません。

すでに当ブログでも、プログラムの著作物性が問題となった事例をいくつか取り上げていますが*1、本件もひとつの事例として同種の事案の検討の際に参考になろうかと思います。