IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ビジネスソフトウェアの表示画面に関する著作権侵害の成否 東京地判令3.9.17(平30ワ28215)

書店向け業務ソフトの表示画面に関する著作権侵害の成否が争われた事案。

事案の概要

Xは,売上分析,在庫管理,商品の発注・仕入れ・返品管理,ロケーション管理,棚卸等の様々な書店業務を効率的に行うための書店業務管理を行うASPシステム(Y製品)を提供していた。

Yも,同様に書店業務管理を行う業務システム(Y製品)を提供していた(Yの代表者Aは,Xの元取締役であり,退任後,Yを設立している。)。

Xは,Yに対し,Y製品の表示画面は,X製品の表示画面を複製又は翻案したものであるとして,著作権法112条に基づく販売等の差止めと,民法709条に基づく約4200万円の損害賠償等を求めた。なお,Xは,X製品の表示画面が商品等表示に該当するとして不正競争防止法に基づく請求も行っているが,本ブログではその点は割愛する。

ここで取り上げる争点

(1)表示画面の複製又は翻案該当性

(2)編集著作物としての著作権侵害の成否

裁判所の判断

(1)各表示画面の複製又は翻案該当性

裁判所は,いわゆる江差追分事件最高裁判決(最判平13.6.28)等を引用して一般論を述べたのに続いて,本件の対象となっているビジネスソフトウェアの表示画面における複製又は翻案該当性について次のように述べた(改行その他文意を変更しない程度での引用上の編集を行っている。)。

X製品及びY製品の画面表示は,その表示形式及び表示内容に照らすと,「図形の著作物」(著作権法10条1項6号)に類するものであると解されるが,両製品は,一定の業務フローを実現するため,単一の画面表示で完結することなく,業務の種類に応じて複数の画面を有し,一つの画面から次の画面に遷移することを可能にするなどして,利用者が同一階層又は異なる階層に設けられた複数の表示画面間を移動しつつ作業を行うことが想定されている。

このようなビジネスソフトウェアの表示画面の内容や性質等に照らすと,本件においてY表示画面がX表示画面の複製又は翻案に該当するかどうかは,

①両表示画面の個々の画面を対比してその共通部分及び相違部分を抽出し,
②当該共通部分における創作性の有無・程度を踏まえ,Y製品の各表示画面からX製品の相当する各表示画面の本質的な特徴を感得することができるかどうかを検討した上で,
ソフトウェア全体における表示画面の選択や相互の牽連関係の共通部分やその独自性等も考慮しつつ,Y表示画面に接する者が,その全体として,X表示画面の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるどうか

を検討して判断すべきであると解される。

特に,①,②のような比較対照にとどまらず,③の太字部分のように個々の画面だけにとどまらず,全体を考慮するというところが注目される。

そして,具体的には13種類の画面についてそれぞれX製品とY製品の対比が行われた*1。ここでは「単品分析画面」と呼ばれる対比部分を紹介する。

判例DBで見ることができる判決別紙には画質は悪いが現物が掲載されている。

<X製品の単品分析画面>

f:id:redips:20220124224505p:plain

<Y製品1の単品分析画面>

f:id:redips:20220124224624p:plain

まず共通する部分について,

両製品は,(ⅰ)画面の上部にメニューバーが表示され,Y製品1において「仕上率管理」と「HT処理」が追加されていることや,「棚卸」と「ロケ管理」の位置が逆であることを除けば,その項目名や配列順等が同一であること,(ⅱ)商品抽出条件ブロックにおいては,検索条件として,縦配列で「商品コード」や「書名」,「著者名」,「発売日」,「大分類」,「出版社」,「商品メモ」の各項目が表示され,項目の順番も一致していること,(ⅲ)商品分析条件ブロックにおいては,縦配列で「店舗」,「期間」及び「店舗表示順」という項目が表示され,項目の順番も一致していることなどにおいて共通すると認められる。

としつつも,

上記(ⅰ)の共通部分に関し,画面の最上段にメインメニューを配し,そこに表示された各メニューをクリックすることにより,画面の表示内容の切替えを可能にすることは,アイデアにすぎず,メニューバーに具体的に表示されている個々のタブはいずれも基本的な書店業務であって,その名称の選択,配列順序等の具体的な表現において,創作者の思想又は感情が創作的に表現されているということはできない(以下,他の画面に表示されるメインメニューについても同様である。)。また,「単品分析」という用語についても,個々の商品を「単品」と称することに創作性があるということはできない。
上記(ⅱ)及び(ⅲ)の共通部分に関しても,複数の検索条件を設定することで商品を絞り込むというのは,それ自体はアイデアに属する事柄であるところ,検索条件として具体的に表示されている各項目は,書籍を特定し,あるいは店舗毎の分析をするために必要な一般的な情報であり,その名称の選択,配列順序及びそのレイアウトといった具体的な表現において,創作者の思想又は感情が創作的に表現されているということはできない。
Xが主張するその余の共通点も,X製品の単品分析画面における表現上の本質的な特徴を直接感得させるものということはできない。

と,共通点は,本質的な特徴を直接感得させるものではないとした。

さらには,両画面の相違点として,

かえって,X製品は青を基調とした配色を画面全体で採用しているのに対し,Y製品1は赤を基調とした配色を採用しており,その配色が異なる(配色の差異については,差違の程度は異なるものの,X主張に係る全ての画面に共通する相違部分である。)。
また,X製品では,商品抽出条件の検索条件を縦に並べた上で,商品の検索結果が新たな画面において表示されるのに対し,Y製品1では商品抽出条件の検索条件ブロックを左右に分けて,それぞれに検索条件が縦配列され,商品検索結果が商品分析条件(ブロック④)の下に表示されるという相違部分が存在する。これらの相違部分により,利用者が画面全体から受ける印象は相当異なる。
 以上のとおり,両製品の単品分析画面に関する共通部分は,アイデアに属する事項又は表現上の創作性がない部分にすぎず,上記の相違部分の存在も併せ考えると,Y製品1の単品分析画面に接する利用者がX製品1の同画面における本質的な特徴を感得することができないというべきである。

このように述べて,すべての画面についても複製・翻案を否定した。

(2)編集著作物としての著作権侵害

裁判所は,次のように述べてソフトウェアの表示画面全体が編集著作物に当たる場合があるとした。

著作権法12条1項は,編集物で素材の選択又は配列によって創作性を有するものは著作物として保護すると規定するところ,Xは,X製品の表示画面全体をみた場合,当該画面の選択及び配列に創作性があるので,X製品は全体として編集著作物に当たると主張する。
前記判示のとおり,X製品のようなビジネスソフトウェアは,一定の業務フローを前提としていることから,単一の画面表示で完結することはなく,業務の種類ごとに複数の画面を有し,画面に表示された特定の項目をクリックすると次の画面に遷移するなど,利用者は同一階層又は異なる階層に設けられた複数の表示画面全体を利用して作業を行うことが想定されている。
かかるビジネスソフトウェアの特性を考慮すると,一定の業務目的に使用される各表示画面を素材と考え,各画面の選択とシステム全体における配置,更には画面相互間の牽連性に創作性が認められる場合には,素材の選択及び配列に創作性があるものとして,当該ソフトウェアの表示画面が全体として編集著作物に当たるとの考え方も一般論としてはあり得るところである。

もっとも,結論としては侵害を否定している。

本件において,Xは,X製品の表示画面の最上部にメニュータグを常時表示し,各タグに具体的な業務名を明記した上で,どの画面からも次の業務に移行できるようにしていること,画面の中央にサブメニュー画面を用意し,日,週,月単位の売上情報,他店舗,定期改正,リクエスト管理の情報につき,画面遷移なしに表示することを可能にしていることなどを根拠として,当該表示画面の選択と配列に創作性があると主張する。
しかし,前記1(4)で判示したとおり,画面の最上部にメニュータグを常時表示し,そのいずれの画面からも次の業務に移行できるようにすることや,画面の中央にサブメニュー画面を用意し,画面遷移なしに表示することは,利用者の操作性や一覧性あるいは業務の効率性を重視するビジネスソフトウェアにおいては,ありふれた構成又は工夫にすぎないというべきであり,X製品における表示画面の選択や相互の牽連性等に格別な創作性があるということはできない。
その他,本件において,X製品が,これを構成する各表示画面の選択,システム全体における各画面の配置,画面相互の牽連性などの点において創作性を有すると認めるに足りる証拠はない。

結果として,Xのすべての請求を棄却した。

若干のコメント

ビジネスソフトウェアの表示画面に関する著作権侵害が問題となった事例では,サイボウズ事件(東京地判平14.9.5)が有名ですが*2,他にも,ProLesWeb事件(東京地判平16.6.30)や,PIMソフト事件(東京地判平15.1.28),積算くん事件(大阪地判平12.3.30)*3などがあります。いずれも15年以上前の裁判例で,かつ,一般的な感覚としては「よく似ている」と感じられるものの,著作権侵害は認められていません。

本件は久しぶりにビジネスソフトウェアの表示画面における著作権侵害の成否についての判断が示された裁判例ではないかと思われますが,過去の判断の傾向に照らしても,この結論は予想どおりであり,同種の事例が一つ積み重なったという感じです。

おそらくXもそのことは承知だったと推測しますが,Yの代表者は,Xの元取締役だったという事情などから,感情的な争いもあったのかもしれません(著作権にかかわる紛争では,よくあること)。

本件は,判決の別紙に38頁に渡って画面のスクリーンショットが公開されていますが(当ブログではその一部を掲載),何度かアナログ・デジタル変換が繰り返されたためか,だいぶ画質が悪いのが残念です。

*1:Y製品は2種類あるため,Y製品1とY製品2のそれぞれの対比が行われている。

*2:当ブログでは未掲載

*3:当ブログでは未掲載