IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

YouTube動画の引用 知財高判令5.3.30(令4ネ10118)

YouTube動画によって名誉毀損されたと主張する者が、当該動画の一部を複製して権利侵害を訴える動画を作成したことについて、引用(著作権法32条1項)が成立するかどうかが問題となった事例。

 

事案の概要

Yは、【A】というYouTubeチャンネルを運営する人気YouTuberだったが、そのチャンネルにおいて、Xが警察官に逮捕された状況を撮影した動画「不当逮捕の瞬間!警察官の横暴、職権乱用、誤認逮捕か!」(本件逮捕動画)を投稿した。

Xは、本件逮捕動画が投稿されたことにより、Xの社会的評価を低下させ、肖像権及びプライバシー権を侵害するものであるとして、Yに対し、損害賠償を請求した(本訴)。

また、Xは、自身のYouTubeチャンネルを開設し、【A】にてプライバシーが侵害されたと批判する内容の動画(原告動画1)を投稿し、その中で本件逮捕動画の一部分を編集した上で利用されていたが、これについて、Yは、本件逮捕動画に係るYの著作権あるいは著作者人格権の侵害にあたるなどとして、損害賠償請求を行った(反訴)。

原審(東京地判令4.10.28・令3ワ28420)は、本件逮捕動画の投稿によってXの名誉毀損及び肖像権侵害を認めたのに対し、原告動画1において本件逮捕動画の一部が複製等されたことについては、引用の抗弁が成立する等として、反訴請求をすべて認めたため、Yが控訴し、Xも付帯控訴した。

知財高裁では、本訴について賠償額を増額(30万円→40万円)し、反訴については引用の成立を認めており、基本的な判断の変更はない。

ここで取り上げる争点

(1)名誉棄損の成否(本訴)

(2)引用の成否(反訴)

裁判所の判断

(1)名誉棄損の成否(本訴)

原審判決より引用する。

Xが警察官によって白昼路上で逮捕され手錠を掛けられたなどという事実を摘示するものであり、これをYouTube に投稿することが、Xの人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させることは明らかである。

Yは違法性阻却事由を主張していたが、この点についても否定した。

本件逮捕動画は、Xが白昼路上において警察官と押し問答となり、警察官に制圧されたり、手錠を掛けられたりする様子が撮影されたものであることが認められる。そうすると、Xを白昼路上で逮捕する警察官の行動等に照らせば、現行犯逮捕をめぐる警察官の職務行為やそのXの行動に対する社会の関心は高いというべきである。したがって、本件逮捕動画は、公共の利害に関する事実に係るものであると認めるのが相当である。

上記認定に係るテロップの内容や体裁を踏まえると、本件逮捕動画は、「現逮(げんたい)」を「変態(へんたい)」と混同する会話の状況など、白昼路上で逮捕された容疑者と警察官とのやり取りを、面白可笑しく編集して嘲笑の対象とするものであるといえる。

そうすると、本件逮捕動画の投稿は、専ら公益を図る目的に出たものとはいえず、違法性を欠くものと認めることはできない。

なお、肖像権の侵害についても認められている。

(2)引用の成否(反訴)

引用の成否について、少々長いが原審判決から引用する。

①原告動画1は、冒頭において「これから公開させて頂く動画は私が不当逮捕された時に通りがったパチスロ系人気YouTuberCさんに撮影されモザイクやボイスチェンジ加工等無しで面白おかしくコラージュされ他動画をSNSへ掲載され約2ヶ月で230万回も再生された動画です。」等のテロップが表示された後、「長文申し訳ございません。動画を開始させて戴きます。」と表示されること、②その後、背景に「当動画はYouTuberCさんにモザイク無しで掲載された動画と同等のものをプライバシー処理した動画です。」と表示された状態で、本件状況が映っていること、③その後、「ご視聴頂きありがとうございます。今後、削除処理の過程や、私の行って来た事 過去の申し立て内容や進捗を公開していければと考えております。 SNS被害ch」とのテロップが表示されていること、④原告動画1は、本件逮捕動画のうち、Xが現行犯逮捕されるなどした本件状況を映したいわば生の映像について引用する一方で、Yが本件状況の補足説明やX又は警察官の発言内容につきテロップを付すなどした部分については引用していないこと、他方、⑤本件逮捕動画は、遅くとも平成30年9月末頃に、その投稿が削除されており、原告動画1の投稿により、Yに実質的な不利益が具体的に生じたこともうかがわれないこと、以上の事実が認められる。

上記認定事実によれば、Xは、本件逮捕動画がYによって撮影され編集されたものであることを明記した上、本件逮捕動画を引用しているところ、原告動画1を投稿した目的は、Yがモザイクや音声の加工等を施さないまま、現行犯逮捕されたXの容ぼう等をそのまま晒す本件逮捕動画を YouTube に投稿したことを明らかにするためのものであり、本件逮捕動画は、その被害を明らかにするために必要な限度で利用されたものであり、他方、本件逮捕動画の引用によってYに実質的な不利益が具体的に生じたこともうかがわれない。

これらの事情を総合考慮すれば、原告動画1において本件逮捕動画を引用することは、公正な慣行に合致するものであり、引用の目的上正当な範囲内で行われたものと認めるのが相当である。

これに対し、Yは、引用して利用する側の著作物と、引用して利用される側が明瞭に区別されていない(明瞭区別性を欠く)という主張や、量的質的に引用する側の著作物が主、引用される著作物が従という関係が認められない(主従関係を欠く)と主張していたが、裁判所は明瞭区別性を否定し、主従関係についても、

本件逮捕動画は、XがYから被害を受けたことを明らかにするという目的の限度で引用されており、引用の目的上正当な範囲内で行われたものと認められることは、上記において説示したとおりである。そうすると、上記引用の目的及び態様を踏まえると、主従関係をいうYの主張は、上記の要件該当性を左右するものとはいえない。

と述べ、主従関係そのものを認めたわけではなく、正当目的の範囲内であるとした。なお、この点について、控訴審でも、

仮に、原告動画1に、本件逮捕動画との明瞭区別性、主従関係を欠く面があったとしても、そのことにより引用の相当性が否定されるものと理解すべきではないし、原告動画1は、冒頭において、本件逮捕動画を引用する目的についてテロップで紹介した後、「当動画はYouTuber【A】さんにモザイク無しで掲載された動画と同等のものをプライバシー処理した動画です」と表示された状態で本件状況が映り、その後、今後の削除処理や過去の申立内容等を公開していきたいというテロップが表示されているから、原告動画1と本件逮捕動画を明確に区別することができるものであり、また、引用の目的に照らして過剰に引用するものともいえないから、そもそも、原告動画1は、本件逮捕動画と明瞭区別性、主従関係を欠くものとはいえない。したがって、Yの上記主張は、いずれにしても理由がない。

としている。

なお、Xが行った顔のモザイク処理、音声の加工などが同一性保持権侵害にあたるとのYの主張は、いずれも「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)として否定している。

若干のコメント

現行犯逮捕する瞬間を、モザイク等をかけずに録画してYouTubeに投稿すれば、公益目的性が認められる特殊な場合を除いて名誉毀損が成立し、一般人であれば肖像権侵害も成立すると思われます。

本判決を取り上げたのは、引用(著作権法32条1項)成立の要件について、従来から言われていた明瞭区別性、主従関係にとらわれることなく、「公正な慣行に合致するものであり、引用の目的上正当な範囲内で行われた」と認定したからです(なお、知財高裁は、明瞭区別性、主従関係もあると認定しています。)。すでに知財高判平22.10.13(美術鑑定書事件)以降、引用の判断は柔軟になってきたといえますが、本件でも「明瞭区別性、主従関係を欠く面があったとしても、そのことにより引用の相当性が否定されるものと理解すべきではない」とはっきり述べていることが注目されます。