IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

データベースの著作物性 東京地中間判平13.5.25判時1774-132

自動車整備に関する情報を収録したマスタデータ(データベース)の著作物性が争点となった事件

事案の概要

ソフトウェア開発業X(翼システム)は,整備業者向けのシステムを開発・販売していたが,同システムには自動車に関する一定の情報を収録したマスタ(本件データベース)が含まれていた。本件データベースには,国内向けに販売された自動車について,車検証に記載される型式,寸法,軸重,排気量などの情報が整理されていた。
他方,同じくソフトウェア業Yも,整備業者向けシステムを製造販売しており,同じく自動車情報のデータベースを有していた。
Xは,Yが本件データベースを複製していると主張し,システムの製造販売の差し止め及び,損害賠償を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)本件データベースに著作物性が認められるか。
(2)仮に著作物でないとしても,複製行為は不法行為となるか。

裁判所の判断

(1) について。

まず,著作権法は,データベースの著作物について,同法12条の2第1項において,

データベースでその情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものは,著作物として保護する。

と定めていることから,「情報の選択」または「体系的な構成」が創作性を有するか否かの判断を行っている。

本件データベースは、原告が、日本国内に実在する国産又は国内の自動車メーカーの海外子会社によって日本国内販売向けに海外で製造された四輪自動車であると判断した自動車のデータ(中略)を収録したものであると認められるが、以上のような実在の自動車を選択した点については、国内の自動車整備業者向けに製造販売される自動車のデータベースにおいて、通常されるべき選択であって、本件データベースに特有のものとは認められないから、情報の選択に創作性があるとは認められない。

とし,「情報の選択」という点については,創作性を認めなかった*1。さらに,「体系的な構成」についても,

本件データベースは、型式指定−類別区分番号の古い自動車から順に、自動車のデータ項目を別紙「データ項目の分類及びその属性等」のとおりの順序で並べたものであって、それ以上に何らの分類もされていないこと、他の業者の車両データベースにおいても、型式指定−類別区分番号の古い順に並べた構成を採用していることが認められるから、本件データベースの体系的な構成に創作性があるとは認められない。

として,データベースが著作物として保護されるための要件である「創作性」を否定した。


(2)について。

前提として,Yが本件データベースの複製行為を行っていたことを詳細な事実認定に基づいて認めた上で,本件データベースが著作物に当たらないとしても,このような複製行為が民法上の不法行為となるかが判断された。


まず,一般論として,

人が費用や労力をかけて情報を収集、整理することで、データベースを作成し、そのデータベースを製造販売することで営業活動を行っている場合において、そのデータベースのデータを複製して作成したデータベースを、その者の販売地域と競合する地域において販売する行為は、公正かつ自由な競争原理によって成り立つ取引社会において、著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業活動上の利益を侵害するものとして、不法行為を構成する場合があるというべきである。

として,苦労して作った人のモノをそっくりコピーするような行為は不法行為となる場合があるとした上で,

  • Xは,本件データベースの開発に5億円以上も投入し,維持管理には年間4000万円以上も投入していること
  • XとYは競合関係にあること
  • Yは本件データベースの多数のデータをそのまま複製して自社製品に組み込んでいたこと

から,不法行為に該当することを認めた。

若干のコメント

データベースについても一定の要件を満たす場合には,著作物として保護されることが立法されているが,具体的にどのような場合に著作物となるかどうかについては事例が少ない。本件では,業務システムに用いるマスタデータについて,その著作物性を否定したというところが注目される。


とはいえ,著作物性がないデータベースであっても,開発には相当の工数と費用がかかるわけで,そのようなデータを簡単に複製されてはたまらない。本件では,まさにそのような場合において,不法行為を構成すると判断したものである。


データベースに限らず,IT分野では,プログラムや,仕様書,画面デザインなど,著作物性に疑いがあるオブジェクトは多い。これらについて著作権法に基づく救済を第一次的には求めるにしても,予備的には不法行為の主張を忘れないようにしたい。

*1:引用部はレコード抽出について判断しているが,フィールド(項目)選択についても創作性を認めていない