IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

情報の秘密管理性・創作性、従業員引抜等が問題となった事例 東京地判令4.8.9(令3ワ9317)

退職従業員が作成した資料の秘密管理性(営業秘密)、創作性(著作物性)のほか、従業員の引抜行為、顧客の切替勧奨など仲違い事案において頻出する多くの論点が問題となった事例。

事案の概要

X社の元従業員であるBが、在籍中に資料(本件データ)を作成していたところ、BがX社を退職した後に移籍先のY社において資料(Y作成データ)を作成した行為について、本件データが営業秘密及び著作物に該当するとして、①著作権侵害、②営業秘密の不正取得、開示、③不法行為(従業員の移籍勧誘、X社の顧客に対する取引切替勧誘)があったとして、損害の一部である1億円の支払を請求したという事案である。

当事者としては、原告X社、被告Y社のほか、Y社の代表取締役A(Xの元代表取締役)も被告である。

C(X社代表取締役)と、A(当時のX社の代表取締役)が仲違いし、両者が2017年10月19日付けで合意書(本件合意書)を取り交わしていた。その内容には、

  • AがX社の代表を辞任し、新たに会社を設立することをCが承認する。
  • X社の従業員が転籍の申出がある場合、Cはこれを許可する。ただしX社のクライアントに迷惑を掛けず、損害が生じないようにする。
  • Aは、情報を持ち出さないこと
  • Aは従業員を新会社に移籍するよう勧誘せず、顧客に取引切替の勧奨しないこと

などが定められていた。その後、Aの辞任、Y社の設立とともに、X社の従業員31名中18名が、Y社に移籍した。なお、Cは、X社の代表取締役就任の登記がなされているが、株主総会等の手続が行われていないという事情があり、このことがAとCの紛争の原因となっていた。X社からY社に移籍した従業員は、過去にAが独立した際に、Aを追ってX社に入社していた者だった。

問題となる「本件データ」は、AIチャットボットの「機能一覧」、「非機能一覧」、「画面イメージ」等をまとめたものだった。

ここで取り上げる争点

(1)本件データの営業秘密該当性

(2)本件データの著作物性

(3)本件合意書違反の有無

裁判所の判断

争点(1)本件データの営業秘密該当性について

「本件データ」は秘密管理性がないとされた。関係する箇所について少し長めに判決文を引用する(太字などの装飾は引用者)。

本件データの内容は、ウェブで公開されている記事又は情報を確認しながら、平成29年前後の公知の情報を寄せ集めたものにすぎず、AIに関する初歩的な情報にすぎないものであり、そもそも秘密情報として管理されるべきものではなかったことが認められる。そして、本件データは、シェアポイントにおける「07.Team」フォルダ内の「AI」フォルダにおいて、「chatbot 要件_追加_20171002.pptx」というファイル名で格納されていたところ、Bは、そもそも「AI」フォルダにアクセス権限や閲覧制限を個別に設定せず、本件データにも個別のパスワードを設定しなかったため、X社の役職員の全員が本件データを閲覧でき、しかも、「07.Team」フォルダに保存された資料に関するルール(ただし、下位フォルダを作成したり削除したりするにはIT担当の従業員への依頼を要するというルールを除く。)は格別存在しなかったことが認められる。のみならず、本件データには、「機密情報」、「confidential」という記載がないため、客観的にみて、本件データにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識できなかったことが認められる。

  これらの事情の下においては、本件データは、秘密として管理されていた情報とはいえず、営業秘密に該当するものと認めることはできない。

(略)(注:情報管理規程に従って管理されていたとの主張に対して)

X社の主張を前提としても、X社が指摘する上記情報管理規程によれば、「電子データの秘密情報は、サーバに保存し、アクセス権者以外の者がアクセスできないようにフォルダ・ファイルにパスワードによるアクセス制限をかけなければならない。」(9条3項)と規定されていたにもかかわらず、本件データには、そもそもパスワードが設定されていなかったことが認められるのであるから、上記情報管理規程を前提としても、本件データがX社において秘密として管理されている情報であると認められないことは、明らかである。

争点(2)本件データの著作物性

判決文からは、具体的な本件データの内容はわからないが、パワーポイントで作成されたスライド資料のようである。裁判所は、以下のように述べて、創作性を否定した。

本件データ(別紙本件データ目録記載のファイルのうちスライド2枚目ないし8枚目の部分)によれば、本件データは、①表形式で整理した上で色分けをしたり、「優先度」を表示したり、それぞれの内容を数行程度で説明したり、②複数のパソコン画面のイメージを立体的に重ね合わせるデザインを採用した上で、2画面間の相違を示すことにより特に強調したい内容を示すとともに、表示に関する説明を黄色の目立つ吹き出し表示により示したり、③パソコン上の操作画面を示して、その重要部分を赤点線で囲んで目立たせたり、④ユーザ、インターフェース等の配置や各構成相互の連携やデータのやりとりの双方性を示す矢印を色付きで示したりするものであることが認められる。
上記認定事実によれば、本件データの表としての体系、配列は、情報を分かりやすく整理してこれを伝えるために、一般的によく使用されるものであるにすぎず、そこに一定の工夫がされていたとしても、表現それ自体ではないアイデア又はありふれた表現にすぎないというべきであり、創作性を認めることはできない。

争点(3)本件合意書違反の有無

本件合意書5項「AはX社の資産(ソフトウェアを含む)、顧客リスト、その他営業上・経営上の資産、情報を持ち出さないこと」、6項前段「Aは従業員の移籍を勧誘しない」及び6項後段「Aは顧客への取引切替の勧誘をしない」の違反の有無が争われた。

この点について、裁判所は、5項の「情報」とは、営業秘密又はこれに準ずる情報だと解されるとしたうえで、そのような情報が持ち出されたことはないとして否定した。

6項前段については、移籍の経緯について認定した上で、次のように述べて違反はないとした。

上記認定事実によれば、Y社に移籍したX社の従業員の大多数は、そもそもAを信頼するなどして、Aを追ってX社に入社した者であり、Cが法定の手続なく不当にX社代表者に就任し不当な介入をしてきた不満等から、X社を退職し、従前から信頼していたAを追って、自らの判断でY社に移籍したものと推認するのが相当である。
  そして、Y社に移籍したX社の従業員全員が、Aを信頼し、自らの意思でY社に入社した旨陳述するとともに、Aからは、当該従業員の意思を尊重し、勧誘など一切されていない旨、事の経緯を明らかにしているところ、上記認定に係る本件の経過に照らし、Aを追って自発的にY社に移った旨の上記各陳述に、不自然、不合理なところはなく、その信用性は高いものと認められる。
  これらの事情の下においては、Y社に移籍したX社の従業員は、Aを信頼し又はCに不満を抱き、自発的にY社に移籍したものと認めるのが実態に沿うものというべきであり、Aが上記従業員に対してY社への移籍を勧誘したものと認めるのは相当ではない。

さらに6項後段についても、X社の顧客の切替を勧奨した、というX社の主張に対し、もともとX社との間に取引はなかったことなどが認定されたり、切替の勧奨の事実が認められなかったりするなどして退けられた。

若干のコメント

この種の事案によくありがちな、内部の仲違いが裁判所に持ち込まれたというケースですが、株主総会も実質的に開催されないまま代表取締役就任の登記がなされて、それに反発する旧代表取締役らが一斉に退職するなど、かなり不可解な事案でした。

多くの従業員が去っていったことについて提訴したものの、その従業員全員から「Cに不満があり、Aを追って自らの意思で退職した」という趣旨の陳述が得られるなど、訴えたことが結果的に原告側に大きなダメージを生じさせてしまいました。

AIチャットボットに関する設計情報が持ち出されたということで興味深い事例であると思って読んでみましたが、シェアポイントでのドキュメント管理の実態などが詳しく認定されており、秘密管理性の参考事例となりそうです。