IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラムの著作物性 東京地判平15.1.31(平13ワ17306号)

電車線設計用プログラムの創作性,類似性が争われた事件。

事案の概要

ベンダXとYは,ともに鉄道会社に対してAutoCAD上で動作する「鉄道電気設計及び設計管理用の図面作成のためのコンピュータ支援設計製図プログラム」を開発,納入していた。


Xは,Yに対し,Yの開発したプログラムには,Xの開発したプログラムと記述が本質的に同一であるとして,複製権侵害,翻案権侵害を主張し,差止及び4000万円の損害賠償を求めた。

ここで取り上げる争点

Yのプログラムは,Xのプログラムを複製ないし翻案したものにあたるか

裁判所の判断

プログラムの創作性,同一性について次のような規範を述べた。

プログラムは、その性質上、表現する記号が制約され、言語体系が厳格であり、また、電子計算機を少しでも経済的、効率的に機能させようとすると、指令の組合せの選択が限定されるため、プログラムにおける具体的記述が相互に類似することが少なくない。仮に、プログラムの具体的記述が、誰が作成してもほぼ同一になるもの、簡単な内容をごく短い表記法によって記述したもの又は極くありふれたものである場合においても、これを著作権法上の保護の対象になるとすると、電子計算機の広範な利用等を妨げ、社会生活や経済活動に多大の支障を来す結果となる。また、著作権法は、プログラムの具体的表現を保護するものであって、機能やアイデアを保護するものではないところ、特定の機能を果たすプログラムの具体的記述が、極くありふれたものである場合に、これを保護の対象になるとすると、結果的には、機能やアイデアそのものを保護、独占させることになる。したがって、電子計算機に対する指令の組合せであるプログラムの具体的表記が、このような記述からなる場合は、作成者の個性が発揮されていないものとして、創作性がないというべきである。

 さらに、プログラム相互の同一性等を検討する際にも、プログラム表現には上記のような特性が存在することを考慮するならば、プログラムの具体的記述の中で、創作性が認められる部分を対比することにより、実質的に同一であるか否か、あるいは、創作的な特徴部分を直接感得することができるか否かの観点から判断すべきであって、単にプログラムの全体の手順や構成が類似しているか否かという観点から判断すべきではない


さらに,初期設定部分についての「プログラム」(著作権法2条1項10号の2,10条1項9号)の該当性が争われたが,

Xプログラムにおける入力項目として何を用いるかという点は、アイデアであり、著作権法上の保護の対象となるものではない。また、「キロ行程最初の値」、「キロ行程オフセット値」、「縮尺」、「用紙サイズ」の順序で変数に値を設定するという処理の流れも、法一〇条三項三号所定の「解法」に当たり、著作物としての保護を受けない。

として,処理の流れ,引数の設定についてはそもそも著作物として保護を受ける対象ではないとしている。


また,「シェイプ定義に係る記述」についても同様に「プログラム」の該当性が争われた。この「シェイプ定義」とは,文字の描画位置,長さなどのデータから構成されていたため,そもそもプログラムかどうか,ということが問題となっている。

 Xのシェイプ定義の記述は、例えば「2」や「0」のような数字から構成され、これにより、「ペンアップ」「シェイプ終了」という動作が電子計算機により行われる。同記述は、AutoCAD上に存在し、シェイプ記述を定義するプログラム(略)に読み込まれ、協働して機能することによって初めて、電子計算機に対する指令としての意味を持つ。そうすると、シェイプ定義の記述は、AutoCADによって読み込まれる情報を記載した単なるデータであるから、それ自体独立して、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令の組み合わせたものとして表現したもの」に当たらないと解する余地もなくはない。しかし、たとえ、当該記述が、独立性がなく、個別的に利用することができないものであったとしても、データ部分を読み込む他のプログラムと協働することによって、電子計算機に対する指令を組み合わせたものとして表現したものとみることができるのであるから、そのような記述も、同号所定のプログラムに当たると解して差し支えない。
 そうすると、Xのシェイプ定義の記述は、具体的な記述に創作性がある限りにおいて、著作権法の保護の対象になるというべきである。

として,プログラムにあたるとしたが,創作性を否定した。


結局,Xの請求はいずれも棄却されている。

若干のコメント

「プログラムは著作権法の保護を受ける」とは言われていますが,本件に代表されるように,単に手順,構成が類似している(あるいは機能が類似している)というだけでは侵害が認められるとはいえず,「プログラムの具体的記述の中で,創作性が認められる部分を対比」して同一性の判断をするとされていますので,実際にはデッドコピーあるいは,それに近いものしか保護が認められにくいといえます。


よって,言うまでもなく,

#include
void main ()
{
printf("hello, world\n");
}

のようなプログラムに創作性が認められるともいえません。


また,本件で特徴的だったのは,「シェイプ定義」と呼ばれるデータの塊がプログラムかどうか,という点についての判断です。裁判所は,それ単体では独立して利用することができないものであっても,プログラムと協働することで,コンピュータに対する指令であるからプログラムにあたるとしてもよい,としています。


実際問題,データとロジックの狭間はかなり微妙です。アプリケーションロジックを柔軟に変更できるようにするために,ハードコード,定数定義を避けて,外部ファイルやデータベースにまとめておくということもよく行われるわけで,メンテナンス性を高めるための工夫をしたら著作権法上の保護を受けられなくなるという不合理な結果を回避する意味でも,この部分に関する裁判所の判断は妥当であったように思います。