IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

証拠保全結果を踏まえたライセンス違反による損害賠償請求(否定) 大阪地判令4.9.29(令3ワ4692)

ソフトウェアの不正コピーの通報を端緒に、証拠保全が行われ、ライセンスチェックの結果をもとに不正コピーが主張されたが、その評価が争われた事例。

事案の概要

CADソフト(本件各ソフトウェア)の著作権者であるXは、情報処理関係のスクールを運営するYとの間で、本件各ソフトウェア(3製品)に関し、各6ライセンス分の利用許諾を受けていた。

Yは、そのほか、代理店経由で本件各ソフトウェアのライセンスを購入していた。

Xは、あるとき、ソフトウェア保護団体(BSA)の情報提供窓口を通じて、Yが、本件各ソフトウェアについて違法複製されているとの情報を入手した。

そこで、Xは、大阪地方裁判所及び神戸地方裁判所に対し、Yの3つの校舎を保全場所とする証拠保全を申し立て、同各地方裁判所は、証拠保全決定を行い、対象3校における本件各ソフトウェアのインストール状況、インストール履歴等についての検証(本件証拠保全)が行われた。

このとき、本件各ソフトウェアがインストールされたPCの中には、シリアル番号が確認されていないものや、シリアル番号が「000-000000000」と表示されるものがいくつかあった。Xは、これらのPCは、シングルユーザータイプのプログラムが、ライセンスなしにインストールされているものだと判断した。

Xは、Yにおいて許諾された数を超えて違法に複製したものであるとして、著作権(複製権)侵害による不法行為に基づく損害賠償約1.75億円を請求した。

ここで取り上げる争点

違法な複製の有無

裁判所の判断

裁判所は、次のように述べて違法複製の事実は認定できないとした(改行位置や、スクール名などは仮名に変更した。)。

A校及びB校での本件証拠保全において、Xは、持参したUSBメモリに記憶させた「専用の調査ツール」(以下「専用調査ツール」という。)を使用して、Yのパソコンに対し、AutoCAD 等のプログラムの検索を行ったところ、専用調査ツールは起動したもののレジストリを表示するテキストファイルが作成されなかったもの、専用調査ツールは起動してレジストリを表示するテキストファイルは作成されたものの「Registry Search Result」の項目が表示されなかったものが存在し、

また、C校での本件証拠保全において、Xは、専用調査ツールを使用したが起動しなかったことから、Yのパソコンに対し、ソフトウェアを起動してライセンスマネージャー画面を立ち上げ、AutoCAD 等のプログラムのシリアル番号の確認を行ったところ、シリアル番号の確認ができなかったものが存在し、Xは、これらのパソコンについて、AutoCAD LT の複製が確認されたが、シリアル番号が不明であったものとしてカウントしていることが認められる。

また、(略)バージョン2017以降の AutoCAD LT 及びバージョン2017以降のAutoCAD については、シングルユーザータイプであるかマルチユーザータイプであるかにかかわらず、それぞれのバージョン2016以前とは異なり、(略)コンピュータのWindows レジストリには、シリアル番号が入力されず、「000-00000000」と書き込まれるようになったことが認められる。

これらの事実に照らすと、本件証拠保全において、AutoCAD LT の複製が確認されたパソコンのうち、Xにおいて、シリアル番号が確認されず不明であるとカウントしたものやシリアル番号が「000-00000000」となっていたものについて、シングルユーザー(スタンドアロン)タイプのプログラムがインストールされていたものと推認することはできないといわざるを得ず、Xの前記主張は、その前提を欠く。

つまり、証拠保全時に、シリアル番号が不明だったり、000..だったとしてもバージョンによっては、そのようになることはあり得るとした。また、Yが本件証拠保全の前後において、新規にライセンスを多数購入したことが、違法複製によるライセンス不足分を埋め合わせるものだったとのXの主張に対しても、「直ちに従前の違法複製が推認されることにはならない」として、違法複製の事実はないとし、Xの請求はすべて棄却された。

若干のコメント

判決文の中にもありますが、ザ・ソフトウェア・アライアンス(通称BSA)は、国内外の多くのソフトウェア会社が会員となり、ソフトウェアの違法複製の調査、適正利用の啓蒙などを行っており、不正コピーの通報窓口にもなっています。実際に、ここに通報されると、ライセンスチェックツールの実行等が求められ、その結果、多額の違約金を請求されるという事案が多く発生しています。

ソフトウェアの不正コピーが許されないのは言うまでもないのですが、実際にその不正認定の方法や、違約金の計算方法などについて争われるケースはよくあります。不正を指摘されたユーザにいろいろと不満があったとしても、実際に程度の軽重はあれども不正があった場合には、訴訟にまで持ち込まれるケースは稀で、実際にはその手前で解決金を支払っているケースが多いだろうと推測されます(私が取り扱った事案でも、裁判外で解決金を払うか、調停で終了したというケースばかりでした。)。

というのも、実際にライセンスチェックツールを起動し、違反行為について争いがない場合には、正規品を買いなおしていたとしてもなお損害賠償の額は正規品価格相当額になるとする裁判例が相次いでおり(下記)、正規品価格以上の違約金を定める条項も有効とされるケースもあるため*1、争った結果、想定している以上の損害賠償責任が生じる可能性があるからです。

itlaw.hatenablog.com

本件では、BSAへの通報を端緒として、証拠保全手続まで行われ、PCでライセンス状況を確認されたとすると、通常は逃れられない気もするのですが、このチェックツールの結果を以ってしても、直ちに不正コピーがあったとは認められないとして、請求を棄却したという珍しい事例だと思います。