IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラムの著作権侵害(ディスクパブリッシャーソフト) 東京地判平24.12.18(平24ワ5771号)

ソフトウェアの著作権侵害が争われた事件。

事案の概要

ソフトウェア開発業者Xは,Yからの委託のもとにディスクパブリッシャー(光ディスクへの書き込み,レーベル印刷等の装置)の制御ソフトウェア(「本件ソフトウェア」)を開発し,平成22年12月頃までに納入した。同委託契約のもとでは,納入した成果物の著作権は,委託者であるYに移転すると定められていた。

平成23年12月,YからXに対し,Xがディスクパブリッシャーソフト(「Xソフトウェア」)を製造,販売する行為について,上記契約違反であること,Yの著作権を侵害すること,営業秘密の不正利用であることなどの警告を行った。

平成24年2月,Xは,Xソフトウェアの製造販売行為について,Yの著作権に基づく差止請求権を有しないこと等の確認を求める訴えを提起した。

ここで取り上げる争点

Xによる著作権侵害の成否

裁判所の判断

かつての裁判例(東京地判平15.1.31等*1)と同様に,プログラムの著作権侵害に関する一般論を次のように述べている。

プログラムにおいて,コンピュータ(電子計算機)にどのような処理をさせ,どのような機能を持たせるかなどの工夫それ自体は,アイデアであって,著作権法による保護が及ぶことはなく,また,プログラムを著作権法上の著作物として保護するためには,プログラムの具体的記述に作成者の思想又は感情が創作的に表現され,その作成者の個性が表れていることが必要であるが,プログラムは,その性質上,プログラム言語,規約及び解法による表現の手段の制約を受け,かつ,コンピュータ(電子計算機)を効率的に機能させようとすると,指令の組合せの具体的記述における表現は事実上類似せざるを得ない面があることからすると,プログラムの作成者の個性を発揮し得る選択の幅には自ずと制約があるものといわざるを得ない。

(略)

Xソフトウェアのプログラムが本件ソフトウェアのプログラムの複製又は翻案に当たるかどうかを判断するに当たっては,まず,本件ソフトウェアのプログラムの具体的記述における表現上の創作性を有する部分とXソフトウェアのプログラムの具体的記述とを対比し,Xソフトウェアのプログラムの具体的記述から本件ソフトウェアのプログラムの表現上の本質的な特徴を直接感得することができるかどうかを検討する必要があるというべきである。

その上で,Yによる表現上の創作性を有する部分の類似性に関する主張については,

Yが主張する本件ソフトウェアのプログラムにおける表現上の工夫は,いずれも本件ソフトウェアの機能を述べるものにすぎず,それらは,プログラムの具体的記述における表現それ自体ではないアイデアであって,著作権法による保護が及ぶものではないから,その主張自体,本件ソフトウェアのプログラムの具体的記述における表現上の創作性を基礎付けるものではない。
(略)
 さらに,上記共通する箇所は,Xが主張するように,第三者(Baidu社)が提供しているオープンソースソフトウェアを利用した記述や,マイクロソフト社の「Visual Studio」が自動生成するソースコードを利用した記述,マイクロソフト社が公開している関数の名称(「OnSize」,「AddString」,「LoadBitMap」,「SetTimer」,「AddPage」,「GetDlgItem」,「IMPLEMENT_DYNCREATE」,「AfxMessageBox」,「IMPLEMENT_DYNAMIC」等)の記述,コンピュータプログラムの文法上一般的に使用される表現を用いたもの(「While」文等)など,いずれもありふれた表現であって(略),作成者の個性が表れているものとはいえない。

として,Xソフトウェアが本件プログラムの複製または翻案したものではないとした。


また,Xによる不正競争行為(不正競争防止法2条1項7号*2)の有無も争点になっていたが,秘密管理性がないとして,あっさり退けられている。


よって,Xの請求が認められた(Xの請求は,「Yによる差止請求権の不存在確認」なので,請求認容である。)。

若干のコメント

本件は,プログラムの著作権侵害事件においてよく言われるところの「権利者の主張は,アイデアないし機能の類似性であって,具体的記述の類似性ではない」という判断の一事例が追加されたというものです。


権利者(であると主張する者)が原告となって,類似品の販売者などを相手に,差止請求,損害賠償請求などをする給付訴訟が一般的ですが,本件は,警告を受けていた側が,警告をしていた側に対して,差止請求権の不存在等の確認を求める形式の訴訟です。一般に,しつこく警告を受ける場合などには,防衛的にこのような訴訟を提起したりすることがあります*3。本件では,そのあたりの詳しい事情は明らかではありません。


ソースコードの対比は判決文からは明らかではないのですが,Yの主張からすると,

Xソフトウェアのプログラムは,「OnSize」メソッドを配し(別紙3の右),本件ソフトウェアのプログラムと同様に,ウィンドウのサイズを任意のサイズにリサイズするようプログラミングしている。

Xソフトウェアのプログラムは,「DrawPublisher」,「DrawInk」,「DrawBins」といった,上記?と同一又は類似の表現で同じ機能を提供している。

などとなっており,判決文が述べていることと同様,機能ないしアイデアの主張にとどまっていると思われます。


YがかつてXに対して開発委託して納入させたソフトウェアと同種のソフトウェアをXが製造・販売したことから,流用したのではないかという疑いがもたれたのでしょう。しかし,本件などの裁判例からも明らかなとおり,たとえ委託者が著作権を移転させる条項を設けていたとしても,いわゆるデッドコピーに近いような事例でない限りは,機能,動作が似ているというだけでは,著作権侵害が認められにくく,独占することは困難です。


受託者がある案件で得たノウハウをもとに同種のソフトウェアを開発することは,自由競争の範囲内ということになります(提供したノウハウ,情報の秘匿性が高ければ,不正競争防止法に基づく請求の可能性はあります。)。
よりストレートに独占しようと思えば,開発委託の際に,受託者に対して「本件ソフトウェアと同種のソフトウェアを今後5年間は開発,販売しない」という競業避止義務を負わせることも考えられますが,こうした条項は,独占禁止法(不公正な取引方法)の問題が生じる可能性が高いので注意が必要です。

*1:http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20130319/1363702341

*2:「営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」。すなわち,適法に営業秘密を開示された者が,不正目的で使用,開示する行為。

*3:著作権分野ではMYUTA事件(東京地判平19.5.25(平18ワ10166号))がこの類型として有名です。