IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

棋譜データの利用と配信 大阪地判令6.1.16(令4ワ11394)

対局実況中継番組を配信する事業者が、Youtube等に投稿された棋譜中継動画の削除申請を行ったことの適否が問題となった事例。

事案の概要

原告(X)は、いわゆる将棋ユーチューバーで、被告(Y)が配信する中継動画をはじめ、各種媒体で配信されている対局の情報を得て、盤面を表示するとともに、将棋AIの評価値等を表示する映像(いわゆる評価値放送。「本件動画」)をYoutubeツイキャス等に投稿・配信していた。なお、Yの番組の映像、画像、音声等は使用しておらず、あくまで、Yの番組を視聴することで得られる対局の棋譜等の情報を用いた

Yは、Youtubeツイキャスに対し、本件動画について、著作権侵害を理由とする動画の削除通知(本件削除申請)を提出し、YoutubeツイキャスはそれぞれX動画の配信を停止した。

Xは、Yに対し、YがYoutube等に対して著作権侵害する旨の通知をした行為が、不正競争防止法に定める不正競争(信用棄損行為。2条1項21号)に当たるとして、

を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)「虚偽の事実の告知」に該当するか

(2)本件削除申請はXの「営業上の利益」を侵害するか

Xの請求は、Yによる本件削除申請が不正競争防止法2条1項21号に該当することを前提としている。同号は、

競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為

を不正競争だと定めているが、争点(1)は、このうち、虚偽の事実の告知に当たるかが問題となっており、争点(2)は、不法行為民法709条。下記)のうち、

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

Xが動画を配信することによって得られる利益は、同条が定める「法律上保護される利益」に当たるかが問題となったものである。

なお、これらの争点からも明らかなように、世間で言われるような「棋譜の著作物性」が正面から争われた事案ではない。

裁判所の判断

争点(1)について

Y自身も、著作権を侵害するものではないことは争っていないことから、この点はあっさりと認められた。要するに、本件削除申請は虚偽事実の告知であったとされた。

本件動画はYの著作権を侵害するものではない(この点についてYは争っていない。)にもかかわらず、本件削除申請は、グーグル等に対し、本件動画が被告の著作権を侵害する旨を摘示するものであるから、客観的な真実に反する内容を告知するものとして、「虚偽の事実の告知」に当たると認められる。

これに対し、Yは、本件動画はYの営業上の利益その他何らかの権利を侵害する旨を主張するが、本件削除申請が虚偽の事実の告知に当たるかどうかの判断とは無関係である上、本件動画によりYの何らかの権利が侵害された事実も明らかでないから、採用できない。 

争点(2)について

ユーチューバー等として動画を配信するという営利事業が、本件削除申請によって侵害されたことを認められた。

Xは、ユーチューブ及びツイキャスにおいて、本件動画を配信して収益を得ていたところ、本件削除申請は、グーグル等のプラットフォーマーに対し、本件動画がYの著作権を侵害する違法なものであることを摘示する内容であり、(略)動画配信によって収益を得ることが少なくとも一定期間停止されたことがそれぞれ認められる。そうすると、本件削除申請は、Xが本件動画の配信という営利事業を遂行していく上での信用を害するものとして、Xの「営業上の利益」を侵害したと認められる。

問題はこの先で、Yは、Xの行為は、棋譜情報をフリーライドで利用するもので、棋戦主催者の営業活動上の利益を侵害するものであるから、そのような行為によって得た利益は、法律上保護されるものではないと主張していた。

そして、その根拠として、王将戦*1における棋譜利用ガイドラインを示していた。

しかし、棋譜は、公式戦対局の指し手進行を再現した「盤面図」及び符号・記号による「指し手順の文字情報」を含むものと認められるところ、本件動画で利用された棋譜等の情報は、Yが実況中継した対局における対局者の指し手及び挙動(考慮中かどうか)であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報であると解される。ガイドラインは、棋譜の利用権等を王将戦主催者が独占的に有する旨規定するが、王将戦主催者が、Xを含めたYの実況中継の閲覧者の関与なく一方的に定めたものであり、Xに対して法的拘束力を生じさせるものであるとはいえない。また、前記1のとおり、本件動画はYの著作権を侵害するものではなく、その他、Xが、Yの配信する棋譜情報を利用することが不法行為を構成することを認めるに足りる事情はない。したがって、Yの前記主張は、その前提を欠き、採用できない。

その結果、不法行為の成立を認め、逸失利益等、約100万円余りの損害賠償を認めたほか、侵害申請行為の差し止めと(ツイキャスに対しては)信用回復措置を認めた。

若干のコメント

本件は、著作権侵害の有無について争点となったものではなく、裁判所がそのことについて判断したものではありません。しかし、被告も対局中継動画から棋譜・盤面情報を取り出して利用する行為について著作権侵害がないことは争っていませんし、従前から棋譜や盤面、指し手の符号については事実を示すものであって著作物性を欠くと言われており、この裁判例を前提とすると、棋譜の著作物性を認められる可能性は低くなったといえるでしょう。

問題は、著作権は否定するとしても、有償で配信されている動画等から棋譜を取り出してYoutubeなどで配信する行為は、一種のフリーライドであって許されないのではないかという点です。各棋戦の棋譜利用ガイドラインが公表されているのも、そうしたフリーライドは許されないことを前提としているものと考えられます。

しかし、この点について、裁判所が「有償で配信されたものとはいえ、客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報」だと述べた影響は大きいと思います。さらには、棋譜利用ガイドラインは、棋譜を閲覧、利用するユーチューバーである原告にとっても法的拘束力はないと述べたことも大きいでしょう*2

棋譜情報の提供そのものを排他的な権利として独占することは極めて困難です。利用規約等を経由して閲覧する人に「外部に漏らしません」という誓約をさせるという方法も考えられますが、「自由利用の範疇」とされる情報に守秘義務を負わせることがどこまで可能なのかは疑問が残ります。また、限定提供データ(不正競争防止法2条7項)に該当する棋譜もあり得ると思いますが*3、リアルで動画中継する場合などは相当蓄積性などを満たさないことが多いと思われます。

個人的には、棋譜の情報を秘匿を原則として、独占的に提供するというビジネスの維持は難しいと考えます。むしろ、野球のスタッツデータなどのように誰でも閲覧、利用できるようにして、プロの将棋に触れる機会を増やしていくことの方が重要であるように思います。マネタイズは、そのプラスアルファの価値、すなわち、解説、観戦記、対局者のコメントや、AIを用いた解析情報の提供といったところで行われるべきだろうと考えます。解説、観戦記などは著作物性があることは間違いないですし、そこに価値を感じるユーザは多いと信じています。

*1:Yは、銀河戦を主催するほか、王将戦の中継動画を配信していた。

*2:理論上は、同意するプロセスもないので、契約の内容になることはなく、当然の判断だとはいえます

*3:この点は、かつて別ブログにて取り上げた