IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

退職従業員によるUSBメモリの持出し行為に対する不競法・秘密保持契約・所有権に基づく請求 東京地判令4.10.5(令2ワ21047)

従業員が退職前にUSBメモリにデータを複製して持ち出した行為に関し、不競法(営業秘密)、秘密保持契約に基づく差止、廃棄のほか、USBメモリの所有権に基づく返還請求がなされた事例。

事案の概要

昭和57年4月にXに入社し、平成31年1月からマーケティング部門のマネジャー職を務めたYは、令和元年12月を以って退職する旨の退職届を提出し、令和2年1月からXと競合するS社に転職した。退職前にYは、Xに対し、秘密保持の内容を含む誓約書を提出しており、それにより本件秘密保持契約が成立していた。誓約書には、下記の内容が含まれていた。

会社を退職した後においても、次に示される秘密情報及び開発物について、会社の許可なく、不正に開示又は不正に使用しないことを約束いたします

YはXを退職する直前に、USBメモリ(本件USBメモリ)に会社貸与のPC(本件PC)から電子ファイルを複製した。その様子を目撃され、その他に従業員のS社への引き抜き行為が行われたこと等を理由として、Yは懲戒解雇通知を受け取った。

Xは、電子ファイル(本件各情報)をUSBメモリに複製するなどして取得した上、それを使用した各行為が、不正競争防止法(不競法)2条1項4号及び7号に該当すると主張し、不競法3条1項及び2項または、本件秘密保持契約に基づいて、情報の使用の差止、情報の廃棄を求めたほか、USBメモリの所有権に基づいて返還を求めた。

ここで取り上げる争点

(1)本件各情報の営業秘密該当性

(2)2条1項4号または7号該当性

(3)秘密保持契約に基づく差止請求の可否

(4)本件USBメモリの所有権に基づく返還請求権の成否

裁判所の判断

争点(1)【営業秘密該当性】について。

情報の内容が特定されていなかった本件情報7ないし13を除き、いずれも営業秘密(不競法2条6項)に該当するとされた。その判断のうち、少々長いが、秘密管理性に関する部分の一部を抜粋して引用する(改行箇所を変更するなどは行っている。太字は引用者。)。

平成31年1月1日に定められたXの就業規則は、従業員は、Xの許可なく、原告の機密、ノウハウ等に関する書類、電子情報等を私的に使用したり、複製したり、原告の施設外に持ち出すことを禁じており(略)、Xは、YがXを退職するに当たり、Yから、Xを退職した後においても、Xの許可なく、Xの秘密情報を不正に開示するなどしないことを約束する旨が記載された本件誓約書を徴求している。

そして、本件ファイル1ないし6の内容について、(略)
① 本件ファイル1には、色、色相、カラーインデックス、種類、メーカー、製品名並びに各メーカーが顧客に対して販売している製品の数量、単価及び市場規模が記録されていること、
② 本件ファイル2には、Xを含むグループ会社の全製品に係る出荷先、売上金額、売上数量、利益率等が記録されていること、
③ 本件ファイル3には、Xを含むグループ会社の地域別の売上げ及び利益の前年対比等が記録されていること、
④ 本件ファイル4には、Xを含むグループ会社の品番別の販売量、個別の単価、利益率等が記録されていること、
⑤ 本件ファイル5には、Xを含むグループ会社における5つの営業部門ごとの売上げ、販売分野、品目分類、販売顧客、担当者、出荷先、品目、数量、利益、利益率等が記録されていること、
⑥ 本件ファイル6には、Xの日本における顧客別、販売別及び商社別の過去3年間の実績及び今後1年間の販売予測に関するデータが記録されていることが認められる。

さらに、本件ファイル1ないし6の具体的な管理方法について、(略)
①Xは、従業員に対し、パソコンを貸与し、ネットワーク管理システムにより管理されたID及びパスワードを発行していたところ、このID及びパスワードを入力しなければ、貸与されたパソコンにログインすることができず、同パソコンを使用して原告の社内ネットワーク(SharePointを含む。)にログインすることもできなかったこと、
②Xの業務において使用する一部の電子データは、XのSharePoint上で管理されており、当該電子データは、これを取り扱う部門に属する従業員のみがアクセスすることができ、他の部門に属する従業員はアクセスすることができないように設定されていたこと、
③ 本件ファイル1ないし6は、XのSharePoint上で管理されており、本件ファイル1についてはプラスチック部門の従業員が、本件ファイル2ないし6についてはマーケティング部門の従業員が、それぞれアクセスすることができたことが認められる。

以上を踏まえて検討するに、Xにおいては、就業規則により、従業員に対し、Xの許可なく原告の機密、ノウハウ等に関する書類等を私的に使用したり、複製したり、Xの施設外に持ち出してはならない義務を課し、(略)YがXを退職するに当たっては、Yから本件誓約書を徴求しており、Xが情報の管理を徹底しようとしていたものであり、そのことを従業員も認識可能であったということができる。そして、本件ファイル1ないし6には、X又はXを含むグループ会社の販売数量、売上げ、単価、利益率、顧客名等の、Xの事業遂行に関わる情報が詳細かつ網羅的に記載されているところ、これらの情報が他社に知られれば、Xの市場における競争力に大きな影響を与えかねないことは明らかであるから、上記の各情報が就業規則等による管理の対象となっていたことも、従業員に認識可能であったといえる。(略)

そうすると、Xは、パソコンを貸与し、ID及びパスワードを付与した従業員で、かつ、本件ファイル1ないし6を取り扱う部門に属する者のみに、これらのファイルに対するアクセスを許可し、Xの従業員は、就業規則等や本件ファイル1ないし6の内容からして、これらのファイルをXの外部に持ち出すことが禁止されていることを認識することができたといえるから、本件ファイル1ないし6は秘密として管理されていたと認めるのが相当である。

上記のとおり、就業規則、誓約書のほか、情報の内容、シェアポイントでの管理・権限設定・認証方法から秘密管理性を認めた。

争点(2)【不正競争(4号・7号)の成否】について

判示部分の引用は行わないが、Yが本件ファイル1については本件PCから本件USBメモリにファイルを複製したことは認められつつも、本件ファイル2ないし6については本件USBメモリに複製された事実までは認定されなかった。

また、本件ファイル1についても、Yが当時所属していた部門からすると「不正の手段により」(4号)取得したものであるとは認められなかった。また、Yが私用メールアドレス宛に添付して送ったという事実についても、次のように述べて不正とまでは認定しなかった。

Yは、本件ファイル1を自らの私的なメールアドレスに送信したにすぎず、Yの支配下にあるという状況を変更したものではないこと、Yがいかなる目的で当該送信を行ったのかは明らかでないが、本件ファイル1の内容(略)からすると、マーケティング部門に所属し、同年11月18日まではXに出勤していたYにおいて、本件ファイル1を使用することが業務上必要でなかったとまではいえないことからすると、上記送信行為も不正の手段に該当するとは認められないというべきである。

また、本件ファイル2ないし6については取得した事実も認められなかったことから7号(図利加害目的での使用・開示)も認めなかった。

争点(3)【秘密保持契約に基づく不作為請求の可否】について

裁判所は、本件秘密保持契約により、Yが本件ファイル1ないし6を開示、使用しない義務を負うところを認めたうえで、契約に基づく使用等の差止の訴えは、将来における不作為を求める訴えであるから、「あらかじめその請求をする必要がある場合」(民事訴訟法135条)に限られるとした。

Yは、本件ファイル1についてはすでにアクセスできないと述べていることや、本件ファイル2ないし6は取得した事実も認められていないことから、本件秘密保持契約に基づく不作為請求の部分は、訴えの利益を欠くから不適法だとした。

争点(4)【USBメモリの所有権】について

本件USBメモリは、Xの販促用であり、余った販促用品はXの従業員が自由に使用しており、Yの在職中も特に異議が述べられていなかったことから、本件USBメモリについて、Yに無償で譲渡する合意が成立したとして、Xの所有権に基づく請求を退けた。

 

その結果、Xの請求のうち、秘密保持契約に基づく請求について却下され、その余もすべて棄却された。

若干のコメント

退職した従業員が情報を持ち出したというケースでは、多くの場合、営業秘密該当性(不競法2条6項)が問題になりますが、本件では、そこは認められつつも、不正競争(2条1項4号及び7号)が否定されました。

USBメモリへの複製や、私用メールアドレスへの送信という古典的な手法は認められつつも、多くのファイルについては複製行為そのものが否定されています。

また、営業秘密に該当しない場合でも、就業規則、誓約書等に基づいて、従業員との間で秘密保持契約が成立しているケースも多いと思いますが、本件では、不競法に基づく請求のほか、契約上の不作為義務についての請求(民法414条が根拠になるでしょうか)がなされました。これが認められれば、事実上、不競法に基づく差止請求(3条1項)と同様の効果が生じるわけですが、裁判所は、将来の給付の訴えであるとして、その必要がないとして「却下」しました。この「あらかじめその請求をする必要がある場合に限り」(民事訴訟法135条)のハードルを高くしてしまうと、秘密保持契約の実効性が下がってしまうことが懸念されます*1

さらに本件で特徴的だったのは「USBメモリの所有権に基づく返還請求」です。USBメモリを返してもらうことについてどれだけの実益があるのかわかりませんが、私物ではない会社のUSBメモリが従業員に無償で譲渡されたという認定には疑問もあります。

 

*1:将来の給付の訴えの利益に関し、伊藤眞『民事訴訟法[第7版]』(2020)・184頁以下では、「演奏会における演奏のように、一定の日時に行われなければ債務の本旨に合致しない作為義務の履行請求」の例などを挙げていますが、本件のような不作為義務の履行(差止)については触れられていません。