IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

情報番組における個人サイト記事の無断利用 知財高判令5.3.16(令4ネ10103号)

Eテレ番組の「将棋フォーカス」において、原告が運営するサイトの文章と類似するナレーション・字幕が使用されたことについて、著作者人格権侵害となるかが争われた事例。

事案の概要

原告Xは、自身が運営するウェブサイト(Xウェブサイト*1)にて、将棋道場にて対局する際の初心者向け注意点を記載した記事(X文章)を掲載しており、その中には、「空いている場所を探してスムーズに着席」「雑用は喜んで!とばかりに下位者が手を出さないようにしましょう」「駒をぐちゃぐちゃに置いたり、裏返したり、重ねたりしてはいけません」などの表現があった。

Eテレの「将棋フォーカス」(本件番組)で2021年5月に放送された「初心者必見!対局マナー」のコーナーにて、上記の表現と同一または類似するナレーション・字幕を表示した*2

Y(NHK)は、本件番組放送直後にXからの指摘を受けてナレーション等がほぼ転載したものであることを謝罪した。

Xは、Y(NHK)に対し、本件番組の放送により人格権が侵害されたとして慰謝料等の損害賠償を求めた。

原審(東京地判令4.9.28)は、Xウェブサイトの文章に依拠してナレーション等を作成しつつも、Xウェブサイトを参照したことが表示されておらず、「公共の放送事業者として不適切なものであったと言わざるを得ない」としつつも、Xの名誉が棄損される可能性も抽象的なものであったとして、不法行為は成立しないとしたため、Xが控訴した。

Xは控訴審において、請求を人格権の侵害から著作者人格権(氏名表示権)の侵害に基づく損害賠償請求へと交換的に変更し、著作権公衆送信権)侵害の請求も追加した。

ここで取り上げる争点

X文章の著作物性並びに著作権著作者人格権侵害の有無

裁判所の判断

問題となった箇所は5カ所あるが、著作物性が認められた部分と、認められなかった部分をそれぞれ1つずつ取り上げる。

著作物性が否定されたX文章1は

1-3 座る場所

将棋道場などでは、あまり気にする必要はありません。

空いている場所を探してスムーズに着席し、対局の準備をしましょう。

である*3。この点について、

X文章1は、将棋の対局の際に座る場所に関し、将棋道場などの場合と和室で指導対局を受けるような場合を分け、前者の場合には、座る場所について余り気にする必要はない一方で、後者の場合には、上位者が上座に座ることなどを説明するものであるところ、座る場所について説明することや、それに当たり上記のように場合分けをして説明すること自体は、アイデアにすぎない。また、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって、当該内容自体から創作性を認めることはできず、その表現についても、ありふれたものといえ、Xの何らかの個性が表現として現れているものとは直ちに認め難い。

著作物性が一部肯定されたX文書2は次のようなものであった。

1-4.駒は上位者が準備・片づけをする

駒の準備(盤の上に広げる)や片付け(駒箱にしまう)は
上位者がやることになっています。

「雑用は喜んで!」とばかりに下位者が手を出さないようにしましょう。

この点について、裁判所は、駒の準備や片付けに関しては、ルール又はマナーであって、創作性を認められないとしつつも、

もっとも、「「雑用は喜んで!」とばかりに下位者が手を出さないようにしましょう。」という部分については、X自身の経験に基づき、初心者等が陥りがちな誤りを指摘するため、広く一般に目下の者が「雑用」を率先して行うに当たっての心構えを示したものといい得る表現を選択し、これを簡潔な形で用いた上で、しかし、逆に、将棋の駒の準備や片付けに関してはこれが当てはまらないことを述べることで、将棋の初心者にも分かりやすく、かつ、印象に残りやすい形で伝えるものといえる。この点、本件番組の制作時に参考にした書籍やウェブサイトである被控訴人が当審において提出した証拠のうち駒の準備や片付けについて記載されたものにも、類似の表現は見受けられない。したがって、上記部分は、特徴的な言い回しとして、Xの個性が表現として現れた創作性のあるものということができ、著作物性を有するというべきである。

と述べて、後段部分について著作物性を認めつつ、本件ナレーション・字幕では、感嘆符等の有無程度の違いを除いてそのまま使用されており、著作権著作者人格権の侵害を認めた。

他に著作物性を認めた箇所は、「待った」に関する記述で、

着手した後に「あっ、間違えた!」「ちょっと待てよ・・・」などと思っても、勝手に駒を戻してはいけません。

という箇所である。

損害の額は、X文章が無断で利用された後の経緯(Yによる調査と謝罪文の掲載や、複数の報道がなされたこと)を踏まえ、5万円少々(弁護士費用や控訴審で追加された主張の上乗せが若干ある。)とされた。

若干のコメント

放送当時に、ツイッター(当時)で話題になっていた件で、NHKも直後に謝罪しており、鎮火したものと思っていましたが、訴訟になっていて、一審判決では棄却されたことも報道されていました。一審、控訴審通じて、本人訴訟であったとみられ、一審の時点では著作権に基づく主張がなされておらず、一審判決の最後において、

被告が原告文章と類似する本件ナレーション等を含む本件番組を放送したことが原告の権利を侵害するかは、本来、原告文章に著作物性が認められ、原告文章に係る原告の著作権又は著作者人格権が侵害されたと認められるかという観点から検討すべきであるということができる。しかし、原告は、本件訴訟において、著作権及び著作者人格権が侵害されたことを主張しないとしていることから、その要件についての具体的な主張立証がされていないため、著作権侵害及び著作者人格権侵害の事実を認めることはできない。

と、「著作権侵害の問題とすべきだが、その主張はない」という傍論を述べていて、控訴審では、主張が変更されて、著作物性が新たな争点となりました。

その具体的な内容は、本文中に記載したとおりですが、確かに、マナー、ルールの説明的な部分には著作物性が生じないとしても、Xウェブサイトの記載を見ると、文単位では個性が表れている表現があり、この部分について著作権侵害著作者人格権侵害を認めた判断は妥当だろうと思います。

*1:おそらく、このサイト。 なお、番組放送時と内容が更新されているかどうかは不明。

*2:原審、控訴審判決ともに、具体的な表現の対比表は省略されているが、弁護士ドットコムの記事に具体的表現が紹介されている。

*3:X文書は、判決文には引用がないが、X文章の内容はXのアカウントと思われるツイートから引用している。