IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

J-SOX向けテンプレートとデータベース著作権 東京地判平26.9.30(平24ワ24628)

ソフトウェアの設定に関するテンプレートがデータベースの著作物に該当するかどうかが争われた事例。

事案の概要

ソフトウェア販売業Yは,公認会計士Xに対し,経営支援ソフトの販売促進に関し,J-SOX法対応のテンプレート(本件テンプレート)作成のためのコンサルティングを委託した(報酬231万円)。また,Yが本件テンプレートを販売した場合には,Xに対し,ロイヤルティを支払うこととなっており,業務遂行の過程で著作物が作成された場合には,作成した者に著作権が帰属することになっていた。


Xは,本件テンプレートと,「標準テンプレートおよび文書化モデルサンプル」と題する書面(本件書面)を作成し,Yは,それらを同梱したソフトウェア(本件ソフトウェア)を完成させて,販売を開始した。


Xは,未払いのロイヤルティ等を請求したが,Yがこれに応じなかったため,本件ソフトウェアの販売差止等と,1000万円の損害賠償を求めた。

ここで取り上げる争点

本件テンプレートと本件書面の著作物性

裁判所の判断

Xは,本件テンプレートは,データベースの著作物にあたると主張し,Yによる販売行為が著作権侵害にあたると主張していた。


裁判所は,まず,本件テンプレートについて,次のように述べた。

本件テンプレートは,販売,購買,在庫,会計及び現金出納の5つの主要プロセスについて,サブプロセスを含めると82の標準的な業務フローが登録されており,各プロセスには関連する勘定科目が定義され,364個の標準的,典型的なリスクがアサーションの定義とともに登録されていて,被告製品を購入したユーザーがこれをサンプルテンプレートとして利用することで必要な情報をデータベースに随時登録し,プロセス記述書,RCM等として引き出すことにより,内部統制に関する情報を容易に利用することが可能となるものであると認められる。
しかしながら,本件テンプレートの実体や存在形式は判然としないし,具体的にどのような情報がいかなる体系で構成されているのかについては,本件全証拠によってもその詳細が判然としないから,仮に本件テンプレートがデータベースに該当するものであるとしても,その情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものであるとは認め難い。

として,否定した。データベースの著作物性については,2条1項10号の3*1や,12条の2第1項*2の主張が十分でなかったとみられる。


本件文書について。


Xは,本件ソフトウェアに表示される画面表示や,パンフレットが本件文書の複製物または翻案物にあたると主張していたが,裁判所はいずれも否定した。その一部を抜粋する。

本件書面と本件パンフレット1に掲載されたY画面表示のいずれにもフローチャートが記載され,円柱や長方形等の図形に囲まれた「発注納品データ」,「支払予定データ」,「P−1請求照合処理」,「P−2支払予定処理」,「P−3相殺処理」,「P−4支払留保処理」等の記載やこれらが矢印でつながれて業務フローを表している点などが共通することが認められるが,これらの図形はそもそもPQR本体に設定されているものであるし,記載された文字は単なる業務処理の名称にありふれた符号を付したものであり,業務フローは標準的な業務の流れを示すものに過ぎないから,共通する部分が創作性のある表現であるとは認められない。

本件書面にある「請求照合処理の担当者はID・パスワードで制限されている」,「マスタ登録されていない業者,商品は登録できない」,「検収済み発注データは,発注No.で呼び出し請求登録できるが,発注データそのものは修正できない」,「プルーフリストを出力し,入力内容を確認する」,「請求照合済みの発注データに対して請求照合処理は二重に実施できない」との記載と同一の内容が,本件パンフレット2に掲載された画面表示に記載されていることは確認できない。なお,仮に両者に共通する部分があるとしても,本件書面における上記の各記載は,それぞれ独立した短文で構成され,そこに記載された内容を表現するものとしてありふれたものであるから,共通する部分が創作性のある表現であるとは認められない。


その他の請求も含め,Xの請求はいずれも棄却された。

若干のコメント

データベースの著作物に関する事件は少ないので,期待を込めて読んでみましたが,特に著作物性が認められるか否かきわどいというケースというほどでもありませんでした。判決文で記載されているデータベースの著作物性にかかわるXの主張の一部を抜粋します。

本件テンプレートは,現実の業務をそのまま記述するのではなく,あえて財務報告情報に絞り,業務フローを抽象化することによって,業務プロセスに起こるリスクと必要なコントロールを容易に明確にするという原告の思想に基づいて原告が創作した著作物であり,被告製品を購入したユーザーがこれをサンプルテンプレートとして利用することで,必要な情報をデータベースに随時登録し(業務フロー,個別のプロセス,サブプロセス,タスクの入力),引き出す(プロセス記述書,RCM,整備状況テスト文書の出力)ことにより,内部統制に関する情報を容易に利用し,管理することが可能になるというデータベース機能を有するから,データベースの著作物である。

J-SOX対応するための業務フローやソフトウェア設定のためのテンプレートであることは何となく理解できるのですが,法律上の定義「図形その他の情報の集合物であつて、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」に該当するのか,また,「情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するもの」といえるかどうかは疑問です。

*1:データベースの定義条項「データベース 論文、数値、図形その他の情報の集合物であつて、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう。」。

*2:データベースの著作物として保護される要件「データベースでその情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。」