IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

データベースからのデータ抽出と不法行為 東京地判令元.12.19(平30ワ20123)

有償で提供しているDB中のデータが,提供先のサイトから無断で複製されていたという行為について不法行為に該当するか否かが問題となった事例。

事案の概要

ヤフーは,健康と医療に関する総合情報サービス(aサイト)を無料で公開していた。aサイトでは,病院・診療所検索機能があり,医療機関ごとに住所,電話番号,最寄駅,診療科目等の情報を検索,閲覧することができる。Xとヤフーとの間には,Xが作成・維持するDB(本件DB)に関する使用許諾契約が締結されており,当該使用許諾契約に基づいて,aサイトには医療機関の情報が掲載されていた。ただし,aサイトの情報はX以外にもNTTデータ等から提供された情報も含まれていた。

Yは,aサイトから情報を収集し,顧客の依頼に基づいて有償で提供するというサービスを提供しており,平成27年から29年の間に少なくとも27万円の売上があった。具体的には,顧客から依頼があると,Yは,aサイトのHTMLを解析し,必要な情報を抽出するプログラムを作成し,これを実行して収集した情報をエクセルシートに落とし込むという手法で提供していた。

Xは,Yに対し,Yの行為は本件DBの無断複製であって不法行為にあたるとして損害賠償を請求した。

ここで取り上げる争点

不法行為の成否
(Xは,本件DBが著作物であることを前提とする主張は行っていない。)

裁判所の判断

裁判所は,不法行為に該当する場合について次のように述べた。

Xが本件DBの作成及び維持(更新等)のために費用及び労力をかけており,本件DBに独立の経済的価値が存在すること及び本件DBが著作物として保護されるものではないことは,当事者間に争いがないところ,DBが著作物として保護されない場合には,当該DBに独立の経済的価値があるとしても,その情報を収集して他のDBに組み込む行為は,情報及びDBの内容及び性質,行為の態様及び目的,権利侵害の程度等に照らして,著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したと評価できる場合に限り,不法行為を構成すると解すべきである。

本件において,「著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したと評価できる場合」にあたるかどうかについて,まずは情報の性質,行為の態様について次のように述べた。

ア Yは,aサイトに掲載されている情報を収集して顧客に有償で提供しているところ,Yが顧客に提供した情報のうち,医療機関基本情報は,いずれもXがaサイトに有償で提供した本件DB上の情報(本件データ)であるから,Yが収集して顧客に提供した情報の大部分は,本件データと同一であると認められる。
また,Yは,収集した情報を顧客に有償で提供しており,営利目的を有する点で,Xと共通している。

イ 他方,本件データのうち,医療機関基本情報は,一般に公開される必要が高く,実際に公開されている情報であり,Yは,aサイトにおいて無料で公開されていた情報の中から,顧客が指定した条件に従って情報を収集したに止まり,労力及び時間をかければ顧客自身でも収集することが可能な情報について,その収集を代行していたにすぎないと評価することもできる。
また,Yが顧客に提供した情報の中には,当該医療機関のaサイトにおけるURL,郵便番号及び最寄出口からの所要時間に関する情報が含まれているが,これらの情報は,本件データに含まれておらず,本件DBとYが顧客に提供したエクセルデータとが全く同一であるというわけではない。
さらに,Yは,あくまでaサイトに無料で掲載されている情報の収集代行を業務としていたにすぎず,本件情報元記載の存在を考慮しても,Yに,Xの本件DBに対する権利を積極的に侵害しているとの認識があったと認めるに足りる証拠はない(上記のとおり,提供した情報の範囲も完全には一致しない。)。

続いて,権利侵害の程度について次のように述べた。

ア 前提事実のとおり,本件DBの主な市場は,検索サイトやコールセンター等への医療機関情報の提供,カーナビ向けの医療機関情報の提供及び診療圏(市場)調査である。そして,(略)Xは,顧客との間で,本件DBの更新を前提とする継続的な利用許諾契約を締結しており,(略)年間使用料は,提供する情報の範囲や更新頻度によって異なるが,数万円から数十万円程度である。

イ 一方,(略)Yの顧客は,企業,大学及び個人等であり,顧客の目的は市場調査や研究資料の収集等であることが認められるから,市場調査を目的とする場合等に,Xの顧客層と一部競合する。
しかし,本件Y業務の内容は,上記のとおり,特定の時点においてaサイトに無料で掲載されている情報の中から,顧客が指定する条件に従って情報を収集して顧客に提供するというものであり,顧客自身でも行おうと思えば行えるものである。情報の提供も1回限りであって,更新は予定されておらず,料金は,高いもので1件当たり5万円程度であり,証拠上認められる売上げは,合計27万1080円に止まる。そして,本件Y業務によって,Xが本件DBの販売機会を失ったと認めるに足りる証拠はない。

以上を踏まえ,裁判所は,

以上によれば,本件Y業務には,本件DBの無断複製と評価できる行為が含まれているものの,著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したとまではいい難く,不法行為には当たらないというべきである。

として,Xの請求をすべて退けた。

若干のコメント

本件は有償でデータを提供し,その提供先が運営するウェブサイトから当該データを無断で複製された場合において,元のデータ提供者が不法行為責任を追及したという事案です。医療機関の情報を網羅的に集めた情報の集積物は,著作権法12条の2第1項の「データベースでその情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。」の要件を満たさない(情報の選択に創作性があるとは言えないため。)ので,本件の原告も,著作権侵害という構成を取らなかったものと思われます。

裁判所は,不法行為が成立する場合は,「情報及びDBの内容及び性質,行為の態様及び目的,権利侵害の程度等に照らして,著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したと評価できる場合に」限るとしています。

事案の性質は異なりますが,我が国の著作権法のもとで保護されない著作物については,「同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではない」とした著名な裁判例があり(最判平23.12.8民集65-9-3275[北朝鮮映画事件]),著作権法で定める著作物には該当しないデータベースについて保護が認められるケースは限られます。当該最高裁判例の前の事案ですが,翼システム事件では,データベースの著作物該当性を否定しつつも,不法行為責任を認めた事例があります(東京地中間判平成13年5月25日判時1774号132頁)。

以上のような判断枠組みや裁判例を基準とすると,Yの行為は,丸ごと本件DBをコピーしたというものでもなく,簡単なスクリプトを書いて顧客のニーズに合わせてデータを一部取り出したというものであり,Xの本件DBに関するライセンス料が失われたという関係もないことから「著しく不公正な方法」とまではいえないとしています。

Xからすると,苦労して集めたデータを無断に利用されたのでは堪らない,ということなのかもしれませんが,Xはいったんヤフーに対してライセンスしたことで対価を得ているので,そこで本件DBに関するXの権利はいわば消尽したともいえるようにも思えます。

ちなみに,本件DBが平成30年不正競争防止法改正によって導入された限定提供データ(2条7項)に該当するかどうかも興味深いところです。限定提供データは,①業として特定の者に提供する情報であって(限定提供性),②電磁的方法に依り相当量蓄積され(相当蓄積性),③電磁的方法により管理され(電磁的管理性),④技術上または営業上の情報で,⑤秘密として管理されていないものをいいますが,本件DBが,③の要件をクリアできれば限定提供データにも該当するように思われます。しかし,同法19条1項8号ロでは,無償で公開されている情報と同一のデータを取得等する場合は適用除外とされているため,本件におけるYの行為も,aサイトで無償で公開されているものから抽出しているにすぎないとすると,不正競争には該当しないように思われます。